ハイパーマン登場
ゲームの時間が終わったらネットで調べて、好みの芸能人を探そう。とりあえず今は試合に集中だ。
負傷ブーストで進み、ぎりぎりでチェイスポイントに到達。簡易的な部屋のような形状になっていて、窓も罠もある通称「ジャングルジム」と呼ばれている場所のうちの一つだ。
今入った場所は窓も罠も強いので、うまくやればかなり時間を稼げるタイプだ。
罠は破壊されてしまうと復旧出来ない。つまりマップ全体で見て数に限りがあるので、ぎりぎりまで使わない。
画面を回して後ろを見ながら走る。しっかり追って来ていることを確認しながら窓を飛び越えた。その直前に狂気の銃弾を撃ち込まれてキャラが叫び声を上げる。
窓を隔てて向こうにいるキラーを見ながら向かって左に逃げてみる。するとキラーも同じく左方向に走っていったので右へ。
壁を一周して窓を飛び越えた。攻撃が間に合わないと判断したキラーは早めに迂回している。
「どうしてこのキラーは窓を越えないの?」
「キラーはサバイバーに比べて窓を越えるのに時間がかかるからね。壁と窓の距離がそこまで長くない場合、ああやって迂回した方がいい時もある」
「ふぅん」
緊迫した場面を演出するPCのディスプレイとスピーカー。美雪の微妙に間延びした声。外は夕暮れ時で、カーテンは橙色に染まっている。近所に住む小学生たちがわいわいと賑やかに帰路に就く音が通り過ぎて行った。
たまに訪れるこういった一時が好きだ。自分も半身を突っ込んでいるゲームの世界は混沌としているのに、生身の俺の周囲は穏やかで温かくて、いつの間にか過ぎ去ってしまいそうで。
何となく、今この時を大切にしようって思えるから。
窓を使って二周程したところで罠を使った。ところが、キラーが罠を破壊せずに迂回してくる。
「う~ん、あまり慣れてないキラーなのかな」
「何で?」
「この罠は破壊しないと、サバイバーがミスをしない限りは追いつけないから」
「でも、壊さなくていいものもあるんだよね?」
「うん。だからキラーは壊さなくていい罠と、そうでない罠を見極めないといけない。まあ、慣れてる人だと経験でわかるから考えるまでもないんだけど」
ジャングルジムに窓や罠を含む各オブジェクトの場所は試合毎に違ったりするけど、おおよそパターン化されている。
「え、何その『俺は上級者だぜ』みたいな感じ」
「全然そんなつもりなかったんだけど……」
その後、そこそこに時間を稼いでからダウンを取られた。味方が回収した部品は二つと、俺が救助されるまでにもう一つで計三つ。
次に味方が何回かダウンを取られるも、何とか全員で脱出。やはり慣れてないキラーだったらしく、試合後に確認したところランクはサバイバーに比べてかなり低かった。
待機画面に戻ったところで、肩越しに美雪の方を振り返る。
「普通の試合は大体こんな感じかな」
「実君はすごいね。私、あんな風に画面をくるくる回しながらやるのは無理だよ」
「美雪なら練習すれば出来るようになるよ」
「頑張ります」
あまり気合の入っていない返事だった。俺も、美雪にはこういった、しっかり練習しないと上達出来ないようなゲームに夢中になって欲しくない。
「じゃ、SIDはこれくらいにしておこうか」
それから、その日は二人で遊べるゲームをしたり、好きなバンドの動画を観たりして過ごした。
次の日、三時限目までの講義を終えた俺は、暇をつぶしにいこうかと軽音楽部の部室に向かっていた。
晴天の空の下では、今日も学生たちが思い思いの時間を過ごしている。
ベンチに座って読書をする者。友達を連れて、講義が終わった後の予定を話し合いながら歩く者。何やら楽器を抱えて学生会館の方へと歩く者。国民的な人気を誇る特撮もののヒーロー「ハイパーマン」の顔を象ったお面を着けて……不気味に、微笑む、者……?
