第5話


『Ghaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!』──狂喜と怒りに満ちた獣魔の咆哮が平原全体に木霊する。




「ちっ、膝の急所を射貫いたってのにピンピンしてやがる──上手くいけば、1分でドラゴンすらぶっ倒れる毒すら仕込んだってのに何て野郎だ。」

 思わず愚痴りたくもなる。そうホイホイ簡単に手に入る毒じゃないんだぞ?これだからフィーンドの相手は嫌なんだ。平然と毒に対する完全耐性を持っていやがるんだからな。



「さあ!さあ!!さあ!!!さあッ!!!! 来やがれデカブツ!!!!この斧の錆にしてやらぁッッ!!!!!!」──猛る戦士の笑みを浮かべたベルガは、勢いよくダイモンへと飛びかかり、両者は激しい武器の応酬を始める。



瞬く間に幾重もの鈍い金属音と烈火の如き火花がぶつかり合う中、俺の後方へと隠れたウーリは、すぐさま呪文の詠唱を行い、その精神を研ぎ澄ます。彼の指先には青白い光と不可思議な文字が現れては消え、現れては消えを繰り返し、その光の輝きと文字の構築速度は徐々に加速する。





        ────「『強いッッッ!!!!』」────



「突く、払う、斬るの単純動作の繰り返し────只それだけだというのに何たる重さだと圧だッッッ!!!!」


  『何だこのドワーフ!? 巨人かドラゴンが化けているとでも言うのか!!?』


「あのバカでかい獲物を軽々と振り回した挙句、一撃一撃が致命傷か即死級ときた!!! 瞬き一つした瞬間、装備毎ド頭を割られかねんッッッ!!!!」


『いくら品質の良い武器を手にしているとはいえ、これほどの力とはッ!? 物質界にはこんな輩が、ゴロゴロとうろついているとでも言うのかッッ!?!?』


「今までファイアー・ジャイアントを始めとしたデカブツやドラゴンなどの特大級と殺り合ってきたが、コイツの前じゃ比較にすらならんわ!!!!!!!」!


                 『ありえん・・・・・・ありえん!!!!』



 両者の怒涛の暴力と交戦による応酬の中───俺はすかさず無数の矢を放ち、ベルガに気を取られていた奴の様々な箇所に、魔法の銀の矢が勢いよく突き刺さる。



『グウッッッッ!!?』───糞がッ!!先程といい今といい、あの人間、肉体の急所や関節の隙間を的確に射貫いてきやがるッッッ!!!!

 


「ガハハハハハハハハッッ!!!!?大嫌いな銀の矢のお味はどうだ!? クソ化け物!?───ど真ん中の守りがお留守だぜッッ!!?」──俺の攻撃で僅かに怯んだ奴の肉体に、アダマンティン製のバトルアックスによる重い連撃が無慈悲に貫く。



『ガハァァッッッッ!!!!?』──下等生物風情がちょこまかと目障りなぁァッッッッ!!!!!!!!


激しい怒りとダイモンの本能に火が付いた私が、持ちうる中で最大級の呪文を唱え、奴らを消し炭にしようと詠唱を始めた瞬間、いきなり眼前のドワーフが不敵な笑みを浮かべながら身を屈めた───その瞬間、奴らの後方に隠れていたエルフから、凍てつく冷気を纏った青白い極大の閃光が放たれ───




濃密な冷気を纏った煙が晴れると平原の広範囲が完璧に凍結しており、その閃光の道筋には、ほぼ全身が凍り付いた状態の奴が不気味な沈黙を保ったまま鎮座していた。


「・・・・さすがは、上級冥魔グレーター・ダイモン。まだ息の根がありやがるッッ!!」


そう言い放つや否や、ベルガが止めの一撃を叩きこむために急ぎ駆けようとした瞬間──俺達は最悪の光景を目にする。


「・・・・チッ!!!冗談だろ!!?」


満身創痍のはずの奴は、あろうことか自身の周囲を漂う"煙のようなもの"を2~3個ほど、吸い上げた瞬間──今までの攻撃による傷はおろか、その身を覆っていた夥しい凍傷すらほぼ完治したのだ。



