球技会をしようよ、新妻くん
第7話 生徒会の秘密だよ、新妻くん
数週間すると、姫路会長の言っていたことが事実だったということが証明され始めた。最初の頃は、放課後になってもそのまま自習している生徒ばかりだった。それが今は数人がホームルームの終了とともに教室から出ていくようになった。
集中するために場所を変えているのかもしれないけど、少なくとも教室に変化が訪れ始めている。一年の中でも特にうちのクラスはそれが顕著だった。理由はもちろん初日から脱落を宣言していた中山さんがいるからだ。
授業の合間の休憩時間。入学したばかりの頃は誰一人として席を立たず、ひたすらに勉強していたはずなのに、今は数か所で話し声が聞こえるようになった。それに引きずられるように、僕の席の前に中山さんがやってくる。
「ねー、新妻ー。早くアタシを役員にしてよー」
「私らもねー」
本人の言葉通り、理解力も記憶力も乏しい中山さんは相変わらず諦めることなくこうして僕に無理な注文を付けてくる。同じく勉強が嫌になったらしい友人を二人連れてくるようになった。三人とも髪型も校則違反のメイクも同じようなもので、三人並ぶと誰が誰だかわからない。
覚えたのはいつも真ん中に立っていて、一番胸が大きいのが中山さんだということだけだ。三人揃って生徒会に入って、特権階級へ逃げ込みたいらしい。生徒会に入りたいとしても、少なくとも来年の選挙候補者には選ばれないことは間違いなかった。
「そもそも生徒会役員は会長を含めて四人だよ。枠が足らないよ」
「じゃあ新妻がやめればいいじゃん! アタシ天才じゃね?」
「そーだそーだ、その首輪寄こせ」
あぁ、めんどくさい。授業の間の十分の休憩時間もできるなら勉強にあてたいっていうのに。会長は本当にこんな生徒のためにも何かしてやるべきだって言うんだろうか。
「そうだ。じゃあ生徒会の仕事を手伝ってみない? そうすれば会長に気に入ってもらえるかもしれないよ」
「えー、めんどくせー」
僕の提案に左側に立っている方の女の子が答える。名前は
「それってどんなやつ?」
中山さんは僕の机に乗り上げるように体を乗せて、顔を近づける。だらしなくボタンを開けた制服の胸元が机に合わせて形を変えている。
「入学書類の中に球技会の参加希望の紙があったでしょ。今、心変わりした生徒はいないか探してほしいんだけど」
「それってさ、うまくいったら授業サボれんじゃね?」
拳銃のように指を構えて、僕の眉間を撃ち抜くように差した。名案を思い付いた、という言い方だけど、球技会も授業の一環。教師の監視はついてくるけどね。
「まぁ、そうなるかな」
「よっしゃ、乗った! アタシが学校中から集めてきてやんよ」
調査対象は一年生だって今言ったばかりなんだけど。僕が会長から預かった参加者署名用の紙を取り出すとそれを奪ってそそくさと教室を飛び出していった。その後ろを友達二人が追いかけていく。十分しかない休憩で何人に声をかけるつもりなんだろうか。ああいう人は顔が広いから案外集めてきてくれるかもしれない。
「なんにせよ、これで絡まれることは少なくなるかな」
生徒会の仕事をしながら勉強をするなら、それ以外の部分で不要な時間は極力使わないようにしないとね。
放課後になって、僕も球技会の参加者を集めはじめる。廊下の様子もずいぶんと様変わりしている。厳しい校則があるから急に荒れ始めるってわけじゃないんだけど、数人で集まって無駄話に興じているグループをいくつか見かけるようになった。
その中の一つに声をかけてみる。
「すみません、生徒会の者なんですが」
「生徒会!?」
楽しそうに話していた男の子三人組が表情を硬くして同時に僕を顔を見た。まるでバケモノにでも出会ったような恐怖をにじませた顔。僕の方が十五センチ以上背が低いっていうのに、今にも逃げ出しそうだ。
「せ、生徒会の役員さんが俺たちなんかに何を?」
「廊下で話したら邪魔でした?」
生徒会という名前にビビっていることは考えなくても明白だった。視線が泳ぎ、まばたきが増えている。この状況をどう打破しようかと優秀な頭の中でいくつものシミュレーションをこなしているのがありありと見えた。
「放課後なんだから別に好きにすればいいよ。それより生徒会で学校行事として球技会を計画しているから参加者を探しているんだけど」
「あの、それって強制ですか?」
「いや、むしろ素直に答えてほしいんだ。本当に行事として開催してほしいかを聞いているから」
三人とも顔を見合わせる。何を言われているのかよくわからない、という顔だ。
「す、すみません。それだったら俺たちはいいです」
そう言って頭を下げると、三人組はそそくさと廊下を早歩きで去っていった。
「空振りか。それにしてもなんであんなに怯えていたんだろう」
様々な特権を持つ生徒会。触らぬ神に祟りなし、権力を持った人間には触れない方が身のためってことなんだろうか。
「この様子じゃ、僕はこのチョーカーがある以上、答えは期待できないな」
