プライベートマッチ1

 それから数日後。美雪と西川さんもそこそこゲームに慣れてきたということで、皆の都合が合う今日、遂にSIDのプラベをやろうという話になった。


 大学からまっすぐに帰って来た俺は早々に夕食を済ませてPCを起動。皆の準備が済むまで、サバイバーで一試合ほどしてみる。SIDは現在、サバイバー側がマッチングするまでの時間がかなり長いので、その試合が終わる頃には皆の準備が完了していた。


 SCOPEを起動すると、哲也がグループ通話に誘ってくれた。

 俺が入ると、美雪、西川さん、北条さんの順にメンバーが揃う。美雪と西川さんはデフォルトアイコン、北条さんはweb上で拾って来たと思われる、どこぞのイラストレーターさんが描いた猫のアイコンだった。


『全員揃ったみたいだし、部屋作るわ』

「頼んだ」


 哲也が部屋を作成するとすぐに、グループ通話のチャット欄にパスワードが共有される。間もなく全員が部屋に入って来た。

 五人がサバイバー側にいるのを見て、哲也が口を開く。


『で、最初のキラーは誰がやる?』

「う~ん」


 そもそもキラー自体が上級者向けだから、美雪と西川さんは候補から外れる。そうなると俺、哲也、北条さんの誰かになるわけだけど。


『私がやろうか?』

「北条さん、いいの?」

『うん。哲也君と実君がどれくらい上手なのか見てみたいし』

『俺はしばらくやってなかったし、初心者同然だからよろしく頼むよ』

『またまた~』

『いやいや、本当だって』


 そういうことなら北条さんにやってもらうのがいいかもしれない。俺と哲也は本気でチェイスをして、美雪と西川さんには部品を回収してもらう。

 ただ、哲也が現役でSIDを続けている北条さんからうまく時間を稼げるかどうかはわからないけど……俺も人のことは言えないか。もし北条さんがかなり上手かったら一瞬でダウンしてしまうかもしれない。


