第23話 看病してよ、新妻くん

 昼休み、僕はいつもより急いで生徒会館に向かっていた。会長のお昼づくりをちょっとだけでも手伝えれば負担を減らすことができる。


 食堂に飛び込むのをぐっと堪えて、一度息を整えてからゆっくりと扉を開いた。急いできたのがバレバレじゃ会長に変な気を使わせてしまう。あくまでも僕の負担にはなっていないという振りをして会長の仕事を減らさなきゃ。


 中に入ると、会長はまだ来ていないみたいだった。今日のメニューが何かはわからない。先にできるところから始めてしまいたいのに。


 それから数分しても会長はやってこなかった。授業が遅れているのかもと思ったけど、いつもと比べてあまりにも遅い。何となく不安になる。適当に野菜を切ったまではいいけど、これ以上は勝手に決めると献立が崩れてしまう。


 やっぱりおかしい。様子を見に行こう。会長は確か一組だったはずだ。僕は切った野菜を冷蔵庫にしまって、三年生の教室のある階に急いだ。


 たった二歳の違いだというのに三年生がたくさんいるだけでなんとなく委縮してしまう。特に僕は背が低いし、生徒会副会長として名前が売れてきていて目立つから、さっきから僕の方に視線が集まっている。


 昼休みということもあるけど、一年生の階と比べるとやや活気があるように見える。三年間天稜高校で過ごしてきて、少しずつ厳しい成績争いから脱落して自分の居場所を見つけてきたのだろう。


「どうしたの? あなた、一年生でしょ」


「えっと、姫路会長を探していて」


 見知らぬ女子生徒に話しかけられる。急に話しかけられて体が跳ねる。ビビっているのがバレてしまっていないか心配だ。


 話しかけてきた女子生徒が僕の首を見る。それですべてを理解したようだ。


「あぁ、副会長の一年生だね。白鷺姫なら今日はお休みだよ」


「休み? ってことは授業に出てないんですか?」


「うん。姫は寮生だから寮の管理人さんから担任に連絡がいってるんじゃないかな」


 寮? 会長は寮生とは言っていたけど、生徒会館に住んでいるから基本的に寮には帰っていないはずだ。なんだか変だ。気になる。会長は本当に体調が悪くて休んでいるのかな。でも女子寮は当然男子禁制で、連絡手段もないし。


「もしかしたらあそこにあるかなぁ」


 頭の中に一つ、作戦が浮かぶ。でも自分で考えておきながら、やりたくないと思ってしまう。でも他に方法も思いつかないし、とりあえずあるかだけでも確認してみるか。


 僕はこれから自分がやろうとしていることに嫌気が差しながらもまた生徒会館に戻った。


 一階の階段下。寝室の隣はやや広めな収納スペースになっている。ここは開かずの間、というわけではなく会長のクローゼットになっている。僕のお泊まり用の服も並んだタンスの一画を借りている。


 並んだタンスの中を開けていく。こないだ見た私服。また着ているところが見たいな。

 メイド服にチアガールにナース服。ここはヤバそうなので見なかったことにしよう。

 これは、会長の下着! 僕は見てない、僕は見てない。


 そんな感じで探していると、ようやく目当てのものが見つかった。


「サイズ的に僕向けだよね、これ」


 天稜高校の学生服。もちろん女子生徒用。僕より十センチほど背の高い会長が着るには小さい。僕のために用意したとしか思えなかった。どこかの機会があれば着せるつもりだったんだろうなぁ。


 でもこれがあれば女子寮に忍び込める。寮の管理人さんはさすがに入寮者を完全には把握していないはずだ。悲しいことに何もしなくても男の子と疑われないことは実績もあるし。


 生徒会館を出て、すぐ近くの門から寮に向かう。昼休みだから寮に戻るのもそれほど違和感はないはず。病気の友達の様子を見にきたとか適当なことを言えばいいはずだ。


 寮の管理人さんは僕の説明を疑うことなく中に入れてくれた。やっぱりと言うか男の子であることは全然わからなかったようでちょっと悲しくなる。一階の地図を見る。会長の部屋は二階の二〇一号室。構造は男子寮と同じだったから迷うことなく部屋に辿りついた。


