ミユキタチバナシェフ

 その後、仲間の治療方法やゲートを開けて脱出する方法まで、基本的な操作を一通り教えた。


「とまあ、こんな感じで仲間と連携しつつ、キラーから逃げながら部品を回収して脱出を目指すっていうのが基本的な流れになるわけだけど……どうかな、ちょっとくらいは掴めた?」

『多分』


 美雪は何回か俺がやってるのを後ろで見てたことがあるから、その分吸収も早いと思う。


「西川さんはどうかな?」

『何となくって感じ』

「なら大丈夫だね。後は慣れていくしかないと思うから。まあ、またわからないことがあったら聞いてよ」

『ありがとー』


 うん。今回はこれくらいで十分だと思う。他にも理解しておかなければいけないことはたくさんあるけど、それはプレイしていくうちに学習するべき内容がほとんどだし。

 マイペースでのんびりとした西川さんの返事を聞いた後、俺は「それじゃあ今日はこの辺で」的なことを言って締めくくり、通話を終えた。




 翌日、大学の講義を終えた俺と美雪は俺の部屋に来ていた。何でも美雪が、俺がSIDをプレイしているところを後ろから見てみたい、ということらしい。

 美雪の部屋でも良かったんだけど、そこは美雪が「慣れてる自分のPCでやった方がいいでしょ」と気を遣ってくれた。


 マンション自室に到着して扉を開ける。俺の後に続いて部屋に入ってきた美雪が早々に不満の声をあげた。


「もう、実君また散らかしてる」


 散らばっている本を片付け始める美雪。俺も脱ぎ捨ててある服なんかを洗面所に持って行ったりした。

 俺たちは基本的に二人でどちらかの部屋を行き来する、半同棲みたいな形の生活をしているが、数日置きにそれぞれが自分の部屋に帰って、一人になれる時間もつくっている。

 ここ最近は美雪の部屋に泊まることが多かったので、一人の日も挟んで数日は美雪が来ていなかった。そうなると片付けを怠ってしまい、少しずつ部屋が散らかってしまう。何とも申し訳ない気持ちになる。


 片付けが終わると、腹が減っては何とやらということで、先にご飯を食べることにした。

 基本的にご飯は美雪が作ってくれる。単純に俺が料理を出来ないからだ。

 かと言って、もちろん任せきりにはしない。メインシェフを美雪が務め、俺はその傍らで適当に雑用をこなす。


 完成した料理を盛り付けてテーブルに並べる。準備が出来たらいただきますをしてからいただいた。

 いつもミユキタチバナシェフの料理は最高だ。あっさりと完食すると、少しゆっくり雑談をしてから片付け。それからPC、そしてSIDを起動した。


 ちなみに、俺はロータイプのPCデスクを使っていて、座椅子に腰かけながらやっている。

 サバイバー側を選択してどのキャラを使おうか考えていると、後ろから楽し気に弾んだ声が届く。


「ねえねえ、この子可愛くない?」


 そう言って俺の右肩に手を乗せ、身を乗り出しながら美雪が指さしたのは、欧米系の女性風な外見をしている「メイ・クロウ」というキャラクターだ。

 某ホラーゲームとのコラボで登場したサバイバーで、女性陣ではおよそ二番目か三番目くらいの人気がある。一番人気でアジア系女性風の「ワン・ユン」が声や衣装に人気がある一方、メイは純粋に容姿が好きという人が多い。


 ほぼ真横にある美雪の顔に若干視線を向けながらそれを説明した。


「へえーそうなんだ。実君はどっちの子が好みなの?」

「んー……どっちかって言うとメイかな」


 画面にユンを表示させながら答える。

 そもそもこれはキャラに萌えることを主旨としたゲームじゃないから、外見がどうとかそこまで深く考えたことがなかった。確かに可愛いとは思うけど、あくまでプレイアブルキャラクターの一人であって、それ以上の認識はない。

 だからここは声や衣装がいかにも男心を掴みそうなユンではなく、メイを選択してみた。「やっぱり男の子ってそういうのが好きなんだね」的なことを言われそうな気がしたからだ。

 それに「そうだよね、メイちゃん可愛いよね!」と美雪が盛り上がることを期待している一面もある。


「ふ~ん」


 ところが、美雪の反応は芳しくない。俺が何かの選択を間違えて不機嫌になってしまった時の反応と似ている。振り向いて元の位置に戻った美雪の顔色を窺えば、少し不満げに唇を尖らせていた。

 あれ? 今地雷を踏むような要素あった?


