初会談
昼休みに美雪と話したり、哲也とLANEでやり取りをした結果、運命の会談は四時限目終了後ということになった。場所は学生会館に併設されているカフェ。
あそこはパフェが名物なので、美雪が「今日は絶対にあそこのパフェを食べる」との決意を表明してくれた。俺も応援している。
四時限目が終わってから美雪と合流し、カフェへ向かう。
「北条さんってどんな人なの?」
「う~ん、俺もまだちょっとしか話したことないからなあ」
「あ、そっか。かわいい系じゃなくて美人系なんだよね」
からかうような感じで、顔を少しだけこちらに寄せて言って来た。
「それ、もう許してもらえたんじゃないの?」
「許したっていうか、元々怒ってないし」
「知ってる」
「ねえねえ。それでさ、私はかわいい系? 美人系?」
「かわいい系じゃなくてかわいい」
「あらお上手」
そんなに上手じゃなかったと思うけど、お気に召したようだ。
会話をしている内にカフェに到着。中に入って店内を見渡すと、哲也がこちらに向かって軽く手を挙げていた。北条さんも一緒だ。
講義中の時間帯ということもあって、店内は程よく空いている。おしゃれで物静かな空間の中で、学生たちがそれぞれにお喋りを楽しんでいた。
四人掛けのテーブルに二人が向かいあって座っていたので、俺たちもそれぞれその隣に腰かけた。
「二人共、早いね」
そう声をかけると、哲也が応じる。
「俺は三時限目までだし、北条さんは四時限目が一般教養だったからな」
「レジュメさえもらってればオッケーなの」
北条さんが茶目っ気のある仕草で続いた。
「そうなんだ」
一般教養は必修科目等とは違って、出席点がない授業も多い。テストもレジュメやテスト期間に販売される「講義ノート」というものを読んでおけば大体合格点が取れたりする。
会話が途切れたところで、哲也が美雪に視線を向けた。
「美雪ちゃん、久しぶり」
「久しぶり。LANEではやり取りしてるから、そんなに久しぶりって感じしないけどね」
「相変わらず仲良くやってるみたいじゃん」
「そうでもないよ? 昨日も喧嘩したばっかりだし」
「はいはい。のろけ話はまた今度な」
「そういうのじゃないから」
ちょっと拗ねたように言う美雪に、全員から穏やかな笑みが漏れる。
頃合いを見計らって、哲也が北条さんを手で示した。
「で、美雪ちゃん。こちらが最近新しく入った北条綾香ちゃん」
「美雪ちゃん、よろしくね」
「立花美雪です。よろしくお願いします」
フランクに対応する北条さんに対して、何故か美雪は丁寧に一礼をしている。同じ二回生という情報は昨日伝えてあるはずなので、初対面で緊張しているといったところだろう。
ちらっと、一瞬だけ哲也の視線がこちらを向いた。きっと「お前、同じ二回生ってこと言ってねえの?」という感じだろう。俺も目に力を込めて「ちゃんと伝えてある。緊張してるだけだよ」という雰囲気を出してみる。
それが伝わったのか、哲也が美雪に対して言った。
「美雪ちゃん緊張してるねえ。とりあえず何か頼みに行く?」
「あ、うん。今日はここのパフェ食べたいなって。久しぶりだし」
「お、いいねえ」
「私も頼もっかな」
という北条さんの言葉と共に三人が立ち上がり、カウンターに向かって歩き始める。俺もついていった。
当然と言えば当然だけど、大学内にある食堂はどこもウェイターさんがいない。全員がカウンターで注文して、入手した商品を席まで運んでいく。
「美雪ちゃんはどれにするの?」
「う~ん……」
カウンター前で、北条さんが積極的に美雪に話しかけてくれている。その様子を微笑ましい気持ちで眺めていると、哲也が隣にやってきた。それから、声のトーンを抑えめにして口を開く。
「綾香ちゃんが二回生ってこと、言ってなかったのか?」
さっきのやり取りなんやったん? 全く伝わってないやんけ。
「その話、さっき目線で伝えたじゃん」
「何言ってんのお前?」
「いや、何でもない」
そういう対応をされてしまうと、もう俺から言えることは何もなくなる。まあ、普段人と目が合った時って大抵偶然だし、ましてやその視線にメッセージなんて込めない。