いつの間にか、俺の前には変な人が立ちはだかっていた。
「フハハハハ! 少年よ、調子はどうだ?」
こいつ誰だよ……と言ってやりたいところだけど、どこからどう見ても哲也だ。色々聞きたいことはあるけど、知り合いだと思われたくないのでここは無視しておこう。
目線を合わせないままに傍らを通り過ぎようとしたら肩を掴まれた。前を向いたまま無言で振りほどこうとするも、徐々に哲也の指に込められる力が強くなる。
「待ちたまえ」
「一体何なんだよ、恥ずかしいから離してくれ」
「どうして私を無視するんだい? 悪い子はスペシャルビームでおしおきだぞ」
「どういうキャラ設定なんだよ! ハイパーマンはそんなやつじゃないだろ」
「君が私の何を知っていると言うのかね?」
「お前は哲也だろうが」
通行人の視線がいくらか向けられ、顔が熱くなっていくのを感じていると。
「おやおや、君たちどうしたんだい? 道行く人々も驚いているじゃないか」
更なる変人が物陰から姿を現した。
「北条さんまで何してるの!?」
「私は北条さんではない」
こっちもお面を被っている。ハイパーマンの次回作に当たる「ハイパーセブン」のものだ。二人に何があったんだよ。
「二人共、何か嫌なことでもあったの?」
「「それはこちらの台詞だ」」
「え?」
二人がハモってしまった。北条さんが「どうぞ」という仕草をすると、哲也が一息吐いてから仕切り直す。
「少年よ、何か困っていることがあるんじゃないのか?」
「全然ないけど……」
「それは君がそう思い込んでいるだけだ。今一度よく考えてみろ」
「強いて言えば今二人に絡まれて困ってるかな」
「それ以外で」
「まずそこを解決してくれよ」
一体この人たちは何がしたいんだろうか。
もしかして、困っている人を助けるヒーローごっこ的な……? そうなるとたまたま捕まった俺は運が悪すぎる。
ヒーローたちの期待の眼差しを何とかすべく、顎に指を当てながら少し考えてみるものの、やはり思い浮かぶようなものはない。
「やっぱりないね」
「「……」」
一瞬の沈黙。それを破ったのは哲也だ。
「そうか、ならばそれに越したことはない。地球の平和がしっかりと守られているということなのだからな!」
「絶対に思ってないだろ」
ていうか大声出すな。恥ずかしいから。
「困ったことがあったらいつでも呼びたまえ。それではさらばだ、ジョワッチ!」
哲也は右腕をぴんと伸ばし、左肘を少し曲げてハイパーマンお馴染みの飛行態勢でちょっとジャンプしてから小走りで物陰に消えて行った。
北条さんはそれについて行きながらも普通に歩いている。
数秒後、「あれ、実(君)じゃん」と仮面を取り、白々しい感じで出て来た二人と一緒に部室へと向かった。
「で、さっきのあれは何だったの?」
「あれって?」
三人で部室にあるソファーに落ち着いてから質問すると、きょとんとした顔で北条さんに返される。
「お面被って何かやってたじゃん」
「あはは。あ~あれね」
「めちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど」
「ごめんごめん。哲也君の家に遊びに行ったらあれが置いてあってさ。よくお祭りとかで見たよねって盛り上がっちゃって」
「わかるけど、それであんな遊びする?」
ていうか、この二人仲良くなるの早いな。大学生だとそんなものなのか。
哲也が嬉しそうに口を開く。
「実はやらなかった? ヒーローごっこ」
「やってたけど、どちらかと言えば悪役側だったかな」
「お前らしいな」
「どういう意味だよ」
「実君は優しいからね」
北条さんの不意を突く一言に、少しだけ動揺してしまった。
「私は見てる側だったけど、男の子って皆ヒーロー役をやりたがるでしょ? で、いつも悪役がいなくて喧嘩になったりじゃんけんになっちゃうの」
「そうだね。俺の地元だと、それで気の弱いやつに押し付けたりしてたから、次第に自分から引き受けるようになったかな」
「そういうとこだよ」
え、何で突然こんなに褒められてるの。
耳が熱くなっていくのを感じる。顔真っ赤になってそうで恥ずかしいから、話題を逸らしてくれよと哲也に視線を送ると、ニヤニヤとむかつく感じの顔でこちらを見ていた。
こいつに期待した俺が間違いだった。
その後、哲也にからかわれるお馴染みの展開までが終わり、雑談をしていたところで北条さんが立ち上がった。
「それじゃあ私は講義があるから」
部屋を出て行く北条さんを見送りながら、俺もそろそろ美雪を迎えに行かないとな……なんて考えていると、哲也が声をかけてきた。
「おい、実」
「何?」
「俺は悪役になるぞ」
何言ってんだこいつ……。
「今日の哲也、どこかおかしいよ」
「おかしくねえよ。気になる女の子の為に努力しようって話だろ」
「ああ。悪役って言うより、皆が嫌な役を進んで引き受けられるような人間になりたいっていう話ね」
「そうそう」
それでも無駄に力が入っている気がするけど。普段の哲也はもっと落ち着いていて、本当に大事な場面でしか言葉に熱を込めてこない。
「北条さんのこと、好きになった?」
「いや、そこはまだ何とも」
「絶対好きになってるでしょ」
「……そうかもな」
普段と立場が逆でからかう側になったから楽しくなってきたとこなのに、返ってきたのは割とガチな反応だった。
「何ていうか、こっちが軽くアプローチしてみてもそれをいなしつつ、逆にからかってきてさ。手玉にとられる感じ? がいいんだよな」
「あー」
恋愛経験がそこそこある友達って、大体同じこと言ってる気がする。厚い壁程乗り越えたくなる精神に似ているんだろうか。
「でもさ」
「ん?」
「哲也は、悪役っていうよりヒーローの方が似合うと思うよ」
「何でだよ」
「いつも俺が困った時に相談に乗ってくれるじゃん。そういう意味でね」
「そうか……」
珍しく腕を組んで考え込む哲也。
これ以上は俺がどうこう言うことでもないと思ったので、席を立つ。
「じゃあ、俺は美雪を迎えに行くから」
「おう。またな」
どこか物静かな哲也が不思議で、去り際に一度振り返る。窓から入って来る風が静かにカーテンを揺らしていた。
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