「どうかした?」

「別に。そこはユンちゃんって言って欲しかったな~って」

「何で?」

「もういい」


 ええっ……何で? 女心難し過ぎる。


 ………………。

 …………。

 ……。


 もしかして、ユンが美雪と同じボブみたいな髪型をしているから?

 う~ん、本人に確認したいところだけど、何だか野暮な気がするのでそれはやめておこう。


 気を取り直してゲームを進めていく。

 結局、キャラはユンを選択しなければいけない気がしたのでそうした。そのまま準備完了を押してマッチングが始まる。

 早く試合にならないかな、とぼーっとしていると、呟くように問われる。


「ユンちゃんみたいな可愛い子操作出来て嬉しい?」

「え?」


 全くの想定外な質問に間抜けな声が漏れた。


「どういうこと?」

「こんな可愛い女の子を思うがままに操れるわけでしょ」

「いや、それはそうだけど言い方……」

「変態」

「何で!?」


 何が何だかわからない内にマッチングが完了。試合前の待機部屋に移動する。

 集まったサバイバー四人が改めて準備完了を押すと、キラーも準備完了を押すことで試合が開始した。ロード画面を経てマップに入る。


 まずは、とりあえずと言った感じで目の前にある箱をいじった。


「何か知らない人たちと一緒にやるのって緊張感あるね」

「慣れればそうでもないよ」


 途中で味方が一人合流して二人で直していると、ドクンドクン、と心臓の音が鳴り始めた。

 ちなみに、いつも一人でやっている時はヘッドセットを着けているが、今日は美雪がいるのでスピーカーから音を出しているから少しやりにくい。

 美雪がまたぐいっと身を乗り出してきた。顔が真横に来て、ふんわりといい匂いがする。


「あっ、キラーが近づいて来たよ」

「うん、そうみたいだね」

「逃げないの?」

「まだ逃げない。キラーの姿が見えてなくて、状況がわからないから」


 今俺たちのキャラがいる場所は屋外で、周りを壁、というか背の高い柵のようなものに囲まれていて見通しが悪い。


「わからない内は箱をいじってた方がいいの?」

「うん。もしかしたら先に味方が見つかってて、チェイスしてくれてるかもしれないからね。そしたら箱をいじってない時間が無駄になるでしょ」

「チェイス?」

「キラーと追いかけっこをして注意を引き付けること。例えば今鳴ってる心音は、チェイス中に味方がたまたま俺たちの近くを通りかかっただけかもしれない」

「味方を追いかけてるから、キラーが近くにはいるけどこっちには来ないかもしれないってこと?」

「そうそう。だからこの場合、実際にキラーがこっちに来るまでは箱いじりはやめない方がいいと思う」


 会話をしている内にも徐々に心音は大きくなり、恐らくゲーム内の距離で二十メートル以内までキラーが来たというところで、俺も味方も箱いじりをやめた。


「このタイミングでやめるんだ」

「心音の大きくなるペースから考えてほぼ真っすぐこっちに向かって来てるしね。もし味方がチェイスしてくれてるとしても、この距離ならキラーは俺らが箱いじってることに気付いてほぼ確実に殴って来るから、とりあえず逃げた方がいい」


 走って柵から出ると、案の定キラーがこっちに向かって来ているところだった。目が合ったので俺の方を追いかけて来る。


「こっちに来たか」

「やっぱりキラーが知ってる人じゃないと怖いね」

「見た目が迫力あるからね」


 今回のキラーは「ウォーマン」。「狂気の銃弾」という魔法のようなものをサバイバーに打ち込むことによってサバイバーを狂乱状態という、一種の状態異常に陥らせることが出来る。

 ちなみにこの「狂気の銃弾」は気孔術の一種という設定で、青い色のついた空気弾のようなものを手から打ち出している。

 それを美雪に説明した。


「狂乱状態?」

「頭がおかしくなってる、みたいな感じかな。それになると定期的に叫び声をあげてしまって、キラーに自分の位置をバラしちゃう」

「え、それってだめじゃん」

「うん。だからこのキラーは結構強いって言われてる。狂乱状態になると姿を隠しても無駄だからね。キラーをプレイする上で重要な索敵の作業が楽になるっていうのはかなり大きいよ」

