SID
胸のつかえが降りたおかげか、その後は雑談に華が咲いた。
パフェを綺麗に食べ終えた美雪が、満足そうに微笑みながら口を開く。
「綾香ちゃんって普段は家で何してるの?」
問われた北条さんは、少し考える素振りを見せた。
「音楽聞いたり、テレビ見たりしてるかな。最近はベースの練習とか……後はゲームとか」
「え、ゲームするの?」
きょとんとして美雪が聞くと、北条さんもきょとんとする。
「するけど……何で?」
「全然そんな風に見えないから。ゲームとか興味なさそう」
「どんなゲームするの?」
ゲーム好きの俺としても逃せない話題なので聞いてみる。美雪みたいにほのぼの育成系か落ち物パズルを軽く嗜むくらいかなーなんて思っていたのに、返って来たのは予想の斜め上を行くものだった。
「SIDって知ってる? Survive in the dark」
Survive in the dark、通称SIDは最近流行りつつある、非対称型対戦ゲームというジャンルの著名タイトルだ。
非対称型対戦ゲームというのは、例えば殺人鬼一人 vs 生存者四人といったように、プレイヤーが所属する陣営によって人数や戦い方が変わって来るゲームのことを言う。
ほとんどのタイトルで、殺人鬼陣営が生存者陣営を追い詰めて倒していくという内容になっている。殺人鬼陣営は「キラー」、生存者陣営は「サバイバー」と呼ばれることが多い。
キラー側は基本的に身体能力が高い上に特殊能力などを持っているので、サバイバー側は一人では到底太刀打ち出来ない。だから、サバイバー側は全員で上手に連携し、条件を達成しての勝利を試みる。
対してキラーは強いとはいえ一人なので、生存者を全員倒すためにしっかりと戦略を練らなければならない。生存者全員でしっかりと連携を取られたら簡単に勝利されてしまうので、うまく数を減らして追い詰めていく必要がある。
SIDの場合、サバイバーはキラーとは戦わない。ひたすら逃げつつ、壊された脱出口を修復する為の部品を各所から回収する。
部品の回収には一定の時間がかかるので、誰か一人がキラーをひきつけて時間を稼ぐなどの対応が必要になる。そして部品を全て回収して脱出口を修復し、脱出できれば勝利だ。
対してキラーはとにかくサバイバーを倒すだけ。発見して二回攻撃を当てれば瀕死状態に出来るので、そうしたら担いで処刑台に運ぶ。サバイバーを全員倒すことが出来れば勝利……なんだけど、公式的には「二人倒せば引き分け」を目安にゲームの難易度が調整されているらしい。
サバイバー側は仲間が処刑台に運ばれてしまったら救助をしないといけない。敢えてしない選択肢もあるけど、人数が一人でも減ると一気に不利になるので、基本的には採らない。あと、救助しても三回処刑台に運ばれると処刑されてしまって救助が出来なくなる。つまり死亡だ。
と、大まかなルールはそんな感じになっている。物騒な単語が並んでいることからも分かる通り、雰囲気的にはおおよそホラーゲームだ。だからこんな綺麗な女の子がやっていると聞いて驚いた。
まあ、あくまでそれは偏見で、実際には女性のプレイヤーはたくさんいる。このゲームが著名になったきっかけも、とある女性タレントがプレイしていることを公表しプレイ動画を上げたことだった。
俺はと言えば、このタイトルには結構ハマっていて、そこそこにやり込んでいるし著名配信者が上げた動画も視ている。
まさかこんなところで同じゲームをやっている人に出会えるとは思わなかった。逸る心を抑えて声を落ち着かせる。
「知ってる知ってる。俺も結構やってるし」
「え、本当に!?」
北条さんの目も一気に輝き出した。わかるわかる。同好の士を見つけた時の嬉しさは格別だ。
「うん。哲也に教えてもらってからハマっちゃってさ」
「じゃあ哲也君もやってるの?」
「いや、俺はもうやってないよ。ちょっとだけ遊んで、すぐにやめたかな」
