第33話 ご奉仕してよ、新妻くん
月曜日の朝、一階の掲示板前はいつもより混雑していた。
朝一番に張り出された中間考査の上位成績者五〇名の名前が一覧になっている。自分の名前を探しに来た生徒たちが群がっているのだ。二年生と三年生も隣に張り出されているけど、それほど注目されていないのはだいたい自分の立ち位置がわかっているからなんだろう。
どこから見ようか。条件は十位以内。後ろの方に名前が載っていても意味がないことはわかっている。でもいきなり一位から見るのは勇気が必要だった。
別に早く見ようと遅く見ようと結果は変わらないってわかっているのに。
「っていうかそもそも見えないし」
背の低い僕は人だかりの中で張り出された成績表はしっかり確認できない。何とか人を押しのけながら前の方へと向かう。ようやく掲示板前の先頭まで辿りつく。目の前にあった成績表が目の前に飛び込んできた。
「え、本当に?」
僕の名前が載っている。順位は三位。新妻なんて苗字が何人もいるとは思えないし、きっと間違いじゃないはずだ。
全然自信なんてなかったのに。頭の中が真っ白だったのに。僕は自分のためよりも誰かのためにする勉強の方が得意だったみたいだ。
「これで会長は解任されないで済むんだ。生徒会が続けられる」
ほっとした瞬間に、体の力が抜ける。月曜日だっていうのに、今すぐ生徒会館に帰って二度寝したくなるような気分だった。
もう一度成績表を眺める。自分の名前が上位にある。それを僕自身の意思でとったことが嬉しかった。そして上位者の中に一つ、見覚えのある名前があった。
「中山さん、三十六位!?」
思わず大声を上げたせいで、周囲の視線が集まってくる。僕は知らない振りをして掲示板の前から逃げ出した。
「あ、新妻おはよー。徹カラ楽しかったね!」
「意外と楽しかったかな。じゃなくて、中山さんあんなに成績よかったの?」
ついていけないから学校やめたいとか言ってたはずなのに。補習どころか上位者なんて。全然勉強してる感じないのに。
「あー、アタシ載ってたの? 何位?」
「三十六位。僕はなんとか三位だったから、条件は合格だったよ」
「へー、新妻やるじゃん」
僕の驚きに比べて、中山さんの反応は薄いものだった。確かにあんな風に楽しく遊べる方法を知っている人からすれば、成績なんてどうでもいいことなのかもしれない。
「アタシ、昔から四択問題って外したことないんだよね。ヤマ張ったところは絶対出るし、勘で答え書けば結構当たるし」
何その特殊能力。欲しいようなもらっても実力にならないから意味がないような。そういえばここの受験も運だけで突破したって自慢していたっけ。謙遜も入っているのかと思っていたけど、本当だったんだ。
そんな勘だけでこの難題揃いの中間考査を乗り切れるなんてどれだけ幸運を溜め込んでいるんだろうか。
「じゃ、また教室でね」
中山さんは興味なさそうに掲示板の前を通り過ぎ、先に教室に行ってしまった。僕は急いで三年生の掲示板に向かう。一年生よりも少ない人だかりの中で夢月さんが立っていた。
「会長。僕なんとか入れましたよ。会長辞めなくていいんですよ!」
「晶くん、よかった。私もギリギリだったけど」
夢月さんが三年生の成績表を指差す。一位から順に視線を動かしていく。三位、五位。夢月さんの名前はない。ようやく姫路の苗字が見えたのは、本当にギリギリの十位だった。
「僕より順位悪いんですか!?」
「そういうこと言わないで。こんなに成績落としたのは初めてなんだから」
夢月さんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。生徒会長を辞めることになると言っているのは、僕がダメだったと言い続けていたからだと思っていたんだけど、実は夢月さんも相当自信がなかったらしい。
「だって、試験中も晶くんの事ばかり考えちゃって、全然集中できなかったから」
僕もです、とは言えなかった。今口を開いたら、生徒が集まっている目の前で、好きです、と叫んでしまいそうだったから。
「ふむ。勝負は君たちの勝ちのようだ」
お互いに何かを言おうとして言えないままでいると、どこからともなく校長が現れた。球技会のときもそうだったけど神出鬼没な人だ。
「こうして人と競争し、自分の限界に挑戦する。そしてお互いに高め合うことこそが教育だ。君たちも今回のことでそれを理解してくれていることを望んでいるよ」
僕たちの顔なんて見ないまま、独り言を言いながら通りがかっただけというように答えも聞かず、校長は立ち去っていった。でも僕は今まで以上に校長の考えは違うと思っている。
勉強は何かをするための手段に過ぎない。勉強がしたくなるような理由がなければ本当の意味で勉強を頑張ることはできないんじゃないかと思う。大切な人を守るため、なんて月並みな理由でいいんだから。
これからも僕たち生徒会は生徒に奉仕するために、いろんなイベントを考えて実行する。そのたびに校長とは戦うことになるかもしれない。でも、最後まで戦い抜く。それが校長の言う勝ち取ることだと思うから。
放課後、引き払わなきゃいけないかと思っていた生徒会館に戻ってくると、僕はいつものようにコーヒーを入れるために給湯スペースに立った。すると、夢月さんが僕に向かって手招きをしている。安心したからぎゅっとしたいのかな、なんて思いながら近付くと、背中に隠していたものを見せてくれる。
「なんですか、それ?」
「聞きたい?」
「聞かなくていいなら聞かないです」
というか聞かなくてもわかる。誰が見たって、これは新しいメイド服だ。前は安っぽいコスプレ用って感じだったけど、今回は縫製もしっかりしているし、胸元のリボンも厚みがあっておしゃれになっている。フリルもレース地になっていて可愛さがアップしている感じだ。
「生徒会の新しい制服。土曜日のデートのときにこっそり買っておいたの。前のは晶くんがベッドで使ったときに破れちゃったでしょ?」
いつの間にそんなものを買っていたのか。っていうかそういうこと言われると、これを着るたびに思い出しちゃうからあんまり言わないでほしい。
「やっぱり生徒会最後の日は晶くんのメイド姿を見ないと、って思ってたんだけど、一回きりじゃなくなってよかった」
「またこれを着ることになるんですか」
とはいえ受け取ったメイド服を見ると、初めて着るはずなのになんだかいろいろな思い出が詰まっているような気がする。
「じゃあ着替えてきますね」
「着替えたら、ご奉仕してよ、《新妻くん》」
そう言って夢月さんは、僕が初めて生徒会に入った日のように少し恥ずかしそうに微笑んでそう言った。そう、あの時も本当はこうして恥ずかしがっていたのだ。僕は全然気がつかなくて、冷たくて抑揚のない感情が表に出ない人だと思っていたのに。
今ならわかってしまう。恥ずかしさを堪えるためにわざと表情を硬くしてエッチな言葉を言っていたのだ。
「それは、どっちの意味ですか?」
「晶くんの好きな方で」
そういう言い方はちょっぴりズルいと思う。僕だっていろいろと我慢してるんだから。
「じゃあ、前払いで」
微笑む夢月さんの頬に口づけると、不意打ちで赤くなった顔に手を振って、僕は新しいメイド服を持って生徒会室を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます