デート1~映画1

 風にそよぐこともなく、夜の住宅街からは遮断すべき光も音も届く様子がない。手持無沙汰なカーテンに静かに見守られながら、俺はベッドの上でスマホをいじりあれこれと検索をしていた。

 翌日の夜。美雪に日頃のお返しをすべく、早速何をしようかと考えているんだけど……。

 正直、何をすればいいのかさっぱりわからない。


 とりあえずおいしいスイーツの食べられるお店でもチェックしてみようと思い立つも、そういうお店ってどうやって検索すんの? となってしまう。

 検索エンジンの窓に「京都 スイーツ おいしい」と打ち込み、「日本語に慣れてない外国人かよ」と内心ツッコミながら実行するも、出て来たお店の数が多くてどうやって選べばいいのかがわからない。

 美雪は生粋の甘党というわけでもないから、手当たり次第に回るというのも違う気がするし。


 いや、そうだ。そもそもスイーツを食べに連れて行っても喜んでもらえるという保証はない。

 ではどうするか。映画館、水族館、美術館……。

 映画館はまだいいとしても、他は正直に言ってしまえば俺自身があまり興味を持てないのでやめておいた方がいい気がする。

 後はデートスポット的な場所を散歩してみるとか?

 幸い京都市は観光名所に困らないので、お寺や神社などを観に行くのはありかもしれない。ただ、日頃のお礼というのがメインテーマなので、あまり金銭の絡まない場所だと俺が納得出来ない。入場料は微々たるものだしね。

 旅行はいずれ行くにしても、デート計画初心者の俺にはいささかハードルが高いような気がしている。美雪とはとんとん拍子に付き合うことになったので、その幸運がここで仇となって立ちはだかっていた。


 少しぐらい哲也のアドバイスを聞いておけばよかったかな、と後悔する。

 一思いに美雪に直接聞いてみる、というのはなしだ。デートには誘うつもりなのでサプライズではないけど、直前まで詳細は秘密にしておきたい。質問をするとどうしても何をするのか美雪には感づかれてしまいそう。


 一向に答えの出ない問題に、気分転換でもしようかと身体を起こして部屋の片隅を見やる。

 そこにPC用デスクと、俺の相棒とも言うべきゲーミングPC、そしてそのディスプレイの上辺りにCDラックが設置してあった。

 音楽は基本的にネットでダウンロードして聴くものの、好きなアーティストだったり好きなアニメの主題歌だったりと、たまにCDが欲しいものもある。ショップ特典が付くという理由もあるけど、ジャケットや歌詞カード等を実際に手に取って眺めたいというのが主な理由だ。


 何となくそこに並べてあるCDたちを眺める。

 音楽に興味を持つきっかけになった洋楽のポップロック系バンド、好きなアニメの主題歌、大学で知り合った人に借りたよくわからないジャンルの音楽。我ながらバラエティに富んだラインナップとなっていた。

 そして視線がラックの右端に移ったところで、とあるCDを見付ける。


「……!」


 その瞬間、まるで頭に電撃をくらったかのような感覚に襲われる。

 これだ!

 ただ一言、シンプルにそう思えるようなプランを考え付いた。


 思い立ったが吉日。それを実行可能な日時を、とあるサイトにてスマホで検索してみる。


「二週間後か」


 日程の候補も決まった。

 美雪の予定を聞いて、何もなかったら空けておいてもらわないと。LANEでメッセージを送ってみよう。


『突然なんだけど、○○日って何か予定ある?』


 なるべく急ぎたいのですぐに既読がつかなければ直接通話を飛ばそうかと思っていたが、幸いにも反応は一瞬で来た。


『ないけど。どうかしたの?』

『その日デートしたいなって思って』

『え?』

『予定空けておいてもらいたいんだけど、どうかな?』


 そこで妙な間が空く。既読はついているものの、返信が微妙に遅い。

 あれ? 何か緊張するな……。こう、彼女に対してというより、気になる子を遊びに誘った時のような感覚に似ている。恐らく今、俺はOKしてもらえるかどうかでハラハラしているのだろう。

 そういえば、付き合う前から遊びに誘うのってほとんど美雪の方からだったし、俺からっていうのはあまりなかった気がする。申し訳なくて、この計画を成功させたいという思いが更に強くなってきた。