つまるところ、哲也はその「とある女性タレント」がやっていたから興味を持っただけだ。プレイはしたものの、ホラーっぽい雰囲気があまり好きになれなかったらしい。
「え~何でやめたの? じゃあ、これを機会にまた始めようよ」
「そうだな、綾香ちゃんがやってるなら考えとくよ」
「薄っぺらいなー」
からかうように言ってみると、哲也が冗談っぽく怒って反論する。
「同じゲームで遊んで親交を深めるってのは大事なことだろ?」
「親交を深めるならわざわざSIDじゃなくてもいいと思うけど。ていうかあのゲームそういうのには向いてないでしょ」
「サバイバー側ならPT組めるし、五人集まればプラベだって出来るだろ」
プラベ……プライベートマッチのことで、通常のマッチとは違って、全員招待された人、つまり知り合いだけで試合を行う。
通常のマッチを行った場合に入る経験値やキャラ育成のために使うスキルポイントなんかは入らないけど、皆でワイワイ遊びたい時には持って来いだ。
人数が揃わなくてもプラベなら試合は開始出来るけど、基本的には五人でやるゲームなので正直に言ってあまり楽しくはない。
「五人って誰だよ」
「この四人と、適当に後一人」
「いつの間にか美雪が頭数に入ってるし」
「何? 私じゃ不満なの?」
「ええっ」
美雪が拗ねたように言う。
美雪にも少しやってもらったことはあるけど、マッチに入ったことは数える程しかない。経験者と言えるレベルじゃないし、まして俺たちに付き合ってくれるなんて思いもよらなかった。
というか、仲間外れにしたら怒りそうだ。軽く頭を下げながら謝罪の言葉を口にする。
「じゃあ、すいません。お願いします」
「任せなさい。私が実君を助けてあげるから」
ぽん、と鎖骨の辺りに拳を置いて、胸を張る美雪。
「ってことで、美雪ちゃんは決定な」
「で、結局あと一人は?」
「適当に暇なやつ連れてくりゃいいだろ」
「どうせなら俺たちと面識がある人か、SID経験者がいいと思うけど」
特に、このゲームはチュートリアルなどが充実していない。それどころかトレーニングモードもない有様。教えてすぐに楽しく遊ぶなんてことは難しい。
とはいえ美雪が付き合ってくれる以上、初心者でも構わない。初心者で俺たちと楽しくワイワイやれるか、経験者で最初からゲームを熟知しているか、そのどちらかが望ましいだろう。
「まあ、それもそうか」
唸り声をあげながら考え込む哲也。知り合いに適任がいないか、必死に思い出そうとしているようだ。
その時、飲み物を一口飲み終えた美雪が口を開く。
「奈海に頼めばいいんじゃない?」
「え、西川さんってゲームとかやるの?」
西川奈海さんは法学部の二回生で軽音楽部に所属している。美雪とは軽音楽部で知り合って友達になった。同じサークルの部員なので、もちろん俺たちとも面識がある。
サバサバしていてノリが良く、面倒見もいいので親しみやすいのが特徴だ。
ただのイメージだけど、SIDどころかゲームすらもやっているような印象はあまりない。
俺が面食らって聞くと、美雪は首を縦に振った。
「たまに、って感じ?」
「へえ、そうなんだ。ちょっと意外かも」
「それに頼めば付き合ってくれそうだし」
ゲームに慣れているならやってもらってもいいかもしれない。仲が良いし同じ初心者だから美雪も色々やりやすいだろう。
「そういうことなら西川さんに頼もうか」
「だな。じゃあ美雪ちゃん、西川さんを誘っておいてもらえる?」
「うん、わかった」
さすがの哲也でも西川さんは「西川さん」呼びなのか。まあ、サークルにはあまり顔を出さない人だから無理もない。
でも、皆でSIDをやるというのはとても楽しみだ。俺はガチでやりたいタイプだけど、知り合い同士でワイワイというのももちろん嫌いじゃない。
その後もSIDの話で盛り上がってからのお開きとなった。
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