 北条さんがキラー側に入り、サバイバーが四人になる。


『どのキラー使おっかな~』


 今にもスキップし始めそうな声を聞きながらサバイバーを選ぶ。サバイバーはスキルさえ揃っていればどのキャラでもあまり変わりがないので、結局は好みの問題になってくる。

 スミスというキャラクターを選択した。実在するホラー映画とコラボして登場したサバイバーで、何となくだけど、玄人が使うような印象を受ける。


『哲也君はメイちゃんか。わかってるねえ』


 何故か上から目線の美雪に思わず頬が緩んだ。


『美雪ちゃんは……あれ? ユンって課金キャラじゃなかったっけ?』

『ふっふっふ』

『しかも課金衣装付けてるし』

『いいでしょ。実君に買ってもらったんだ』

『うん。何となくそんな気はした』


 美雪がやたらとユンを気に入っていたのでプレゼントした。キャラ解放と衣装一セットだけならそんなに高くはない。

 本人は『今日からユンちゃん以外使わない』と喜んでくれていたけど、それだとスキルが揃わないのでやめた方がいいと思います。


 西川さんは静かにマイクを選択。初期キャラの一人で、重要なスキルを持っているので使用者は何気に多い。


『あっ、奈海が選んでるの、実君っぽいやつだ』

『美雪いつもそれ言ってるけどさ、いまいちわかんない』


 たしかに俺とマイクは似ても似つかない。


『見た目じゃなくて雰囲気とかがさ……ね、哲也君はどう?』

『わかるよ。このちょっと気が抜けた感じとかでしょ?』

『そうそう!』


 置いてけぼりなことに寂しさを感じていると、準備を終えたらしい北条さんが声をかけた。


『私の方は準備オッケーだよ』

『俺たちもオッケー』


 哲也が返事をすると。


『じゃあ始めるね』


 北条さんの一言でマッチが開始された。




 選ばれたのは、端に家のような固有建築物があるタイプのマップで、俺たちはそれがない方の端でポップした。

 キャラが動かせるようになると同時に、哲也の操るメイが薄暗い霧の中を意気揚々と走り回っている。


『全員近くに出たみたいだね。じゃあ、部品を回収していこうか』


 気付けば、哲也の後をとことこと美雪と西川さんがついて行っていた。俺も合流して、四人で最初の箱に到着する。

 ところが、箱は一辺が壁に接している為に三人までしかいじれない。


『実~、悪いな。これ三人用だわ』

「みたいだね」


 哲也の明らかにニヤついていそうな声を聞きながら、別の箱を探す。


『皆、逆側に出てるのかな』


 固有建築物のある側にポップしたらしい北条さんが、そう呟いた。


『そっち行くね』

『いやいや、来なくていいから』

『え~哲也君ひどくない?』

『これそういうゲームだし』


 とか言っている間にも心音が鳴り始める。俺は今、皆より少しだけ中央よりにいるのでいち早く北条さんと遭遇しそうだ。

 そう思っていた矢先に、遠くの方からキラーが歩いて来るのが見えた。キャラがオーソドックスなジョンソンなのは、俺たちとは初めてやる試合だから様子見というところだろうか。

 隠れる前に目が合ってしまった。


『スミスって実君だっけ?』

「そうだよ」

『じゃあいいや。最初は哲也君を追いかけたい』


 ジャングルジムに入った俺をスルーして通り過ぎて行く。


『え~俺?』


 哲也の声色は満更でもなさそうだ。


『実君は美雪ちゃんと西川さんに箱の偏らない部品の回収の仕方とかを教えてあげるといいと思う』

「オッケー」

『まあ、それも哲也君が私から時間を稼げればの話だけどね』


 勝気に微笑むのが目に浮かぶようだ。


『おお、綾香ちゃん言うねえ』

『み~つけた』


 キラーが最初俺たちがポップした辺りのジャングルジムに入って行くと、蜘蛛の子を散らすようにサバイバーたちが逃げ惑う。


『哲也君はメイね』

『ふふふ、かかってきなさい』


 ジョンソンとメイのチェイスが始まった。俺は二人を見送りつつ、今まで皆がいじっていた箱に向かう。


「じゃあ、俺たちはここの部品回収を進めて行こうか」

『え、どこ?』


 一度逃げて若干動揺している美雪。


「さっきまで三人がやってたとこ」

『わかった』


 そろそろと、おっかなびっくり歩きながら二人が戻って来る。自分が初心者だった頃を思い出して優しい気持ちになれた。

 途中までやっていたので、回収は一瞬で終わる。


「じゃあ、ついてきて」


 今いじっていた箱はマップの端にあるので、次は中央付近で探していく。マップをうろうろしていると二人が鴨の子供のようについて来た。


「おっ、いいね。これにしようか」


 ちょうどいい感じの場所に箱があったのでいじり始める。二人もそろそろと俺に続いた。

 部品を回収しながら、西川さんが尋ねる。


『どの箱から先に部品を回収した方がいいとかあるの?』

「うん。簡単に言えば箱が狭い範囲で固まらないようにってことになるんだけど」


 これだけではよくわからないかもしれないので、説明を追加していく。


「マップには七つまで箱があるよね」

『うん』

「で、一度部品を回収した箱はもういじることは出来ない」

『うん』

「マップの端っこの方にある箱っていうのは、距離的にキラーの巡回が大変だから見つかりにくく、いじりやすい。だからと言って端の箱ばっかりいじっていると、最終的に真ん中付近に箱が固まって、キラーの巡回がかなり楽になる。そうなるとサバイバー側は終盤戦で不利なんだ」

『わかるような気はする』

「とりあえず、部品はなるべく中央付近の箱から先に回収していく、って思ってもらえればいいよ」

『ふ~ん。何か色々大変なんだね』


 そしてちょうど説明が終わった頃、遠くからメイの悲鳴が聞こえた。どうやらダウンしてしまったらしい。画面の左下に表示されている哲也のメイアイコンが、棒人間がごろんと転がるダウン表示に切り替わっている。


『やられたー』

『ふふふ。哲也君もまだまだだね』

『でも、そこそこ時間稼いだっしょ』


 うん。最近全くプレイしてなかった人としては充分だと思う。


『さーてと』


 北条さんがまるで流れ作業のように、哲也を磔にする。そしてメイの悲鳴をBGMにしながら。


『次は実君の番だね』


 そう宣戦布告するかのように言った。


「もうすぐここに北条さんが来るから、美雪は哲也の救助、西川さんはこのまま部品回収を続けてて」

『りょうかーい』

『私に出来るかなぁ』


 不安げな美雪の声。通常のマッチなら救助も、部品の回収を続けることも状況判断が求められるのでそう簡単なことじゃない。でも、今回はガチじゃないから北条さんも二人を見逃してくれるはず。


