エピローグ
デートから一夜明けた月曜日の昼下がり。
道行く誰もが一週間の始まりという事実と戦って、かつ苦戦しているように見える中で、俺は「一週間? かかってこいよ」と、少しイキった感じで法学部棟の脇を歩いていた。
三時限目を終え、美雪を待つ間の暇つぶしをしようかと部室に向かっていると、行く手にはもはや見慣れてしまったお面姿の変質者がいた。
どうせ避けることが出来ないのなら、こちらから仕掛ける。
「よう変態」
「変態ではない。ハイパーマンだ」
「そうか……」
実際、この人通りの中でお面付けて平気でいられるってのがね……。
哲也は直立不動で腕を組んだまま会話を続ける。
「少年よ。昨日はうまくいったのか?」
哲也にはデートをすること自体は話してあった。
色々相談に乗ろうとしてくれたけど、そこは「今回は自分の力だけで何とかしたい」と伝えてお礼を言っておいた。
気にかけてくれたみたいだし、結果は教えるべきだろう。
「あそこのベンチに移動しようか」
移動して腰を落ち着けるなり、哲也は本題に入る。
「で、どうだったのだ?」
「うまくいったよ。美雪は楽しんでくれたし、喜んでくれた」
「そうかそうか。それは良かったな!」
軽くぽんぽん、と俺の背中を叩きながら喜ぶ。そして座ったまま腕を組み、うんうんと頷いた。
「これで私も安心して星に帰ることが出来る」
「え、帰るの?」
「うむ。向こうに残してきた家族や友人が心配だからな」
「家族って……ご両親?」
「ああ。それに加えて私はバツイチでな。妻はいないが息子がいる」
「意外と複雑な設定なんだな」
「設定ではない」
何でそんな設定にしているのかよくわからないけど、息子を残して来ているなら今すぐにでも帰った方がいいと思う。
こほん、と一つ咳ばらいをして、哲也は話題を切り替える。
「とにかく、これからも仲良くしてくれたまえ」
「ああ」
そこから俺とお面の男に静寂の間が訪れる。気の置けない仲だとこういう沈黙も平気だから不思議なものだ。
「ハイパーマンさん、俺、少しだけわかった気がするよ」
「ほう?」
「相手のことが好きだとか、ずっと大切にしていきたいとか、そういう気持ちがあるだけじゃだめなんだな」
「……」
「ごめん、何言ってるんだって感じだよな」
ハイパーマンは黙ってこちらをじっと見つめてから口を開く。
「少年よ」
「うん?」
「成長したな」
「いや、お前誰だよ」
「ハイパーマンだ」
「そうじゃなくてお前は俺の何なの的なやつ」
「父親であり、兄弟であり、そして友でもある」
「なるほどな……全然わからん」
「その内わかる日が来るさ」
別に来なくてもいいけど、というツッコミは、喉から直接体外に出て空気に溶け込み、そのまま消えていった。
話は終わりとばかりに哲也は立ち上がり、こちらを振り向く。
「さあ、そろそろ頃合いだ。行きたまえ」
「どこに?」
「軽音楽部の部室だ」
「言われなくても行くけど……」
「行きたまえ」
「あ、はい」
俺も立ち上がり、部室へ向かって歩き出す。
大分歩いてから振り向くと、お面を被った変質者が、人混みの向こうから腕を組んだまま静かにこちらへと視線を向けていた。こわ。
「どこが頃合いなんだよ……」
部室に着くも人影は一切ない。
大学が完全に静まる深夜~早朝の時間帯以外は誰かしらがいるので、こんなことは入部以来初めてだった。
まあすぐに人は来るだろうと荷物を置いて適当な場所に落ち着くと、それとほぼ同時くらいに扉が開いた。
「や、実君じゃん」
「おっす」
「おっす」
北条さんが手をひらひらと振りながら入って来て、俺の向かい側のソファに腰かける。
「北条さんはこの時間講義ないんだっけ?」
「あるけどレジュメだけ回収しとけばテスト楽勝らしいから。今日はさぼり」
「テスト百点の講義って大体そうだよね。いざとなれば講義ノート買えば何とかなるし」
「実君は美雪ちゃん待ち?」
「そんなとこ」
「本当に仲良しだよねー」
そんな他愛もない会話をしていると不意に扉が開いた。
「よう」
「「よう」」
ハイパーマンではない哲也が軽く手を挙げながら入って来て、俺の隣にどかっと腰を下ろした。