一年生も少しずつこの学校の特殊な生徒会についていろいろと噂を耳にしているんだろう。その中にはおそらく僕も知らない情報がある。参加者を探すのは中山さんに任せて、僕は生徒会のことを調べてみようか。
「そうなると、あの人がやっぱり適任だよね」
交換条件になる情報は、まさに今、球技会を開催しようと動いていることでいいかな。僕は頭の中に丸暗記した校内地図を頼りに、部室のある一帯を目指して歩いていった。
文化部の部室は特別教室のある校舎の四階西側に固まっている。校内偏差値五十以上の生徒のみが参加できるという条件と僕と同じように勉強時間を削られたくない考えの生徒が多いからか、部活の種類は多くない。
放課後だというのに、四階に生徒の姿は一人も見えなかった。文芸部、棋道部、書道部、と人がいるのかわからない部室の前を通り過ぎ、廊下の突き当りから手前に二つ目の部屋が新聞部の部室だった。
ノックする。返事はない。またどこかでスクープを探して校内を歩き回っているのだろうか。ドアノブを回してみると鍵はかかっていなかった。
「失礼します」
中に入ると、狭い部室の中には過去のゲラらしい紙の山がそこかしこに積まれていた。かろうじて人が一人通れるような通路が確保されているだけで、段ボールやプリントアウトした写真の束が転がっている。その奥でパソコンの画面に向かってうんうんと唸っている千波先輩の姿があった。
「ずいぶん集中してますね」
「え? あぁ、副会長の新妻くん。どしたん? タレコミなら大歓迎だけど」
手元にあった手帳を開き、まだ白紙のページを探す。ペンを構えてさっそく聞き込み体勢になっていた。
「生徒会で球技会の企画をやっているんですよ。今は参加者の募集中です。千波先輩もどうですか?」
「あぁ、そういえばそんなアンケートとってた。本当にやるんだ。白鷺姫はこれまでの生徒会とは一味違うね」
「そのことで、過去の生徒会ってどんな感じだったんですか?」
さっき廊下で同級生に逃げられたことを思い出す。僕が生徒会だとわかったとたんに急に怯えているようだった。少なくとも姫路会長はちょっと変わっているけど怯えられるほどじゃない。
「そうだね、会長によるところが大きかったみたいだ。去年の生徒会なんかは会長が気弱で、役員たちは割とやりたい放題だった。生徒会館で夜通し騒いでいたことも多かったみたいだし。
生徒に絡んでいじめもやってたみたいだけど、さすがに前会長から役員を剥奪されてそのまま学校をやめたよ」
「会長を脅して奪った首輪も飼い主から外されてしまっては意味をなさない、ということですね」
「そゆこと。白鷺姫はそういうことは全然しないし、去年の役員を見てたから誰も選ばないんじゃないか、って言われてたんだ。それが入学初日に君のところに行ったんでしょ。前から知り合いだったの?」
「いえ、高校で初めて会いましたよ?」
自分で言った言葉が妙に嘘らしく聞こえる。あんな日本人離れした銀髪を持つ会長なんて一度見たら絶対に忘れないはずだ。ここに来るまでにあったはずがない。それなのに四択問題の解答を間違いないと思っていながら、同時に不正解な気がしてならないような違和感が胸の奥をざわつかせていた。
動揺を感づかれないように平静を装いながら、乾いた笑いでごまかす。千波先輩は自分の話に夢中のようで、僕の異変には気付いていないらしい。
「ふーん。ますますわかんないな。やっぱり今年の生徒会は例年にも増して謎が多そうだ」
「例年にも増して、ってことは生徒会の謎なんてあるんですか?」
「うん。一階の寝室にあるタンスを深夜に開けると、異世界への扉が開くとか、雷雨の夜に生徒会室の窓に首吊り死体の影が映るとか」
千波先輩はそんなことをケラケラと笑いながら教えてくれた。それは謎じゃなくてただの七不思議だろう。毎年夏になると、生徒会の謎として新聞部の記事になるのがお決まりとなっているらしい。どれも根拠のない噂レベルで、どう脚色するかが新聞部の腕の見せ所なんだと笑っていた。
「あとは、生徒会長に代々伝わる
「そんなマンガの話じゃないんですから」
そう言って相槌を打ちながら、ふと会長の持っていたカバーのかかった本のことを思い出した。会長は私物だと言っていた。
最初は私物なんて持ち込めないと思っていたけど、生徒会が特権階級と聞いて本当に私物だったんだと忘れかけていた。でも、もしあれがその噂の参考書だったら。
「んー? もしかして新妻くん心当たりあったりする?」
「いえ、なんとも」
短く否定したが、千波先輩の瞳の奥が怪しく光っている。これは変な情報を与えてしまった、と後悔してももう遅い。生徒会館は役員以外立入禁止だから、簡単には調べられないと思うけど。
「とにかく情報ありがとうございました。球技会の件、記事よろしくお願いしますね」
最後に今日の要件を念押しして、僕は澄ました顔で部室を後にした。
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