『急にどうしたの?』

『どうしたっていうか、普通に遊びに行きたいだけなんだけど』

『実君から誘ってくれるの、珍しいから』

『それはごめん』

『ううん。ちょっと嬉しいかも、予定空けておくね』

『よかった。それじゃよろしく』


 返信代わりに、猫が敬礼をしながら「了解です!」と言っているスタンプが押されて会話が締めくくられた。猫好きだな。

 よし、これで美雪の予定は確保できた。後は全体のデートプランを練るだけだ。


 当日は絶対に喜んでもらおうと、決意を新たにする。

 窓辺に寄ってカーテンを開ければ、そこには少し欠けながらも眩く光る月が、夜空を漂いながらこちらを見つめていた。




 そして遂にその日がやって来た。

 あれから二週間、結局誰の力も借りることなくあれこれと考え抜いて今日を迎ええた。果たして美雪にちゃんと喜んでもらえるのだろうか。


 今日はデート感を出すべくわざわざ待ち合わせということにしてみた。

 うちの近所の駅前に映画館があるので、まずはそこで合流。二時から上映される映画を鑑賞するため、一時五十分集合ということになっている。


 一通り準備を済ませて、自分の中では比較的お洒落な服を纏って出かける。集合時間のニ十分には待ち合わせ場所に着いた。

 手持無沙汰なのでスマホをいじりつつ、今日の予定を頭の中で反芻しながら美雪の到着を待つ。


 数分経つと、駅の向かい側から見慣れた女の子がこちらに向かって歩いて来る。駅から出て来たわけではないので、どうやら今日はバスで来たらしい。

 美雪もいつもより更におめかしをしていた。

 向こうもほぼ同じタイミングでこちらに気付いたらしく、笑顔で小さく手を振ってからゆっくりとこちらに歩いて来る。俺も歩み寄って行くと声をかけられた。


「こんにちは」

「こんにちは」

「待たせちゃった?」

「いや、今来たとこだよ」


 お決まりでありがちなやりとりを交わすと、美雪が一歩こちらに寄って俺の顔を覗き込みながら口を開く。


「何だか付き合う前の頃を思い出すね」

「あの頃も、こういういかにも、な感じじゃなかった気がする」

「そうだったかも」


 待ち合わせはしたけど部室とかだったし、そこで雑談してそのまま二人で飯を食いに行って、とかそんなのばかりだった気がする。映画館はたまに行ったけど、美術館とか水族館とか、デートスポット的な場所にはほとんど行っていない。

 ここで普段はあまり使わない台詞を口にしてみる。


「その……今日の服、似合ってるよ」


 何だか妙に恥ずかしくて、俯きがちに目を逸らして言うと、実際には一瞬なのにどこか長く感じられる静寂が訪れた。


「本当にどうしたの?」


 まあ、そうですよね。


「この日にデートしようって言ってくれた時から実君、変だよ」


 とは言いつつも、美雪は楽しそうに笑っている。


「たまにはいいじゃん」

「別にだめってわけじゃないけど。変なの」


 「行こっ」と、美雪の方から手を繋いで、先導されてしまう。負けじと追い越すとくすりと笑われた。


「じゃあ今日は全部実君にお任せしようかな」

「うん。任せて」


 映画館のある建物に入って、エスカレーターに乗る。三階が全て映画館用のフロアになっていて、日曜日なのでそこそこに混んでいた。

 チケットはすでにネットで購入済み。ロビーにある自動発券機でチケットを手に入れて、目的の映画が上映されるスクリーンに向かう。


「どんな映画を観るの?」


 スクリーンを確認する為に歩きながらチケットを眺めていると、美雪も横からそれを覗き込む。顔が近くなって、甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐった。


「あ、これ気になってたやつだ」

「本当に? 良かった」


 今日の詳細は最初に映画を観に行くということ以外は全て伏せてあるし、美雪に相談もしていない。


「でも実君も興味持ってたなんて意外」

「そう? こういうのも結構好きだよ」

「え~? 本当に?」


 からかうような、いたずらっぽい笑みを満面に浮かべる美雪。


「本当本当」


 美雪が好きそうなものを優先して選んだので、実は俺がそこまで興味があるわけじゃない。嘘も方便だ。まあ、この分だと全部ひっくるめてばれてそうではあるけど。


 スクリーン前に到着。従業員さんにチケットを見せて中に入っていく。

 ネットで二日前に予約をしただけあって、中央からやや後ろで真ん中の列という個人的にはかなりいい席が取れた。

 周囲を見渡せば席はそこそこに埋まっている。客層は幅広く、家族連れからご年配の夫婦、俺たちみたいな大人しめの大学生らしきカップルといった感じだ。


 しばらく小声で雑談をしながら待っていると、コマーシャルの後、上映時のマナーに関する映像が流れて来た。この辺りで会話をやめた。

 



