プライベートマッチ2
結局のところ苦戦はしたものの、俺と哲也で何とか時間を稼ぎ、哲也だけが処刑され、残りの三人での脱出に成功した。
マッチが終了してロビーに戻る。サバイバーが全員揃ったのとほぼ同時に北条さんが口を開いた。
『楽しかった~!』
「だね」
『哲也君、しばらくやってなかったのに上手だった』
『この数日間、こっそり練習したからね。それでも綾香ちゃんには歯が立たなかったよ』
『全然そんなことないから』
「美雪と西川さんはどうだった?」
経験者だけで盛り上がってしまっているので、二人にも話を振ってみる。
「う~ん」という唸り声をあげながら、西川さんが応えた。
『部品回収してただけって感じ』
「このゲームじゃそれが一番大事だからね」
『でも、新庄君とか堀君みたいにちぇいす? 出来るようになりたいなーって』
「チェイスはもっとこのゲームに慣れてからじゃないと難しいよ」
『だよねー私にはまだ無理』
「美雪はどうだった?」
さっきから一言も発していないので、話を振ってみる。
『初めて救助とか出来て楽しかった』
触れただけで聞こえなくなってしまいそうな儚い声。いつも通りと言えばいつも通りだけど、どことなく元気がないような。
かと言って、ここで「楽しくなかった?」なんて聞いても美雪も答えづらいし、場の雰囲気的にもよくない。
「そっか。救助も救助で難しかったりするから、どんどん練習していこう」
『うん』
やっぱり少し様子がおかしいな。後で話を聞いてみないと。
会話が一段落したのを見てか、勢いよく手を叩く音が聞こえた後に哲也が口を開いた。
『それじゃ、次のキラーは誰がやる?』
『そこは哲也君じゃない?』
『俺でもいいけど。ただほとんどやってないから初心者同然だよ』
北条さんからの提案に、こともなげに答える。
『だからだよ。実君は慣れてない哲也君からマッチ終了まで逃げてもらって、私は美雪ちゃんと西川さんと遊ぶから』
「俺へのプレッシャーが半端ない」
『まあ、実とやり合うならそれはそれで面白そうだな』
北条さんの提案は悪くない。俺たちだけでわいわいやってもなんだし、ほぼ初心者の二人にももっとゲームを楽しんでもらいたい。そういう意味では、女性同士で会話を楽しみながらやるのもいいと思う。
とはいえ、さすがに俺が一人だけでマッチ終了まで逃げ切るのは無理だと思うけど。そこは哲也が空気を読んで何とかしてくれるはず。
「じゃあ、そういうことなら哲也にお願い……」
『私がやる』
「え?」
しようかな、と言いかけたところで、突然かつ意外なところから決意を込めた声が割って入った。
「美雪、どうしたの?」
『キラーやってみたい』
「傍から見てる分には楽しそうだし、わかるけど……難しいよ?」
『でも……』
一応忠告はしたものの、美雪だってそんなことは百も承知のはず。それでもやりたいと言っているのだろう。
控えめな性格の美雪がこういった場で自分の意志を貫こうとするのは珍しい。さっきのマッチで何か思うところがあったのか。
色々と思考を巡らせてどうしたものか迷っていると、北条さんが明るい声で入って来てくれた。
『いいじゃん、キラーの練習したいんだったらこういう時にする方がいいし、やってもらおうよ』
『実際にやってみないと色々とわからないしね』
哲也も便乗してくれる。優しい世界。
俺は誰にも見えていないのに、一つうなずいてから口を開く。
「それじゃあ、美雪にお願いしてもいいかな?」
『うん。ありがとう』
こうして、めでたく? 美雪のキラーデビューが決定した。
マップは中央に固有の建築物があるタイプのものだった。それを囲むようにジャングルジムやオブジェクトが設置されていて、全体でほぼ正方形になっている。
俺はマップの隅っこにある共通小屋の中でポップした。北条さんと西川さんも一緒で、哲也だけが少し離れているらしい。
この分だと俺とはマップの反対側にポップしたと思われる美雪が尋ねた。
『とりあえず皆を探したらいいの?』