「さっきぶり」
「いや、実とは今日初めて会ったんだけど」
「その頑なにハイパーマンとは別人の設定を貫こうとする姿勢は何なの?」
「何の話してんだよ。ねえ、綾香ちゃん?」
「ハイパーマンのお面つけてた人が哲也君って話じゃないの? あ、ちなみにハイパーセブンの方は私ね」
「まさかの裏切り!?」
しかし、さっき「頃合い」とか言ってたことといい、北条さんは哲也が呼んだのかもしれない。
もしかしたら、普段この時間は講義でいないはずの美雪を呼んで特別ゲストとか言い出したりして。北条さんが講義なのを知っててわざわざ呼び出してるんだろうし、可能性としてはなくもないな。
なんて考えていると、哲也が得意げな顔で話題を切り替えた。
「ところで実よ」
「ん?」
「今日は特別ゲストをお呼びしてます」
「うん」
「誰だと思う?」
「いや~誰だろ、わかんないな」
「ふっふっふ、驚くなよ?」
そう言いつつ、哲也は閉じられている入り口の扉を手で示した。
「では、特別ゲストの登場です! どうぞ!」
がちゃり、と扉を開けて入って来たのは……。
「こんにちは」
「何と、いつもこの時間は講義でいないはずの美雪ちゃんで~す!」
「うわ、まじか~びっくりしたわ~」
美雪がとことこと歩いて来て、北条さんの隣に腰かけた。
哲也が俺を観察してから不満そうに言う。
「実、何だかお前全然驚いてないな」
「いやそんなことないよ。めっちゃびっくりした」
「それは本当に驚いたやつのリアクションじゃねえ」
段々面倒くさくなってきたな……。ここは話題を切り替えよう。
「それで、俺たちをここに集めたってことは何かあるんだろ?」
「おう。それなんだけどな、皆に話があるんだ」
哲也はこほんとせき払いをして姿勢を正すと、両肘を机の上に立て、両手を口元で組む、いわゆる「ゲンドウポーズ」をとって、厳かに口を開いた。
「実はな……俺……」
「今日、誕生日なんだ」
「「「……」」」
時が止まり、場には静寂だけが流れている。
廊下には雑談に興じる声が遠くから響いていて、外は昼下がりにキャンパス内を移動する学生たちの生み出す喧騒に包まれていた。
まるでここの空間だけが切り取られたかのように、全てのものが動くことを止めている。ほんの一瞬の出来事かもしれないけど、それが永遠のようにも感じられて……。
えっと、どうすんだこれ。
時の流れを再開させた勇者の名は北条と言った。
「え、それだけ?」
「そうだけど」
「うわーないわー」
「何で!?」
俺も横やりを入れさせてもらう。
「大体、それ聞いて俺らはどうしたらいいんだよ」
「いや、普通に祝ってくれよ」
「そういうのって自分から言うものじゃなくない?」
遂には美雪からも言われてしまう。
「それはそうなんだけどさ。皆に誕生日教えてなかったから、このままだと何もなしで終わっちゃうと思って」
「お前、基礎演とか語学のクラスに他に友達いるだろ」
「タイミングが最悪でな。バイトとかで予定埋まってるやつ多いから、皆で集まるってのが出来ないんだよ」
「じゃあ集まれるやつで集まるとかさ」
「意地でもお前が祝わない方向なのはなんなんだよ!」
まあ、哲也には結構お世話になってるからな。
俺はわざとらしくため息をついた。
「しょうがないな。ファミレスでいいなら何か奢るよ」
「っしゃあ! 流石は実!」
「ファミレスでいいんかい」
「気持ちが大事だからな。何でもいいよ」
「じゃあ私はドリンクバーをおごってあげよう」
「じゃあ私は実君に肩たたきをさせる権利をあげようかな」
北条さんと美雪は講義を休んでるんだからいいと思うけどな。優しい。美雪のはちょっとおかしい気もするけど。
「そうと決まれば早速行きますか!」
こうやって俺の日常はまた終わり、そして始まっていく。こんな時間がいつまでも続くように、もっともっと頑張っていきたいと思った。
ゲームに付き合ってくれる彼女ってよくないですか? 偽モスコ先生 @blizzard
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