 間もなく上映が開始される。タイトルは「ペロからの贈り物」。


 ざっくりと言えば、とある子供の視点から描かれた、主人公である子供と飼い犬の成長を温かく見守る感じのほのぼのとしたドラマだ。


 物語は主人公が生まれるところから始まる。

 母親や分娩室の外にいる父親、そして産婦人科医や看護師に見守られながら産声をあげる赤ちゃん。

 場所が病室に切り替わると、その子供は「優樹」と名付けられた。


 母子が無事退院し、父親に連れられて家に帰るとそこには一匹の子犬がいた。名前は「ペロ」と言うようだ。

 見た目からして犬種はゴールデンレトリーバーで、どうやら子供が生まれる少し前にこの家にやってきたらしい。大きさ的には生後半年から一年という感じか。


 母親がベビーベッドに優樹を寝かしつけると、父親がペロを抱きかかえて優樹を見せながら言った。


「今日からお前はお兄ちゃんになるんだぞ」


 ペロの顔がアップで映し出される。じっと優樹を見つめるその瞳は、人間の赤ちゃんが初めて自分の弟や妹を見た時のそれと同じように思えた。


 ここまでにカメラが捉えているのは、主に人々の笑顔やカーテンから漏れて来る優しい陽光。どこか温かさを感じさせる家の内装など、全体的に優しい雰囲気の演出となっていた。

 それからのペロはしっかりと「お兄ちゃん」になった。


 家では基本的に優樹の近くで生活し、たまにソファーの上などに登ってベビーベッドの様子を窺う。

 そして弟が泣けば両親を呼びに行った。自分で優樹の世話が出来ないということがペロにとっては何とももどかしかったのではないだろうか。


 しかし、ペロの仕草や表情が何とも人間くさくて、観ていてすごく楽しい。

 俺は夢のない性格をしているので、こういう時は「どうやってこの犬にこの動きを教えたんだろう」と考えてしまうのが難点だ。

 でも本当にどうやっているんだろう。というか赤ちゃんの方もそうだ、どちらも思い通りに動いてくれるものではなさそうだけど。やはり色んな技術を駆使してそういう風に見せているだけなのだろうか。興味は尽きない。


 優樹が成長するにつれて、ペロの仕事は徐々に増えていく。

 動けるようになれば一緒に家の中を散歩し、喋って歩けるようになれば遊び相手にもなった。


 穏やかで優しい時は緩やかに流れていく。

 やがて優樹が五歳になった年に、家族は新しく家を建ててそれまで住んでいた家から引っ越すことになる。

 そして、引っ越しの前日のことだ。それまで住んでいた家での最後の晩餐を家族で楽しんでいると、優樹が突然に話を切り出した。


「ねえお父さん」

「どうした?」


 わずかに眉尻を下げた父の眼差しはとても優しい。


「引っ越しの前に、何かをここに残したい」

「思い出になるものを、ってことかな?」

「うん」

「それは楽しそうだねえ」


 父親は顎に指を当てながら視線をどこか遠くに向ける。子供と一緒に何をするのがいいかを考えるのが、楽しくて仕方がないといった風に見えた。

 そして、優樹の発言をきっかけにして小規模な家族会議が開催される。

 ああでもないこうでもないと三人でいくつかのアイディアを出し合った後、母親がとてもいいことを思いついたように目を見開いた。


「そうだ! タイムカプセルとかいいんじゃない?」

「タイムカプセルかあ。懐かしいな」


 父親が賛成すると、優樹が首を傾げる。


「タイムカプセル?」

「どういえばいいのかな、将来の自分に見せたいものを箱の中に入れて、土に埋めておくんだ」

「埋めてどうするの?」

「十年後とかに掘り起こすんだよ。それだけ経つと何を埋めたかなんて割と覚えていないものだから、本当に『過去の自分からのメッセージ』って感じがして面白いよ」

「へ~。じゃあ僕、それがいい!」


 三人はすぐにタイムカプセルを作成を開始した。

 リビングの床に寝転がりながら優樹が紙に何かを書くのを、ペロが横で見守っている。書き終えると優樹は唇の前に人差し指を立てながら、ペロに「お父さんとお母さんには内緒だよ」と言ってその紙を折りたたんだ。

 そして翌日、家族は地主に許可を得た上で庭の隅にタイムカプセルを埋め、新居へと旅立っていった。

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