「うん。まずはサバイバーを見つけて追いかけて、ダウンを取るっていうのをやってみよう」
『わかった』
以前に西川さんと三人のプラペで、俺が後ろにつきながら教えたことがあるので基本的なキラーの操作はわかっているはずだ。ただ、本当にそれだけで実際にマッチ形式でやったわけじゃない。
とりあえず目の前の、小屋の中にある箱をいじってみる。
『実君はどこにいるの?』
「えっ」
それはプラベとはいえ言ったら面白くない気もするけど。まあ初めてだし。
「共通小屋の方だよ」
『共通小屋がどこにあるのかわかんない』
「多分だけどマップの、美雪がいる場所とは反対側にあると思う」
『反対側?』
どうやら探しているけど見付からないらしい。俺の、美雪の出現位置の見立てが外れている可能性もある。相手が、マップを大体でいいから覚えていないとこういう時の説明って難しいんだよな。
すると、哲也から斬新な提案がなされた。
『実が迎えに行ってあげたらいいんじゃね』
「何でそうなるんだよ」
『美雪ちゃん初心者だし、普通にやる前にどういうとこにサバイバーがいやすいとかそういうのを説明してあげたら?』
そこまで過保護にするのはどうかと思うけど。まあ、美雪は今後本気でこのゲームをやっていくわけじゃないだろうし、いいか。
「わかったよ。美雪、中央にある大きな建物はわかるかな」
『実君が迎えに来てくれるの?』
「うん。今から向かうよ」
『ありがとう。私も行くね』
箱いじりをやめて立ち上がると、西川さんが「仲良しだねぇ」とつぶやいた。微笑ましいものを見たといわんばかりに、哲也と北条さんも穏やかな吐息を漏らす。
ジャングルジムを出て、霧の立ち込める薄暗い森の中を歩いていく。
SIDは、ジャンルとしては非対称型対戦ゲームを公称しているものの、ホラーゲームとしての呼び声も高い。全マップ共通して不気味で、点在するオブジェクトのデザインもおぞましかったりする。
樹々の間をくぐり抜け、側に白骨の落ちている瓦礫を通り過ぎていくと、目的の建物が見えて来た。どくんどくん、と心音がヘッドセットから響いて来る。
『実君?』
中に入るとすでに美雪が立っていた。キャラはジョンソン。
ジョンソンはキラーの選択画面で一番最初の位置に表示されているので、とりあえず選んだという感じだと思われる。
とても人のものとは思えない図体を有している殺人鬼が静かにこちらを見つめていた。
「そうだよ」
美雪が一歩こちらに近付く。
目の前にキラーがいるので、心音は他の音が聞こえにくくなるほどの音量になっていた。
中身が大好きな彼女だとわかっていても、キラーの見た目が怖いのでやはり迫力がある。
「じゃあ、まずはサバイバーがいそうな場所、というよりはサバイバーにとって先に部品を回収しておきたい箱はどんな位置にあるものかっていうのを……」
と言いながら、まずはこの建物の地下に行こうとして歩き出した、その時。
「痛っ!?」
突如としてジョンソンの持つノコギリが振り下ろされた。手を伸ばせば触れられる距離にいた俺のキャラ、スミスは殴られて負傷する。当然ながら実際に俺が痛いわけじゃない。
少し距離を離し、突っ立ったままで画面を回して背後の美雪を確認しながら言った。
「美雪? 今は案内するところだから殴るのはやめて?」
『何で?』
「何でって……え?」
『これって「そういうゲーム」なんじゃないの?』
「いやそうだけど」
明らかに様子がおかしい。言葉の端から感じられる、いつもと変わらない美雪の雰囲気が逆に恐怖を助長している。
他の三人はまだその異様さに気付いていないようで、くすくすと笑い声がヘッドホンの奥から漂って来ていた。
「そうなんだけど、今からキラー向けのマップ案内でもしようかなって……」
『実君を殴るの、楽しい』
嫌な予感がしたので咄嗟に走って前進すると、ヒュッと音がする。ジョンソンが突如武器を振って、空振りした音だ。
一旦距離を取る為に走りながら声をかけた。
「あの、美雪。今はちょっとやめよう?」