「ふぅん」


 まあ、この辺りの話はまだピンと来ないと思う。とりあえず今は、ウォーマンとの対戦時には、姿を隠してやり過ごすなんてことはほぼ不可能になる、ということだけ覚えてもらえればいい。

 あと、もう一つ「狂気の銃弾」には重要な役割があるんだけど、それはこの後すぐに説明する機会がありそうなので省略。


 チェイス開始。逃げる俺と追うキラー。基本的にはキラーの方が足が速いので、ただ走っているだけではすぐに追いつかれてしまう。

 何度か俺のプレーを見ている美雪が、得意げに言った。


「窓や罠を使って逃げるんだよね?」

「うん」


 マップにはサバイバーだけが使用可能な罠が各所にある。キラーは罠を張られた場所は通れなくなってしまうので、それを破壊しなければならない。その為に数秒の時間がかかるから追跡を妨害出来る。

 窓はサバイバーもキラーも通れるものの、キラーが通る場合はサバイバーに比べて時間がかかるので、こちらも時間稼ぎになる。

 ただし、窓や罠であればどんなものでも、というわけではない。


 まだキラーと距離があるうちに罠のある箇所に到達する。


「う~ん、この罠弱いな」

「強いとか弱いとかあるんだ」


 基本的に罠は壁と壁、もしくはオブジェクトとオブジェクトの間にあって、そこをサバイバーが罠で封鎖することで、キラーは回り込むか罠を破壊するかの選択を迫られることになる。

 この時、罠と隣接する壁もしくはオブジェクトの長さがないと一瞬で回り込むことが出来るので、罠を設置したところで大した時間稼ぎにはならない。この場合、キラーは罠を破壊せずに回り込むことで簡単にサバイバーを殴れてしまう。

 逆に壁やオブジェクトの長さがかなりあって回り込むのに時間がかかる場合、サバイバー側は罠を飛んで乗り越えることが出来るので、キラーは罠を破壊しなければ永遠に時間稼ぎをされる。

 プレイヤー間では前者を弱い、後者を強いと表現している。

 窓も同様で、窓の向こうへ回り込むのに時間がかかるかどうかで弱い、もしくは強いと言う。


「これは一発もらうしかないか」


 サバイバーは二回殴られるとダウンする。逆に言えば、一回までなら殴られても大丈夫だ。たまに一発でダウンに持っていくキラー側のスキルや特殊能力があったりするけど、この状況ならそういうことはほぼないと見ていい。

 弱い罠は基本的に使わない方がいい。次のチェイスポイント……簡単に言えば罠や窓がある場所まで到達できないと踏んだ時に、仲間が一か八かで使えるように残しておくためだ。

 どれだけうまくやっても確実に一発もらうから、というのもある。


 というわけで、あえて罠を使わずに追いつかれて攻撃を受ける。サバイバーはキラーから攻撃を受けると数秒間足が速くなるので、これを利用して距離を離していった。ちなみにこの仕様は「負傷ブースト」と呼ばれている。

 ユンが殴られた瞬間、うめき声をあげながら加速した。


「ユンちゃんの声可愛くない?」

「そう?」


 うめき声を可愛いって言うのはどうなんだろう。まあ、そこも人気の要因の一つだから変ではないんだろうけど。

 返事をしてから画面に注意を向けていると、横からはうなり声が聞こえる。


「ん~~面白くない!」

「面白くないって何?」


 苦笑交じりに聞くと、美雪は勢いよく答える。


「もっとこう、ないの? このキャラ可愛い! とか。実君からそういう話ってあまり聞かない気がする」


 言われてみればそうかもしれない。俺はテレビを見ないせいで芸能人とかあまり知らないせいで、どういう子が好みだとか言う話に花が咲かない。

 ただ、知らないだけで、ゲームや漫画、アニメのキャラに対して可愛いとか思うことはある。今回はたまたま対戦ゲーでホラーゲーだからそういうことを感じないと言うだけだ。


「もっと実君がどういうのを好きかとか、知りたい」

「美雪のことはかわいいって思ってるよ」

「そういうのいいから」


 軽くいなされてしまった……。

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