第20話 生命賛歌

「き……かい……?」

 少女が訳も分からず聞き返すことすら待たず、アビスは部屋の片隅から、黒い金属の人形を持ってくる。その大きさは少女と同じくらいか。そのために、全身鎧にも見える。

 アビスの目はらんらんと輝き、先程までとは別人のようだ。


 いや、彼女は何度かその瞳を見たことがある。彼女の能力を証明した時、フレアの攻撃を受けている最中、そしてグラスによって瀕死になった自分を観察している間――。


 これがアビスなのだ。どれだけ他人が悲壮的状況でも、希少な体験に心が踊ってしまうのだ。

 それを隠そうともせず、理解も求めない。全ては、自分自身のためだから。


「ここに、コンピュータの開発を待てずに作った試作品がある。頭脳と動力だけが、まだ入れられていない。つまり、君がこれに宿れば、動けるはずだ」

「そんなこと……できるの?」


「確かに無機物に宿る精霊は少数だ。だが事例はある。聖剣や魔剣、妖刀といった類。呪われた指輪や椅子などもある。そういう精霊の共通点は、何かしらの能力で魔力を自給自足できるところだ。そして、君にはそれがある」

 少女はまだよく分かっていない様子だった。


「それに、憑依ひょういのし直し、転生とも言うが、これ自体は精霊の日常だ。昔は人間の方が、祭壇に身体を捧げていたものだ。もちろん、その精霊の好みに合わせた身体をね。それだけ精霊の影響力は大きかったし、そのために特定の土地に根付く精霊も多かった」


「……そう。その憑依ひょういのし直しができたとして、また同じことにならない?」

「それはない。無機物の身体だよ。完全なね。間違っても病気になんてならない。壊れはするがね。君が今抱えている問題は解決する。少なくとも、生きていられる」


「そう……。もう、それしか、ないのね……?」

「そうだ。それしかない」

 アビスはキッパリと言った。それは彼女の迷いを断つためか、それとも己が欲求のためか――。


「……分かった」

 全てを呑み込んで、少女は決断した。いや、他に選択肢など無かった。


 アビスは静かに笑みを浮かべた。そしてすぐに機械の人形を、彼女の横に並べた。それから機械の手を持ち、言う。

「さあ、この手を握って」

「機械の……手を?」

「さあ」

 促されるままに、手を握る。腕を動かすのも辛いのか、動作は遅く重い。


「いいかい。私はこの機械に、魔力を送り続ける。君はその身体から魔力を吸い取る。何も難しい事を考える必要はない。ただ感じるんだ。私の魔力を感じる事だけに、集中しなさい」

「あなたの……魔力?」


「君が感じ取れるのは、細胞か魔力だからね。いいかい、これから君の肉体は死を迎える。苦しく、痛みも増すのに、体の感覚は無くなっていく。だが精霊としての君は別だ。精霊の感覚はあり続ける」

「精霊の……感覚?」


 アビスは言い聞かせるように、ゆっくりと繰り返す。

「集中することだ。私の魔力にだけ、全ての意識を向けなさい。そうすれば、少なくとも君が私を感じている間は、君は君であり続ける。君は必ずそこに居る」

「必ず……いる……」

「そうさ。それだけは、疑いの余地はない。だから、君はそれだけに集中するんだ」


「うん……。よく解からないけど、分かった」

「ああ――。長く楽しい夜になりそうだ――」



 世界の端の丘の上で、けたたましく音が鳴る。その正体は、機械の身体、その左腕に仕込まれた6連のガトリング砲。その傍らで、アビスが興奮したように声を上げる。

「そう!そこで、脚部展開!地面に身体を固定しろ!右腕構え!照準、方位そのまま、仰角47.1度!」

 言われるがまま、機械はゆっくりと動作する。


「撃てッ!!」

 放たれた砲弾は、空中で弧を描き、地上5mで美しい球形の爆炎を作り出す。

「放熱フィン解放!」

 そう叫ぶと、金属の身体のあちこちから突起物が現れて、それは陽炎かげろうとなり機械を包む。


「素晴らしい!」

 アビスは実に楽しそうだった。

「……これ、絶対に要らない機能だと思うのだけど」

「何を言うんだ。最低限度の自衛手段は欲しいと言ったのは君じゃないか」

「これのッ!どこがッ!最低限度なのよ!?」


「良いじゃないか。色々試して、損という事はない」

「大体、この身体になって三日と経ってないのに、どうしてこんなにパーツがあるのよ!?」

「そんなに褒めないでくれ。私は仕事が早いんだ。町の科学者達も君のために・・・・・、設計図を持ってきてくれるんだよ。次から次とねえ。ああ、なんと素晴らしき循環。君にインスピレーションとやらを受けたのだろう」


「あー、もうバカバカしい……」

 そう言うと、その黒い機械は町の方を眺めた。


 あかりが点き始めている。そろそろ夕飯の支度時だろうか。様々な色をした、様々な形の家々は、まるでおのが個を主張しているかのようだ。

(あそこには人が住んでいる。そして、いつかは死ぬのだろう。それでも、あのは消えない。明日も、1年後も、100年後も、出来るならいつまでも。少なくとも、彼らはそうなるように努めるのだろう)


 少女は、その街灯りに想いをせる。

(思い知った事がある。永遠の命なんて存在しない。でもこの身体……いや、前の体の姉は『私の分も生きて』と言った。その時は、意味がよく分からなかった。死んでしまえば、それで終わりだと思っていた)


「ねえ、アビス」

「なんだい?」

「この身体になって、すごく静かなの。びっくりするくらい」

「静か?」

「何かが絶えずに死んでいく、体中を何かがはしり回るあの悪寒。あの感覚がないの」

「ふむ、君は自身の細胞死にすら反応していた、ということかな」

「すごく静か……。まるで別世界みたい」


(精霊の名は、最も古く、強い記憶から付けられるという。正直、安直だと思った)

「どんな風に見えるんだい?」

(でも、今なら少し分かる。それは原点で、向かう先で、終点でもあるんだ。たった1つの想いに突き動かされる存在。それが、私達なんだ)

世界いのちが輝いてる」


(ワタシの名は、『生きる意思ヴィータ』だ!)

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精霊の星 ~丘の魔王の研究所~ 月見 カラス @Crow-T

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