「大丈夫。近付いてSPACEを押すだけだから」

『頑張る』


 間もなく心音が鳴り始める。予想通り、北条さんは真っ直ぐにこちらへ向かって来た。何らかの索敵スキルによってこちらの位置を把握しているのだろう。

 打ち合わせ通りに俺と美雪が箱から離れると、北条さんは一切の躊躇なく俺を追いかけてくれた。

 これがガチだったらキラーは俺を追いかけるフリをして箱の方に戻ったり、三人の内誰かを一発だけ殴って哲也の方へ戻る、俗にいう「救助狩り」と呼ばれる行動を取るなど、色々工夫して立ち回るのでこうはいかない。


 立ち回りをかなり甘くしてくれているとはいっても、あまりに俺と哲也が時間を稼げなければ脱出は不可能だ。場の雰囲気を考慮しても美雪と西川さんが追いかけられる展開は避けなければならない。

 元よりそのつもりではあったけど改めて、ここはガチで行く。


 マッチが開始されてから今までの時間で、周囲の生成は予め把握しておいた。まずは近場の罠で時間を稼ぎつつ、他の三人からなるべく離れた位置でのチェイスを目指す。

 チェイス時の危機迫るBGMが俺を鼓舞してくれた。このマッチがうまく行くかどうかは俺の腕にかかっている。


 最初はジャングルジムのように窓がある場所ではなく、オブジェクトと罠があるだけのシンプルな「罠グルポジション」と呼ばれるところで罠グルをする。

 簡単に言えば窓を使った駆け引きが出来ないので、オブジェクトの周りを最短距離で周回して、キラーに追いつかれるギリギリのタイミングで罠を張ることしか出来ないということだ。

 現在の俺と北条さんの距離を考えれば二周くらいはいけるはず。


 廃車と、がらくたの山を模したオブジェクトがあり、その間に罠が一つ。車の周囲を最短距離で一周した頃に、北条さんが嬉しそうに言った。


『しっかり最短で周ってくるね』

「現役でやってれば、流石にね」


 この罠グル時に膨らまず、しっかり最短距離で周っているかどうかが、サバイバーの熟練度を見分ける一つの目安になる。

 初心者はどうしても壁やオブジェクトに張り付けず、少し膨らんだところを通ってしまいがちなので、その分キラーに追いつかれるのも早い。もっとも、キラーも初心者で膨らんでしまったら同じだけど。


 二周したところで罠を張る。すると、北条さんは即座に罠を破壊した。判断が迅速かつ的確だ。微妙に経験を積んだ中級者だと、壊すべき罠を壊さずに追いかけて無駄に時間を稼がれてしまうこともある。

 北条さんはすでにその域を出ていると見ていいのかもしれない。


「北条さんも中々やるね」

『お、今のでそう思うってことは、実君もキラーやるんだ』

「そこそこやるよ。キラーやらないとサバイバー上手くなれないし」


 どういう風に逃げたら厄介か、どんな行動を取ったらキラーが嫌がるのか。それを自分で経験して理解することで、サバイバーの腕前も上がる。


『だね』


 一方で美雪が哲也の救出に成功したらしく、哲也のメイアイコンが磔にされている状態から負傷状態に切り替わった。


『美雪ちゃん、そのまま治療を頼むよ』

『わかった。えっと……』

『そうそう』


 治療の仕方はバッチリらしい。間もなく二個目の部品回収も終わるだろうし、試合は中盤に差し掛かりそうだ。


 キラーが罠を破壊する時間を使って「共通小屋」に移動する。

 この「共通小屋」と呼ばれる建物は、文字通りどのマップにも共通して存在する小屋型の建物のこと。正方形で、必ず強い窓と罠が設置されている。


 共通小屋に入った。北条さんが追いかけて来ているのをしっかりと確認しながら窓の方に向かう。が、敢えて飛び越えずに方向転換し、もう片側の出入り口へと向かった。


『窓枠フェイントじゃん!』

「ま、これくらいはね」


 何て調子に乗った感じで言ってみる。

 窓枠を飛び越えることを読まれてしまうと、こちらが飛ぶ前に予め迂回して先回りされ、距離を詰められてしまう。そこで、それが出来る中級者以上のキラー相手には、このように窓枠を飛び越えるフリをして越えないという「窓枠フェイント」が効く場合がある。