一度首を横に振ってから、哲也の質問に応える。
「言ってある。だからあれは初対面の子に対して緊張してるだけじゃないかな」
「ふ~ん、まあそういうもんか。言われてみれば、美雪ちゃんが最初から緊張しなかったのってお前ぐらいだった気がするし」
「え、そうだっけ?」
「初めて話した時に、結構人見知りする子なのかな~って思ったくらいだぞ。普通に喋ってくれてるように見えても微妙に距離を感じるみたいな。仲良くなってからはむしろよく喋るから忘れてたけど」
たしかに美雪は幅広く付き合いを持つタイプではない。でも愛想はいいからそこそこに友達はいるし、哲也の言う通り親しい人には良く喋る。だから人見知りとかって思った事はあまりなかった。
「だからまあ、新歓の打ち上げでお前ら二人が喋ってるのを見た時、ああこいつら付き合いそうだな~って思ったな」
「あの時、哲也いつの間にかいなくなってたもんね」
まだ一年くらい前だけど、あの頃を思い出して懐かしい気持ちになる。
「まあ、付き合うまでは順調とは言えなかったけど……」
そこで哲也は口角を吊り上げて、にやりという文字が浮かび上がって来そうな笑みを浮かべた。
「テンパってたのはお前だけだろ」
「必死だったんだよ。あんな風に女の子と仲良くなったことなかったし」
「まだ知り合ったばかりの俺にめっちゃ相談してきてたもんな」
実を言えば、哲也と知り合ったのは新歓企画で一緒のバンドになったからだったけど、仲良くなったのは美雪のことを相談するようになってから。
学部は一緒だけど、軽音楽部で知り合うまでは話したことすらなかった。
美雪と仲良くなって、好きになって。デートって何すればいいのとか、告白ってどういう風にするのかとか……何と言うか、必要なことは一通り相談させてもらった。
哲也も面倒くさがらずにきちんと応えてくれて本当に助かった。こいつがいなかったら美雪と付き合えなかったかもしれないまである。
「いや、あの頃は本当に助かったよ。今も何だかんだで相談させてもらってるし」
「わかってるならもうちょっと俺を大切にしろよ」
「それ彼女以外に言われると気持ち悪いな」
ここまで軽口を叩きあえるやつは地元でもそんなにいなかった。
「ま、これからも頑張れ」
そう言って哲也は俺の方にぽん、と手を置いた。そしてタイミングよく、カウンターで美雪と色々相談していた北条さんから「二人は何にするの?」と声がかかったので、話はそこで切り上げた。
それぞれの注文を終え、商品を持って席に着く。俺と哲也も、美雪と北条さんに続いてパフェを注文した。
皆が思い思いに食べ始めたところで本題を切り出すことにする。
「美雪」
「ん?」
もぐもぐとパフェを楽しみながら、美雪がこちらを見た。
「実はこの三人で、バンドをやろうと思ってるんだ」
隣に座る哲也がテーブルの下で親指を立てた。「よく言った」というところだろうけど、少し大袈裟だ。
直前までは哲也が「俺が話を切り出してやるよ」と言っていたけど、それは遠慮した。何となくそれは「逃げ」のような気がしたから。
美雪の表情に特に変化はない。というかむしろパフェに夢中で、食べながら会話を続ける。
「この三人って、哲也君と、綾香ちゃん?」
「うん」
「いいんじゃない?」
「……」
いい意味で想定外の反応に言葉が詰まってしまった。この感じだと、恐らく心からそう思っていて、後から何かを言われることもなさそうだ。パフェが美味しくて他のことはどうでもいいとかかな……?
美雪の視線が北条さんに向いた。
「綾香ちゃん、まだバンド組んでないんだよね?」
「うん」
「実君で良ければ使ってあげてください」
ぺこり、と美雪が腰を折った。予想だにしない反応だったのか、北条さんは慌てて手を横に振る。
「そんな、使うだなんて……でも、ありがとう。よろしくお願いします」
あれだけ頭を悩ませていた会談は、あっさりと終わった。
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