 扉に、鍵はかかっていなかった。


「会長?」


 寝ている可能性を考えて、そっと扉を開いて小さな声で声をかける。生徒会長でも変わらず三畳ほどの狭い部屋の中。ベッドに寝ている会長は目は開いているものの入ってきた僕のことがよくわかっていないみたいだった。


「会長、大丈夫ですか? うわ、すごい熱。スポーツドリンク持ってきたから飲めますか?」


「うーん。新妻くん? 夢の中の新妻くんは優しいね」


「普段から結構優しいつもりなんですけど」


 額に当てた手に返ってくる熱はかなり高い。こういうとき寮の管理人さんは何もしてくれないのかな。デスクには水とエナジーバー。食欲がないんだ。もしかしたら昨日の夜からほとんど食べられていないのかも。


 弱々しい吐息に胸が痛くなる。僕が一番近くにいるはずなのに全然気がついてあげられなかったことが悔しい。


「心配しなくても寝ていればよくなるから」


「そうかもしれませんけど、治りは遅くなりますよ。なんで生徒会館にいないんですか。あそこならおかゆも作れるし、常備薬だってありますよ」


「だって、新妻くんにうつしちゃうから」


 会長は力なく微笑みを浮かべる。風邪をひいたら勉強がさらに遅れるから、そういうことだ。また僕は会長の負担になっている。


 僕は会長の体を抱き起すと、会長をおぶって立ち上がる。これでも一応男の子だから。会長一人くらい運べて当然なんだから。


「なんでもいいですから、生徒会館に行きますよ。そっちの方が看病もしやすいですし」


「でも、そうしたら新妻くんに迷惑がかかるから」


「迷惑かけたと思うなら、治った後で勉強でも教えてください。その方が僕は嬉しいですから」


 おぶったまま管理人から会長の貴重品の鍵を受け取って外へ出た。僕より背が高いのに会長の体は想像していたよりもずいぶんと軽い。それに支えている手に触れる太ももが柔らかくて、なんだか悪いことをしているような気分になる。僕にはそんな資格はないって思っているのに。


「あの、新妻くん。一度下ろしてもらっていい?」


「ダメですよ。自力で歩いて生徒会館までなんて行けませんよ」


「そうじゃなくて、そのね、この体勢だと胸が背中に当たってるから恥ずかしい」


 え、当たってたの? 手の方に意識が集中して背中のことなんて全然気にしていなかった。


 会長を一度下ろす。少し恥ずかしそうに胸元を押さえる会長を見ていると、もったいないなんて言葉が頭に浮かんだ。


「でもおんぶがダメならどうしますか?」


「肩を貸してくれれば大丈夫」


「そんなわけないですよ。今だって立っていられないじゃないですか」


 座り込んだままの会長は今にも倒れてしまいそうで心配になるほどだ。歩かせるわけにはいかない。でも極力体に触れられたくない。そうすると必然的に解答はこうなる。


 膝と背中を抱えて一気に持ち上げる。軽いと思える会長の体くらい僕の貧弱な両腕でも支えられる。いわゆるお姫様抱っこ、というやつだ。


「これで我慢してください」


 なんだか顔が熱を持っているようで、僕は会長から顔を逸らして歩き出す。早くも風邪をうつされてしまったかもしれない。


 会長は何も言わないまま、熱い頭を僕の胸に寄せていた。


 会長だって病気のときは不安になるのだ。前に僕が倒れたときは会長が隣に寄り添ってくれていた。今度は僕の番というだけの話。下心じゃなくて、支え合っているだけ。それが生徒会役員という仲間だから。


 僕は生徒会館に運んだ会長のお世話をしながら、自分でも呆れるほどの言い訳を頭の中に並べていた。僕が会長を好きになっていいはずがない。好かれるような男じゃない。そう思うたびにどこか胸の奥が痛んでいた。

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