──いかんいかん、危うくダイモンとしての本能に呑み込まれるところだった。だが、幸か不幸かこの冷気のお陰で文字通り"頭が冷えた"。そう考えつつ、私は深呼吸を行うと、更に追加で魂を2つほど賞味し──


「・・・・さすがに此奴ぁ不味いかもしれんな。」──第三者である俺達から見ても明らかに分かる。奴の肉体が初遭遇時よりも活性化して、力が増している・・・!!



『ふむ──危ない所であった。もし、魂の貯蔵を切らしていたら、私は今ので確実に死んでいただろう。それにしても・・・・』不気味なまでに機嫌がいい奴は、全く予期せぬ言葉を吐いた。


『素晴らしい!実に素晴らしいユンゲ達だッッ!!定命の存在でありながら、ここまでの高みに到るとは、実に優れた生物ではないかッ──""、君らのような戦力が私の傍にいれば、恐らく""であろうなぁ!!!』



眼前の化け物から飛び出す数々の賞賛の言葉──それに、コイツは一体さっきから何を言っていやがる!?だと!? コイツ、まさか人間だった頃の記憶でも──!!?


そんな考えが浮かんだ瞬間、最悪の閃きが浮かぶ──薄々感じてはいたが、このオブシスダイモンは"固有種"になりつつあるのでは──そう確信した途端、俺の身を凄まじい悪寒が襲う。




*固有種


 通常の生物において、特定の国や地域にしか生息・生育・繁殖しない生物学上の種を指し、特産種とも言う。大陸などから隔絶されている島嶼などで多く見られ、地域個体群の絶滅が、即座に種そのものの絶滅につながるので、保護対象として重要であるのだが、それは"一般的な生物"に限った話だ。


 この世界における"固有種"とは数ある同種のクリーチャーの中から、他の同種が持ちえないはずの特殊な能力や才能などを手にしたことで独自の進化を果たし、その種の中で唯一無二の個を確立した存在の事を指す。冒険者たちが何らかのクラス・レベルを得て成長し、やがては大成してゆくように人外の存在達も同様の方向性を選ぶことがある。

 とある優秀なオークは、狂戦士バーバリアンとしての才に目覚め、遂には他のオークの部族はおろか周辺の人型生物の集落や都市部すらも征服するかもしれない。


 また、別のオークは、伝統的なオークの神々か他の悪しき神格からの天啓(または呪い)により、秘術か信仰系統の呪文の才に目覚め、恐るべきオークの預言者や呪術師として想像を絶する権力の高みに昇るかもしれない。


 何れの理由や原因にせよ、ただでさえ脅威的なこれらのクリーチャー達がそのような"個性"を確立し、それが悪質な伝染病の如く特定の種の中に広まってしまった場合、今日まで安定傾向にある人間を筆頭とした人型種族の生存権や繁栄などは、一睡の夢の如く儚いものとなるのは言うまでもない。




『だが、残念な事に全てはもう遅すぎた。私はこれからようやく明確な意思と目的をもって、新たな第二の生を歩もうというのだ。・・・誠に惜しいが、君達のような優秀なユンゲが私の道筋を阻むというであれば──その霊魂もろとも灰となってもらおう!!』



そう言い終えると奴は遥か上空を指さしながら、ありえない速度で呪文を詠唱すると、その指先から四つの巨大な火球が舞い始める。



これら一連の動作を最小の動作で終えるや否や、奴は高らかに最高レベルの秘術呪文の名を述べる──『"流星雨メテオ・スウォーム"!!』



「──不味い!!!避けろ──」普段滅多に叫ぶことのないウーリが、声を上げたが全てが遅すぎた。巨大な4つの火球は明確な悪意を持った獣の如く、猛スピードでこちらに向かい、凍てついた平原は今や大規模な爆発と激しい火柱を吹き上げるのであった。

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