リスタート
ヤサオのライブは中盤に差し掛かっていた。
いつの間にか美雪が手を繋いでくれて、ライブが進行するごとにそこに込められる力が強くなっていく。
会場がすっかり熱気に包まれている中でも、決して離そうとはしない。
そして。
「えーと、じゃあ次はこの曲やります」
雑にもほどがある紹介と共にギターのリフがかき鳴らされる。それだけで、きっとこの場にいる誰もが曲名を察した。
彼らの代表曲であり、俺と美雪の思い出の曲でもある「blow」だ。
これが始まるだけで会場のボルテージは最高潮に達する。まるで全員で一つの生物になったようにうねり、大きな熱狂の渦を生み出す。
ちらと隣を確認すると美雪も他のファンと同じ様子で、きらきらと目を輝かせながらステージを見つめていた。
ライブを観に行くのが好きだと言う人は、ライブそのものはもちろん、この一体感を楽しんでいるのではないだろうか。
そう思える程度には、この日のヤサオは最高のライブを見せてくれた。
ライブが終わって外に出ると、そこには宵闇に包まれた住宅街の姿があった。
まだまだ冷めやらぬ人々の熱気のせいで、少しばかりの肌寒さに反して、今が夏だと勘違いしてしまいそうな高揚感が漂っている。
誰もが今日の余韻に浸るように、一歩一歩を噛みしめるように、ゆっくりとそれぞれの目的地に向かって歩みを始める中、俺と美雪も帰宅の途に就いた。
手は繋いでいるけれど、あえて会話はしない。俺たちも今日という日をもう少しだけ味わっていたかったから。
やがてライブハウスから離れてしばらく経った頃。美雪が静かに口を開いた。
「今日はすごく楽しかった」
「そう? よかった」
「ねえ」
「ん?」
「今日はどうしてデートに誘ってくれたの?」
その言葉には、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない、というニュアンスが含まれている。
美雪は今日まで、その核心に触れることは敢えてしてこなかった。一日が終わった今、満を持してという感じだ。
もちろん本当のことを話すつもりだけど、内容の選択はしなければならない。
「日頃のお礼、かな」
「……」
「いつも俺の好きなゲームに付き合ってもらってるし、それに……」
「それに?」
「二人で何かをする時って、大体美雪の方から言ってくれるから。俺から誘うことって滅多にないなって。それって美雪を大切に出来てるのかなって思ってさ」
「ちょっと何言ってるかわかんないけど」
「えーっと……自分でプランを練ったデートをして、それで美雪に楽しんでもらったり、喜んでもらったりしたいし。それに、これからはそういうこともしていかないと、美雪を大切にしてるって言えないし、二人の関係もうまくいかなくなっていくような気がして」
相手に伝わるように自分の考えを整理していて、もう一つ気がついた。
俺は、二人の関係を維持するための努力をしたかったんだと。そうしないと関係が壊れてしまうんじゃないかと、恐れていたんだ。
ようやく考えが伝わったのか、美雪はゆっくりとうなずいた。
「そういうことを考えてくれてたんだね」
そして少しの間を空けてから顔をあげる。
「ねえ。今日は実君ちに泊まってもいいかな?」
「もちろん」
今日はこのまま美雪の部屋に行く予定だった。
美雪の部屋より俺の部屋の方がゲームやアニメのblu-rayなど遊ぶためのものは多い。二次会的なことをしたい気分なのかもしれない。
俺の言葉を聞いてどう思ったのか。その答え合わせをすることもなく、部屋までの道はいつも通りの他愛もない雑談をしていた。
部屋に帰ってきて、二人共荷物を置いたりなんだりして落ち着いたかと思うと、美雪はすぐにローテーブルの前に座り、自身の隣にあるクッションをぽんぽんと叩きながら言った。
「座って。今日もあのゲームやろうよ」
「うん」
あのゲーム、というのは最近二人でよくやっている、戦国時代(正確に言えば安土桃山時代とその前後)を舞台にした大人気の無双系アクションゲームだ。
ああいう激しいのよりはまったり落ち物パズルでもやりたい気分だけど、まあそこはどうでもいいか。
ディスクは既にセットしてあるのでそのまま起動。
キャラは、俺は愛用している無駄に若くてイケメンな槍使いの武将を選択する。癖がなくてとても扱いやすいので気に入っていた。
美雪も愛用している無駄にいかつくて髭の生えたオッサンを選択する。以前に何故こいつを愛用するのかと尋ねたところ、「お父さんに似ているから」らしい。
その話が本当ならお父さんめちゃくちゃ強そうだし、もし美雪と結婚することになったら挨拶に行くのが怖すぎる。「娘が欲しいなら俺を倒せ」と言われた時の為に、今の内から銃免許を取得しようかと考えています。
多分近接じゃ勝てないんで。遠距離からチクチクやるしかないっしょ。
ステージが始まった。関ケ原をモチーフにしたらしい荒野を、俺と美雪のキャラが仲良く並んで駆けて行く。
クリアする為には二人で別々の場所に行った方が効率がいいのに、美雪はいつも俺と一緒に行動してくれる。冷静に考えれば何をしているんだろうとは思いつつもやっぱりちょっと嬉しい。
一つのイベントをこなし、また次のイベントへ。画面内ではイケメンとオッサンが武器を構えたまま疾走する。
男二人が槍を振り回す度に敵がまるでボウリングのピンのように吹っ飛ぶ。実際に有り得る有り得ないというのはどうでもいい。ユーザーがやっていて気持ちいいかどうかが大事なのだ。
そして一つのステージをクリアすると、美雪はコントローラーを置いて、視線をゲームからこちらへと向けた。
「今日は本当に楽しかったし、嬉しかった。からかっちゃった時もあったけど、実君が一生懸命考えて準備してくれたんだって伝わって来たから」
でもね、と美雪は続ける。
「私は今日みたいな特別な日と同じくらい、こうやって実君とゲームをしながら過ごす、いつも通りの何でもない時間も大切だって思ってるよ」
「そう、なんだ」
「うん。もしかしたら実君は私が我慢してゲームに付き合ってるって思っているのかもしれないけど……そんなことないよ」
喉の奥からじんわりと何かが込み上げて来て、目頭が熱くなるのを感じる。
この言葉が本音なのだとしたら、美雪はわざわざこれを伝える為に、予定を変更してうちに泊まりに来てくれたのだ。
我慢してゲームに付き合ってくれているのではないか、と俺が思っているのを察しているのは、恐らく今日気を遣ってゲームの話題を一切出さなかったからだと思う。
「だからね」
そこで美雪は俺の方に身体ごと向けて居住まいを正す。思わずこちらも同じようにした。
「これからも、よろしくお願いします」
と、腰を折ったので、俺もお返しする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
日本中に住むほとんどの人にとっては、恐らく何でもない日の夜。俺たちはこの平凡で幸せな日常が続いていくことを確認し合った。
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