初プレイ
カフェを出る前に美雪がLANEでメッセージを飛ばすと、帰路についてすぐに西川さんから返事が来た。
やはりSIDは未経験だったけど、俺たちとのプレイを快諾してくれた。そのまま美雪と西川さんはゲームの話で盛り上がり、とりあえず二人でやってみようという話になったようだ。
二人にサバイバーで遊んでもらうため、今日は自分の家に帰って来た。
このゲームにトレーニングモードはないけど、二人以上いればプラベを組むことでそれに近いものにはなる。キラー側一人、サバイバー側一人がいれば試合を開始することが出来て、自由に動ける。
ただし、マップは選べないしアイテム等も自由に使用は出来ない。
まず、各キャラクターのスキルはスキルポイントを使用することで習得することが出来る。そして、アイテムはそのスキル習得の際におまけのような形で手に入るようになっている。
プラベでは、アイテムを使用してもマッチ終了時には帰って来るものの、各キャラクターが所持していないものを使用することは出来ない。つまり、予め持っている必要がある。
だから、まだキャラクターを育成していない美雪と西川さんはアイテムを一切使えないということだ。
帰宅して荷物を置くとすぐにスマホを確認する。
LANEの方で作っておいた、俺と美雪と西川さんの三人がメンバーのグループチャットで二人に連絡を取る。二人共、まずはボイスチャットアプリ「SCOPE」とSIDをインストールするところから始めるらしい。
「SCOPE」はボイスチャットアプリの一つだ。俺はPCでゲームをする際に利用しているけど、ビデオ通話も出来るのでゲーム以外にも幅広く使われているのではないかと思う。
心配だったのはPCスペックだ。SIDはそこそこに高い水準なので心配だったけど、二人とも画質を落としたりして調整すれば何とかなるラインだった。
飯を食ったりなんだりしている内にダウンロード等、二人の準備が完了したので俺もPCを起動、マイク付きのヘッドセットを装着してSCOPEを開く。まずは美雪に通話を飛ばした。
リズミカルな発信音が鳴ったかと思うと、すぐにそれが途切れる。
「うっす」
『うっす』
いつもとは違う、少し機械的な美雪の声が届いた。
「西川さんのアカウントはわかる?」
『うん、さっき聞いた』
「じゃあ誘ってもらってもいい? チャット欄を開いたら、右上にある『メンバーを追加』ってところをクリックして……」
美雪に呼ばれて、通話に西川さんが追加される。
『こんにちはー』
「こんにちは」
『新庄君久しぶりだねー』
「そうだっけ? そうかも」
美雪を迎えに行くとよく一緒にいたりするので、そんなに長い間会ってなかったかな……と思ってしまう。
『奈海、今日はバイト休み?』
『うん。暇だし丁度良かったよ。ゲームとか久しぶりだし楽しみ』
「アクションとはいえ割とホラーゲー的な部分もあるけど……西川さんはそう言うの平気?」
『平気、ていうかむしろ好きかな。ホラー映画もよく観るし、例えば……』
そう言って挙げられたタイトルはかなり怖いやつで、中にはそれホラーじゃなくてスプラッタじゃね? というものもいくつかあった。その辺りの境界線は俺にはよくわからない。
『美雪は苦手なんじゃないの? ホラー』
『うん。でもキラー? の中身が実君だってわかってるなら大丈夫』
「その辺も含めてプレイしながら慣れてもらえればいいかな。とりあえずやってみようか」
俺も始めたての頃はキラーが近寄って来るだけでびびっていた。何せホラーゲーとも呼ばれるだけあって、キラーの外見が怖い。慣れは大事だ。
チュートリアルで本当に基本的な操作を覚えてもらい、それが終わるとすぐにプラベに入った。俺がキラー、美雪と西川さんがサバイバーでスタート。
試合開始、マップに入る。キラーの全身をぐるりと映した後、画面が一人称視点に切り替わった。
このゲームはキラーが一人称視点、サバイバーが三人称視点になっている。もっと言えば、キラーはサバイバーに比べて視界が狭く、慣れていないとサバイバーを見失いがちだ。
『始まったみたいだけど、何をしたらいいの? 部品みたいなのを集めるんだっけ』
同時にマップに入ったはずの美雪が問いかけてくる。
『へえ~こんな感じなんだ。もうさ、風景が怖くない? 何もしてないのに少しびびってるんだけど』
『奈海はどこにいるの?』
『わかんない。何か近くに小屋みたいなのがある』
『小屋なら私も近くにあるよ。……あ、いた』
『美雪じゃん』
『奈海じゃん』
そんな微笑ましいやり取りを聞きながら二人を探す。サバイバーは、キラーがゲームを開始した位置から見て、マップの反対側に出ていることが多い。
それに西川さんが言った「小屋」というのは恐らく、どのマップにでも湧く「共通小屋」と呼ばれる建物だ。となると場所の予想はつく。
