第3.5話 一人でしちゃおう、姫路さん
手元の企画書は少しも進んでいなかった。球技会の次は夏休み前に何かイベントをしたいと考えているんだけど、いい案は全然浮かんでこない。
夏祭りは文化祭と被るし、プールは高校にない。それもあるんだけど何よりの理由は、新妻くんが生徒会室で私の仕事を手伝ってくれていることだった。
半ば無理やりに生徒会に誘ったのに真面目に仕事をこなしてくれている。いきなり襲いかかられたら、なんて考えていた自分が恥ずかしい。やっぱり新妻くんは正義感があって、ちゃんと理由をつけてあげないと私に手を出してくれないのかも。
真面目ならなおさらあのメイド服はイマイチだ。もっとロングスカートのシックな方が似合う気がする。サイズだって新妻くんにピッタリのものを用意してあげたい。彼の動きを目で追っていると、持っているペンは文字にならない線を書くばかりだった。
それに、この後はいよいよ言わなきゃいけない。新妻くんを誘うために、いろいろ用意してきたんだから。
こっそりと引き出しの中からカバーのかかった文庫本をお守りのように取り出す。厚手の布カバーでしっかりと保護しておいたから中身を読まれない限りはただの小説にしか見えないはず。マーカーを引いた言葉とその使い方はしっかりと勉強した。実践できる。
どのタイミングで言おうかと悩んでいたら、下校時間を告げるアラームが鳴った。参考書を新妻くんに見られそうになるし、タイミングは見失っちゃうしで散々だった。
「それじゃ、僕は着替えてきますね」
このままじゃ新妻くんが帰っちゃう。何か言わないと、そう今日来てくれたご褒美ってことにして。
「いっぱいシゴイテあげる」
えっと、こんな感じでちょっと舌を出して、指で輪っかを作って。意味は確か男の子の、モノを擦って気持ちよくすること。何度も一人で練習したけど、自分で言うのはやっぱり違う。恥ずかしくて顔が固まる。棒読みのセリフみたいな言葉しか出なくなる。
でも言えた。新妻くんは私の言葉に驚いて固まってしまっている。おかしいな、マンガではこう言えばだいたいはそんなダメです、みたいなことを言いながらもずるずると流されていってしまうはずなのに。
「たくさん、カワイがってあげるから」
やっぱり棒読みは直らない。でもさっきよりはマシになったかも。新妻くんは本当にピクリとも動かなくなって、まじまじと私の顔を見つめていた。いざこうして見つめられるとどうしていいのかわからなくなる。でも言ってしまった以上、最後までヤラなきゃいけない。
新妻くんの言葉を待つ。なのに私の予想に反して、新妻くんは勢いよく土下座したかと思うと、泣きそうな声で叫んだ。
「バットは、バットは勘弁してくださいー」
「そっか、バット。いきなりバットはダメなのね。順番は守らないと」
「竹刀でもダメですってー!」
言ったそばから新妻くんはメイド服のまま生徒会室を飛び出していった。
失敗だったわ。バットっていうのは隠語で男の子のモノのことのはず。きっと新妻くんの中でルールがあって、いきなり触っていい場所が決まっているのだ。私の胸はよくて新妻くんのバットがダメっていうのはなんとなく納得がいかないけど。
一人取り残された生徒会室で、私は引き出しから参考書を取り出す。じゃあ次はどんな感じで誘ってみようか。直接的な感じよりも興奮させるようなことを言った方がいいのかな。
候補はいろいろあるけど、思っていたより新妻くんってこだわりがあるタイプなのかも。手を出す相手は選ぶとか。そうだとしたら去年会った私は、いろいろと自暴自棄になっていて今思うとひどい格好をしていたと思う。
あの服はクローゼットの奥に厳重にしまってあるけど、もしかするともう一度着ることになるのかも。
翌日、私は少し早めに生徒会館を出た。たぶん昨日持って帰ったメイド服を持ってくるだろうから、どこかで見つかって生徒指導室に連れていかれているだろう。生徒会のチョーカーがあっても権限を使わないとただの生徒と同じように扱われてしまう。
昨日は緊張してそういうことを全然話せなかった。生徒会特権をよく思わない先生もいるから、変な先生、たとえば青山先生とかに捕まってないといいけど。
予想通り、青山先生に生徒指導室に連れ込まれていた新妻くんを助けて、手を引いて歩く。あの日のように新妻くんと逃げ出すのはやっぱり楽しかった。
私がそう思ったからこそ、気付いてしまったことがある。
新妻くんはあの日のことを覚えていない。少なくとも私だって気付いていない。
だってあんな風に一緒に逃げだしたら、あの日のことを話したくなるに決まっている。新妻くんから言ってもらおうと思って黙っていたのに、全然そんなこと言ってくれない。
あの時の自分とはずいぶん外見が変わってしまった。
髪は銀髪に戻してしまったし、あの時と違ってきちんと制服を着ている。肌も全然見せていない。化粧もしていないし髪型だって結局自然のままに任せている。
「それでも気付いてくれたっていいのに」
私はあの日のことを一秒だって忘れたことはないのに。
メイド服を新妻くんから返してもらった私は、教室に向かわず寝室に逃げ込んだ。鍵をかけて息を潜める。少しすると新妻くんが生徒会館から出ていく音が聞こえた。
「はぁ、新妻くんにとってはあんなこと普通のことなのかなぁ」
私は胸を触られてから、二、三日は違和感がとれなかったのに。
「私だけが浮かれてたのかなぁ」
これは運命の出会いだって。そう思いたかったのかもしれない。
持ってきたメイド服に手を伸ばす。顔を埋めると新妻くんの匂いがした。自分の秘所に手を伸ばす。こんなこと、半年前まで知りもしなかった。私はこんなにも新妻くんに塗り替えられてしまったというのに。
自分を慰めて、すっきりとした頭でまた考える。忘れているなら思い出してもらう。あの日、新妻くんが私に新しい世界を見せたように。年上の女の子にからかわれる喜びを植えつける。
「できるかな、私に」
新妻くんのメイド服に聞いてみる。当然答えは返ってこなかった。
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