幕間
俺達が街へ戻ったのはちょうど夜明け頃だった。奴──"アドルフ"──と俺達が腹を割って話し合った結果、"俺達との死闘の末、重傷を負った奴は呪詛の言葉の数々を吐きながら、アバドンへと逃げ還った"という設定で和解した。
ご丁寧な事にアドルフは、片方の牙と外皮を覆う毛皮の一部を俺達に気前よく差し出し、「これを撃退した証拠として差し渡せ」と述べたため、俺達はそのご厚意に甘える事にした。
残念ながら、安全地帯に潜んでいたヨナとルイは、ジャオフェイのあの呪文によって完璧に事切れており、如何なる回復の手段も無駄であった。
俺とベルガは二人の死体を如何にか持ち抱え、街への帰還の準備を整えると、ウーリが"
俺達の帰還を祈りながら待ち続けていた町の住民らは、帰還した俺達の姿を目撃するや否や、早朝にも関わらず盛大に騒ぎ始め、さながら祭りの様相を見せていた。
早朝にもかかわらず、わざわざ出迎えてくれたギルド長と人民議会の役員の一人である"アルベルト・モルデリオ"は、俺達の労苦を手厚く労うとともに、ヨナとルイの予期せぬ死を大いに悼んでくれた。
用意された最高級の宿へと向かう途中、老若男女問わぬ町の住人や見慣れた顔なじみ連中から、かなり派手に揉みくちゃにされたが、それもまた一興か──犠牲になってしまったあの二人には申し訳ないが、俺達はこうして何とか生きている。
──それでいい。今はただそれだけでいい。ただ、今は少しでも体を休めたい──そんな事を考えつつ宿の一室に入ると底知れぬ安堵と開放感からか、俺達は糸が切れた人形の如くに意識を失い、そのまま泥のように眠ってしまった。
目覚めたのはちょうど夕暮れ時であろうか──宿には派手な明かりが灯り、ふと窓を見下ろせば、今や見慣れたこの町特有の活気と喧騒で賑わいつつある。
俺の目覚めに気付いたウーリとベルガも丁度覚醒したようで、強い空腹を感じた俺達はこの宿の洒落た豪勢な飯では無く、いつもの食いなれた料理で腹ごしらえをすべく、行きつけのあの酒場"酔いどれ天使亭"へと足を運ぶのであった。
酒場の活気はいつもの十倍以上に感じられた────さては、こいつら明け方から飲んでやがったな。店に漂う濃厚なアルコールの匂いから俺が直感的に察すると、俺達の姿に気付いた馴染みの常連達はまるで、神話の英雄や神に出くわしたが如く、想像を絶する歓声と騒ぎぶりを見せ、その活気ぶりはこの店を壊しかねない程であった。
「おいッ!おいッ!!来たッ!!来たぞッ!! !我等が英雄御一行様のご登場だッ!!!!」
「いよッ!!!!待ってましたぁーッッッ!!!!!!」
「これで酒がさらに弾むぞぉー!!!! ミルコォ!!!!酒の追加だァァッッ!!!!酒をよこせーッッ!!!!」
「うるせーッ!!!!! 朝早くから店開けてっから、人手が全然足りねえんだ!!! そこにあるから自分で持ってけ!!どアホッッ!!!!!」
「今日は無礼講だぁ~ッ!!!!お前らッ、飲め、飲めッ!!!レオ達も帰ってきたし、ダリアも無事だったし、今日はいい事尽くめだぁ!!!」
「──アンタ、調子乗んなよ? ふざけてる暇あったら、この料理を早くあっちのテーブルに運びな!!!」
「────ハイ、すみませんでした・・・・」
「「「「「「「尻に敷かれてんじゃねーよ、バーカッッ!!!!!」」」」」」」」───ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!