 もちろん、こちらがそれをするとわかると、キラー側も窓枠フェイントを読んであえて普通に追いかけたりという駆け引きが行われるんだけどね。


 もう少しここで時間を稼いでもいいけど、場の雰囲気的に俺を追わざるを得ない北条さんに対して、それは少し気の毒だ。

 俺がキラーをやっていたとして、この状況でサバイバーが共通小屋に逃げ込んだらまず追うのをやめる。チェイスで時間を稼ぎやすい、いわゆる「強ポジ」に無傷で逃げ込んだサバイバーを追うより、戻って哲也か、もしくは救助に来ていた美雪を狙った方が効率がいいからだ。

 だから、俺は敢えて即座に共通小屋を離れる選択をした。


「う~ん」

『あ、殴れそう』


 最初に俺がポップしたジャングルジムにたどりつくが、距離を十分に稼げていないので、罠を張るまでに一発もらうことになりそうだ。


『えいっ』

「いててて」


 可愛いかけ声とは裏腹に、ゲーム内でやっていることは怖い。

 予想通りに間に合わず攻撃をもらった。負傷時に三秒間だけ足が速くなる「負傷ブースト」を使って別のジャングルジムへと移動する。

 サバイバーに攻撃を当てたキラーはその場に留まり武器の血を拭う動作をするので、それも相まってしっかり距離が離れた。


 とはいえ、この場所はあまり強くない。北条さんがミスをしない限り、ここでダウンするのはほぼ確実だろう。


『ふふ。追い詰めたよ、実君』

「みたいだね。でも、出来る限り時間は稼いでみせるさ」


 なんて、ゲーム中のテンションじゃなかったら恥ずかしくて出来ないような応酬をかましていると。


『……いいなぁ』


 どこからか、そんな美雪のつぶやきが漏れ聞こえた。

 何が「いいなぁ」なのかはよくわからない。自分もそういう風にプレイしてみたい、とかそんな感じだろうか。


「美雪も、ちょっと慣れればこれくらいは出来るようになるよ」

『あっそ』

「えぇ……」


 冷たくあしらわれてしまった。冗談っぽい感じではあるけど、どちらにせよ的は外れてしまったようだ。

 しかし、それ以上美雪の方を気にしている暇はなかった。北条さんとのチェイスに意識を戻す。


『ようやく捕まえた~』


 結局、ある程度時間を稼いだところでダウンを取られてしまった。

 運動をした後、汗を拭いながら発するような声で喋りながら、北条さんが俺を担いで処刑台へ運んでいく。


「くっそ~」

『実君、上手だね』

「いやいや全然だよ。あまり時間稼げなかったし」

『通常のマッチでもこれくらいやられたら苦戦するよ?』

「それはそうかもだけど」


 北条さんの方こそ、少し操作の難しいテクニックを織り交ぜてきたりして、明らかに上級者と言える動きをしていた。通常のマッチで本気の立ち回りをされたら、サバイバー全員での脱出はまず無理だろう。

 処刑台に磔にされてしまった。この状態だとサバイバー全員の位置がわかるので確認していると、美雪がフリーで動けそうだった。


「美雪、救助に来てもらえる?」

『やだ』

「何で!?」

『そのまま死ねばいいじゃん』


 皆がくすりと笑っているのが聞こえた。

 美雪は人前で仲良くするのを嫌がるので、たしかにいつもこんな感じだけど、今の言葉には割と本気の怒気がこもっているような気がする。


「いやいや、サバイバー側は一人減るとかなり不利になるんだって」

『……』


 こちらに向かってくれている。

 何とか救助してもらえそうなことに安堵しつつ。北条さんに追われているのだろう、哲也のキャラが遠くにある箱から遠ざかっていくのを眺めていた。

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