『え、何? すごい心臓の音みたいなの聞こえるんだけど』
サバイバーはキラーが近づくと心臓のドクンドクン、という音が鳴り、距離が縮まるにつれてその音量はどんどん大きくなる。
つまり、俺が美雪と西川さんにかなり近付いているということだ。
『あ、これ知ってる。実君が近づいて来てるんでしょ?』
「うん。とりあえず、試合の流れを説明するよ」
『新庄君はどこにいんの?』
二人を発見した。俺がいるのとは逆の方向を向いている。
「こっちこっち、後ろ」
『え、怖っ』
美雪に怖がられてしまった。でもその気持ちはわかるので悲しくはない。
『新庄君どうしたの? 何があったの?』
「何があったって言われても……元からこういう外見のキャラだとしか」
ちなみに俺が選んだキラーはジョンソン。もっともオーソドックスなキラーで、引っ掛かるとサバイバーを動けなくする罠を設置することが出来る。
「で、とりあえず部品の回収っていうのが」
場所を案内しようと美雪のキャラに近付く。
『近寄らないで変態っ』
『新庄君ってそういう人だったんだ』
「どういう人!?」
ジョンソンは上半身裸で下は黒のスラックスを履いている巨漢だ。でも、その上半身には大きな釘が刺さっていたり、痛々しい傷跡がいくつも走っていたりするので変態というのとは少し違う。むしろ怖い。
「ゲームの流れを説明しようとしたんだけど」
『ごめんごめん、新庄君がちゃんと反応してくれるから調子にのっちゃった』
『でもキャラが怖いのは本当だよ。もうちょっと可愛いので来てよ』
「可愛いのって……これそういうゲームじゃないし」
うさぎの被り物みたいなやつに外見を変えることの出来るキラーはいるけど、返り血を浴びているので可愛いという印象はない。
でもまあ、ジョンソンよりはましかも。
「じゃあ別のキラーにしてみるから、一旦出ようか」
一旦マッチを終了して、キラーを再選択。再びマッチを開始した。
今度は中央に特徴的な建物があるマップだったので、中央に集まってもらう。すると出会い頭に、美雪が嬉しそうな声をあげた。
『え、可愛いじゃん! それいいよ』
『私はそんなに好きじゃないけど。さっきのよりはいいかも』
美雪と西川さんが、俺の周りをぐるぐると回って外見を確認している。落ち着かないけど悪い気はしない。
『このキラーは何て名前なの?』
「パニッシャー」
『ふ~ん』
美雪は中々お気に召したようだ。
「じゃ、試合の流れを説明していくよ」
『はーい』
「まず、こっちに来て」
俺が先導すると、二人がとことことアヒルの子供のように後をついて来る。ホラーゲームにはあるまじきほのぼのとした光景だ。
目当ての四角柱状の物体を発見。その前で立ち止まり、美雪たちのキャラの方を向いた。
「これがジャンクボックスで、プレイヤーからは『箱』って呼ばれてる。これから脱出に必要な部品を一つ取り出す。マップに合計七つあって、脱出には部品を五つ集めないといけない」
二人は箱の前で固まりつつ、『え、箱?』『箱っていうより自動販売機って感じだよね』『ネットで見たことある。ジュークボックス? だっけ。あれに似てる』みたいな会話をしている。
ジャンクボックスとは言っても箱の中にがらくたが入ってるようなやつではなくパスワードを入力して部品を一つずつ取り出す機械装置という設定で、西川さんの言うように見た目はジュークボックスに似ている。
「これの前に移動してSPACEを押してみて」
すると、二人が一瞬だけ箱の前で屈み、また通常の立ち姿に戻った。
「あ、ごめんキーから指を離さずにずっと押してて」
二人が作業を開始した。ちなみに箱から部品を取り出す作業を、プレイヤー間では「箱をいじる」という言い方をしている。
キャラが箱をいじり、ガチャガチャプシューと音がし始めて、箱の引き出しのようなものが出たり入ったりしている。
「今、画面下の中央くらいにゲージが出てるでしょ? それが満タンになったら作業終了で、脱出の為の部品が一つ手に入る。ただし……」
その時、ちょうど箱から警告音のようなものが鳴り、西川さんのキャラが座ったまま身体を後ろに引いた。
西川さんが『何これ?』と驚きの声をあげる。
「箱をいじってたら、いきなり針が一本しかない時計みたいなのが出たでしょ? それを『スキルチェック』って言って、失敗するとゲージが後退する」
『どうやったら成功なの?』
西川さんにレクチャーしている間も、美雪は黙々と回収作業を進めている。美雪は以前俺のキャラを使って軽くプレイしたことがあるので、スキルチェックは失敗しないらしい。
「針が時計回りに一周するよね? その時に針が、円の線が一部太くなっているとこに来てるタイミングで左クリック」