『どうして?』
狂気。その二文字が真っ先に頭に浮かぶ。
「だからその、案内的なやつを、ね?」
『そういうのはいい。私、実君を殴れればそれでいいから』
美雪も普通に追いかけて来て、自然とチェイスが始まった。
怖い、怖い怖い。このタイトルがホラーゲームとしての一面を持っていることを改めて思い知らされてしまう。既に負傷しているので、一発もらったらダウンという状況も緊張感を高めるのに一役買っている。
とは言っても、そう簡単に捕まることはなかった。
俺が経験者だからというものあるけど、一番の理由は美雪がキラーを操作することそのものに慣れていないからだ。
キラーは、初心者のうちは攻撃を当てることすらままならない。
一人称視点だからチェイス中にサバイバーを見失いやすいし、目の前にいても左右にキャラを振られると攻撃を空振りしたりもする。慣れればどうってことはないけど、最初は俺もよくそういう失敗をしていた。
命の危険を感じて思わず必死になってしまった俺は、攻撃が来そうなタイミングでキラーの周囲を回って避ける「旋回」というテクニックや、窓枠と罠など、あらゆる手段を駆使して生き延びる。
そうして数か所目のチェイスポイントに到達したところで突然、美雪の動きがぱたりと止まった。
念のために動き出しても充分に逃げられる程度の距離を置いて呼びかける。
「美雪?」
『どうしてそんなに逃げるの?』
まさか彼女に対して「命の危険を感じるレベルで怖いから」なんて言えない。
「そういうゲームなんで」
『ひどい』
あれ? さっき美雪って「そういうゲームだから」という理由で、マップを案内しようとした俺を殴ってきたような……。
しかしここで理不尽だ、とか、ちょっと何を言っているのかわからない、などと思ってはいけない。女の子、少なくとも美雪はこういうところが可愛いのだ。
『実君ひど~い』
『実サイテーだな』
『新庄君ってそんな人だったんだね~』
外野から野次が飛んで来る。今の美雪を見て異常事態に気付ける人はそう多くないのかもしれない。
「……」
『……』
無言で睨み合う二人。キラーは武器を持って立ち尽くしたまま動かない。
たしかに大人げなく本気出して逃げ過ぎたかな。このままと言うのも気まずいので、恐る恐るキャラを近付けながら声をかけてみる。
「美雪?」
しかし反応はない。一歩一歩じりじりと歩み寄り、やがてキラーが攻撃を当てようと思えばすぐに当てられる距離まで近づいた。
その瞬間だった。
悲鳴。
悲痛な叫び声と共に、俺の操作するスミスが倒れてしまう。その先には、武器に付いた血を拭う、ジョンソンの姿があった。
俺は美雪に攻撃されたらしい。
『捕まえた』
感情の読めない平坦な声で、美雪はそうつぶやく。
つまりさっきまでのやり取りは彼女にとって、俺をおびき寄せて捕まえる為の餌だったということ、なのだろうか。
『ふふ』
弾みで漏らしたかのような微笑みの声と共に、キラーが一歩を踏み出す。力なく倒れているスミスを担ぎ上げて処刑台へと向かっていった。
何だろう。いつもならこの担がれている時間って、あーやられたーでもまだダウン一回目だなー、くらいしか思わないのに、今はまるでこのまま殺されてしまうかのような緊張感がある。
処刑台というよりは、断頭台に運ばれてこれから首を落とされるみたいな。
そして、遂にスミスが磔にされる。手足を有刺鉄線で拘束され、もがき苦しみながら悲鳴をあげた。
それを聞きながら十字架の前で身動きもせずにじっと彼を見つめているジョンソンが、不意にぽつりと言った。
『えへへ、これで実君は永遠に私のものだねっ』
「美雪?」
『美雪?』
俺と、ようやく異変に気付いた西川さんの声が被った。
『それ、まだ一回目だから殺せなくない?』
いやツッコむところそこかい。
『でも、このまま誰にも救助させなかったらいいんだよね?』
『そういえばそうか』
いや納得するんかい。
美雪は本当にこのまま俺を闇に葬り去るつもりらしく、スミスの前から一歩も動くことなくこちらをじっと見つめている。