「お前らもだよッ!! 吞んべえ共!! 朝から飲んでる暇があったら、そろそろ少しは手伝いなッッ!!!何時までもグダグダしてるなら、ドロスカー火山の火口に投げ捨てるぞッッ!!!!!」
「「「「「「「────ハイ、すみませんでした・・・・」」」」」」」
「怖ぇーなぁ、ジョーゼフのカミさん・・・」
「冒険者になってりゃ、今頃歴史に名を残してたかもしれんぞ」
「間違いなく適正クラスは、ファイターかバーバリアンだ」
「その道を選んだダリアさんが居たなら、例のオブシスダイモンも案外何とかなったかも知れんな」
────「そこも喋ってる暇があったら、手を動かせッッ!!!」────
「「「「────ハイ、すみませんでした・・・・」」」」
ハハッ、相変わらず騒々しい店だ───だが、それがいい。俺達がいつもの席に着くと、店主の"ミルコ・ヴォルクス"とそのカミさん"イズミ・ヴォルクス"が、かなり豪勢な料理と酒をタイミングよく運んでくれた。
「レオ達のお陰で、この町はおろか国が救われた。あんまり嬉しくないかもしれないが、店にいるこいつらを代表して改めて、礼を言わせて貰う───本当に有難う。君達は間違いなく、私達の英雄だ。」
「・・・・・あの二人の事は聞いたよ。"あの化け物の卑劣な罠によって、命を落としちまったそうだね・・・?" もう二度とあの子らに会えないのは、確かに寂しいが、決して気に病む必要は無いよ。あんた達は立派に役目を果たしたうえに、こうして無事に生きて帰ってきたんだ。それだけで勲章もんだよ───もし、文句を言う馬鹿がいたら、"ゴドウィン1世"だろうが人民議会のお偉方だろうが、アタシがぶっ飛ばしてやるから安心しな!!」
その言葉に少し、胸が痛みつつも俺達は、用意されたエールを勢いよく呷る───気のせいか、いつもよりも味が苦く感じる。 そんな事を思っていると────
────ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!!!!───
───店内に常連達の盛大な笑い声が木霊する───
「そりゃあ最高だ!イズミ!!」 「そん時ゃ、俺も協力するぜぇ!!!」
「ついでにいけすかねぇ、"シェリアックス帝国"の女王様でもぶん殴って来いよ!!そしたらある意味、世界最強の女になれるぜッ!?」
「そりゃあいいッ!! この町のゴシップ記者連中も、暫くの間はネタに事欠かないだろうよ!!」
「ダリアと言い、イズミと言い、本当にやりかねんから困る・・・・。」
「この町の女は、ほんと何でこんな気が強ぇんだか・・・・」
「どっちにしろ、ダンナの胃がストレスでぶっ壊れちまうのは確定だなぁ!!」
「オイオイ、倒れるのは勘弁してくれよ!? 馴染みの店じゃねぇと酒が不味くなるんだ!?」
─────「やかましい!!吞んべえ共!! 今はアタシが喋ってんだ!!ちょっとは静かにしなッ!!!」────
「「「「「「「「────ハイ、すみませんでした・・・・」」」」」」」」
いつもの馬鹿げたやり取りとその光景に実家のような安心感を覚えた俺達は、次々と用意された美味い飯と酒を喰らい、腹だけでは無く心も無事満たし───気が付けば酒場での楽しい一時は、あっという間に過ぎていった。
しばしの間、この場所で浮世を忘れていたかったが、そういう訳には行かない───俺達はどうしても、ギルド長に聞かねばならないことがあったからだ。
後ろ髪を引かれる思いで、如何にか店を後にすると俺達は"パスファインダー協会・アンドーラン支部"のギルドへと向かい、そこでも残業をしていた思わしき職員達から手厚い歓迎を受けたが、俺達はそんな事の為に態々ここに来た訳では無い。
俺達がギルド長のいる奥の部屋へ通されると、ギルド長のイーゾックは今も書類整理をしていたらしく、膨大な紙と資料の山に埋もれていた。
「────おおッ!? レオ達じゃないか!? 疲れてるだろうに態々こんな所までどうした!? 言ってくれれば私が、直々に宿か酒場まで駆け付けたというのに!?」──仕事中だというのに嫌な顔ひとつせず、対応してくれたギルド長に軽く挨拶を済ますと、俺達は徹底した人払いを願い、この部屋には俺達とギルド長の4人のみとなった。