『えー難しくない? 作業してたら「ポーン」とか言って突然来るし』
「慣れだよ」
『美雪はミスんないよねー』
『一度実君にやらせてもらったことあるから』
二人でやるとゲージはより速く進む。間もなく作業が完了した。箱についている各ランプが赤く点灯し、「使用不可」の意図を示す。
「これで一つ目の部品は回収完了。後はこれを五回繰り返して、五つの部品をゲートにはめ込むと脱出出来る」
『へー、結構簡単だね』
『それがね、そうでもないんだよ』
美雪がドヤ顔でえっへんと胸を張る様子が鮮明に思い浮かんだ。
『そうなの?』
『うん。部品を回収してるとね、実君が邪魔しに来るんだよ』
「俺っていうかキラーね。試しに殴ってみるね」
西川さんのキャラに近付いて殴る。キャラがのけ反った後、腹の辺りを抑えながら立っている姿に変わった。
『怪我してる』
『実君ひどい!』
「そういうゲームだし……しかも殴るねって言ったじゃん」
『殴るねって言ったら殴ってもいいの?』
「いえ、あの……はいすいません」
美雪のノリに付き合うと一生チュートリアルが終わらないので、さっさと進めていくことにする。
「で、もう一回殴られるとダウン」
西川さんのキャラが悲鳴をあげながら倒れる。
『ちょっと実君何してるの!?』
『何か倒れたんだけど』
「これがダウンした状態で、こうなると」
『待って!』
俺とダウンした西川さんの間に美雪が立ちふさがった。
「どうしたの?」
『やるなら私をやって!』
『美雪……』
西川さんがいかにも感動してますと言わんばかりの声でつぶやく。
現実の世界でちらりと窓の外を見やる。既に陽は沈んでいて、周囲はしんと静まり返っていた。
「ちょっと今はそういうのいいんで」
『は? そういうのって何?』
「西川さんにもこの後の都合とかあるでしょ?」
『いや特に。明日は三時限からだし』
西川さんは美雪の味方らしく援護をしてくれなかった。俺の言葉の意図に気付いていない可能性もある。
まあ、美雪の味方をしてくれるのは歓迎すべきことだ。これからも美雪をよろしくお願いします。
「で、キラーはダウンしたサバイバーを担ぐことが出来る」
歩み寄る俺の進路を美雪が妨害して来たけど、華麗なフェイントで見事に交わして西川さんのキャラを担ぐ。
処刑台へと向かう俺の背中を美雪が棒立ちで眺めながら叫ぶ。
『奈海ー!』
『美雪ー!』
『絶対に助けに行くから!』
うん、まあそういうゲームだしね。
「その救助方法をこれから教えるから、ついて来て」
マップ上に散在している処刑台のうちの一つへと到着。シンプルな土台の上に大きな十字架が建っている。その前に立ってSPACEを押すと、西川さんのキャラが十字架に磔にされた。
「こうして磔にされると、自力では脱出できない。正確には出来るけど確率がすごく低いしリスクも高いからやめた方がいい」
『これどういうプレイなん?』
西川さんに対してももはやツッコむ気力がなくなってきた。
「で、基本は味方に救助してもらうことになるんだけど、美雪はやり方わかる?」
『うん、覚えてるよ。SPACEだよね』
「そうそう。やってみて」
『奈海、今助けるからね……!』
美雪のキャラが、西川さんのキャラを十字架からすんなりと下ろした。
『ありがとー』
「で、ごめんもう一回磔にするから殴るね」
再び西川さんがダウンする。もちろん二人にギャーギャー言われたけど、無視してさっさと磔にした。
『美雪ー! 助けてー!』
この子も結構ノッて来たな。
「磔が二回目だとスキルチェックが発生するから気を付けて」
『さっき部品回収してた時のと同じだね』
「そうそう。で、それに失敗すると死亡になる」
『なるほど。あ、これ視点動かせるんだ』
「動かせるね。でも、慣れない内はあまりやらない方が……」
『あっ』
「あっ」
西川さんのキャラが磔にされたポーズのまま、空に向かって上昇していき、次第にその姿が朧気になって、最後は闇へと溶けていった。キャラが死亡する時の演出で、この死亡を「処刑される」って言い方をする。
視点を動かしながらスキルチェックをしようとすると失敗する初心者は多い。西川さんもその例に漏れなかったようだ。
『ごめん、失敗しちゃった』
「慣れるまでは視点を動かさない方がいいかもね」
『奈海、死んじゃったの……?』
「うん。スキルチェックに失敗すると即座に死亡になるんだ。救助が遅くて画面左下のキャラ名の横に出るゲージが無くなった場合でも同じ。つまり救助はなるべく早くした方がよくて」
『実君』
「え?」
『許さないから』
このチュートリアル、いつになったら終わるんだろ……。
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