ちなみに、これは俗に「フェイスキャンプ」と呼ばれる行為で、サバイバー側からすれば救助が出来なくて面白くないから、そこそこに文句を言われやすい戦術だったりする。
キラーがサバイバーの人数を一刻も早く減らすために、一回目の処刑から確実に死まで持って行こうとするが故に起こる。
磔にされたサバイバーの前から身動き一つしないことで、絶対に救助をさせないという意思をアピールするのだ。
もちろん別の意味合いで行われることもあるけど、ここでは割愛。
ちなみに哲也と北条さんはこの間、適当に雑談をしながら箱をいじっている。
「誰か助けてー!」
冗談交じりに叫ぶと、西川さんが応じてくれた。
『あ、救助行こうか?』
「お願いします」
数秒後、西川さんのキャラが俺と美雪の前に現れたと思うと、ぴたりと止まる。
『美雪、あんた何してんの?』
『見張ってる』
『怖いんだけど』
『どうして?』
『いや、何か新庄君の前から動かないし……それってほら、きゃんぷ? とか言うんでしょ』
『だって救助されたくないから』
少しずつ美雪の様子がいつものそれに戻っていくのを感じた。友達に普通にツッコまれて、流石に冷静になって来ているのだろう。今は注意されて少し拗ねた子供のような調子で喋っている。
『あんた人前でイチャつくのとか好きじゃないっしょ。どうしたん?』
『イチャついてない』
イチャつく、という単語に反応して哲也と北条さんが『お?』『どうしたの?』と興味を示してきた。それを機に訪れる静寂。
やがて西川さんが一つ吐息を漏らしてから、明るいトーンで口を開いた。
『ま、いいや。じゃああたしも新庄君がもがき苦しむさまを眺めようかな』
「え?」
『さっすが奈海。わかってるぅ』
西川さんのキャラが俺の前に来た。美雪の操るジョンソンの横に並び、二人でじっとこちらを見つめている。
『へーずっと見てるとこんな感じなんだね。何か面白い』
「いやいや助けてよ」
『キラーが目の前にいるから助けられないし』
実際はこの状況でも救出する手段はあるにはあるけど、それを今西川さんに説明するのは難しい。
『何か面白そうなことやってるねえ。綾香ちゃん、俺ちょっと行って来るよ』
『どうぞー』
哲也が部品の回収を中断してこちらにやってきた。
少し前にここに来た西川さんの動きを再現するかのように、処刑台の近くでぴたりと足を止める。
『あっ、なるほどそういう感じね』
「どういう感じなんだよ」
『哲也君は私の味方? それとも』
何かの選択肢を無駄に迫力のあるトーンで迫る美雪。どこかの漫画にそんな台詞を喋るキャラいるよね。
『もちろん美雪ちゃんの味方だよ』
「おい」
そして、あろうことか哲也までも、西川さんとは逆サイドの美雪の横に並んで俺を観察しはじめる。
「哲也まで何やってんだ。いいから助けろよ」
『たまにはこういうのもいいだろ』
「完全にゲーム性無視してるけど?」
『じゃあ逆に聞くけど、ここで俺がお前を救助するのは正解なのか?』
「ぐっ」
理不尽だけど哲也の言っていることは間違っていない。諸々の事情を考えればむしろ正解にも思えるくらいだ。これが現実。
無駄な抵抗だとはわかっていつつも、俺は最後の希望として北条さんに助けを求めてみた。
「北条さん……」
『私箱いじるのに忙しいから。ごめんねー』
「ですよね」
わかってました。
この間にも俺の耐久ゲージは緩やかに減り続けている。やがて半分を切り、BGMがより緊迫感を煽るものに切り替わった。それでも誰も助ける様子はない。まるで日本社会の闇を体現したような図だ。
そして。
「何なんだよこれー!」
俺はよくわからない捨て台詞を吐きながら、闇に贄として捧げられた。
キラーを気に入ったのか、美雪はその後もキラーをやり続け、怖いぐらいに俺を追いかけ続けたのであった。
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