「一体何の──そうか、ヨナ達の事についてだな・・・!? あの二人を失ったのは大変悲しいが、お前達が気に病む事じゃあない。仕事終わりにも拘らず。本当に君達はよくやってくれたよ。改めてこの場で礼を言う。」──ギルド長は深々と頭を下げる。
「それにな、レオ。既に葬儀や聖職者の手配も済ませているし、費用は勿論ギルド側で負担する。一応、町を挙げての盛大な葬儀と別れの会を執り行うつもりでな、それが彼らの犠牲に報い、その霊を慰める最善の方法かと────」───彼が続けさまに喋ろうとしていたのを、俺は所かまわず話を遮る。
「・・・・その案件もあったんだが、本題は違う───俺達が聞きたいのは、イドル村から訪れたという幼い姉弟についてだ。」
「ワシらもあの村には何度か訪れた事があってなぁ、最後に訪れたのは、忘れもしない3年前のあの時。3年間に訪れた時の記憶が正しければ、ワシらが村に1週間滞在したにも拘らず、"幼い子供なんて、あの村では一切見かけなかった。"」
「・・・・確か、あの村は高齢化と若者の都会や他国への流出により、人口が減少傾向にあり、"幼い子供はもうあの村には住んでいないはず"。人民議会でもあの村の過疎化に関する議題が、相応に挙げられていたはずです。」
「─────!!!?」
「・・・・なぁ、イーゾックよ。あの時、"なんで態々、ギルド長であるお前さんが俺達に仕事の依頼を持ち込んできた?"。 お前さんとはそこそこ長い付き合いだが、"あんたが直々に依頼を寄越す何て、今まで一度も無かったじゃないか?"」
「・・・確かにあの時は予期せぬ事態で気が動転していたかもしれないが、混乱しつつある現場を纏めるはずのアンタが少しでも離れるのは、非常に不味いはずだ。ギルド長、真面目なアンタなら、自分の置かれた地位と責任の重さをよーく知っているだろう?。」
「・・・そもそも、"見ず知らずの姉弟とギルド長との直々の面会を、何故ギルドの受付職員が許したんですか?"。 本来ならギルドの受付が然るべき対応と緊急時か否かの判断を行い、その後に上層部を通じてギルド長に情報が入るはず・・・。本来、あの場所にはギルド長では無く、報告を受けた上層部の職員が向かえば、それだけで冒険者には十分危機が伝わるはずです。」
「・・・・・・ま、まさかあの姉弟は・・・・・・・!!!!?」
「───残念だが、ほぼ確実に断言できる。あの姉弟の正体は"
───時は少し遡る
早朝から祭りのような賑わいを見せるアルマスの一画から、死闘を制した冒険者達の帰還を冷ややかに見つめる者がいた。
『・・・・ダメでしたな、姉上。もう少し、奴には大規模な破壊と死を齎して欲しかったのですが・・・・・。』
『まぁ、いいじゃない。"チョビ髭閣下"のお目覚めには充分役に立ったし、"トレルマリキシアン様"もこれでご納得してくださるでしょうよ。』
───その言葉を吐き捨てると同時に幼い姉弟の姿は、青い肌を持つ美しいフィーンドの姿へと早変わりし、この青い肌の美しい人間には雄羊の角、額には第3の目を持ち、唸りをあげる毒蛇の頭で終わる長い鱗状の尾が生えていた。
『それに目の上の瘤も消えてくれたわ。これで次は私達が"
『そして、我等が"
前述した様にオブシスダイモンを喚んだ召喚者の99%は、確実に滅ぶ───では、残りの1%は?。
オブシスダイモンに勝るとも劣らぬかそれ以上の悪意を持ったものは、意図的に真名を広めたこの
そのような救いようの無い"悪"は、自身の口にするのも憚られるような野望と目的を達する為だけに、オブシスダイモンを利用するのだ────エロダイモンの固有種たるこの姉弟のように。
───はてさて、ダイモンの身でありながら、ダイモンであることを捨てた"彼"は、永劫に続く呪われた第二の生において、一体如何なる道を歩むのか。それは神々ですらも解らない────
──今度こそ終わり
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