第1話 科学を愛する精霊

 青年……少なくとも外見はそう見える。黒というより漆黒しっこくと表現したくなるような、長くクセのある髪と吸い込まれるような瞳。反面、肌は透けるように白く、シワの1つ、シミの1つも見当たらない。


 町から少し外れ、海の見える丘にあるその家で、お気に入りの黒のゆったりとしたローブに身を包み、テラスではネコ達が昼の陽気をぽかぽか浴びて、さざ波の音を聴きながら、独り部屋でコーヒーを傾け、最新の学術論文に目を落とす。

 なんと素晴らしい時間だろう。彼はこれを至福と呼ぶ。

 だからこそ彼は許さない。この時間を邪魔することは。


「おい、お前いけよ」

「いや、お前がいけよ」

 青年はすぐに玄関をにらんだ。この時間に訪問する者はいない。自分を知る者ならば。つまりは部外者、そして決まって問題事を持ってくる。


 長いため息と共に青年は立ち上がり、頭を掻きむしりながら、壁に掛けてあった黒電話を手に取った。

「はい、エミリアです。何か御用ですか?」

 電話を取って数秒で、凛とした声が返ってくる。

「今日は決闘の予定があったか?」

「いえ、ありません」

「そうか」

 青年は受話器を置くと、うなる。

「んー……」


 間もなくして青年が家から出た時、兵士らしき恰好の2人が、悲鳴にも似た声を上げると同時に逃げて行った。青年と目が合ったせいか、あるいはその手に特大のグレネードランチャーが握られていたからかもしれない。


 兵士達が逃げた先には、更に同じ姿の兵達が30ほど確認できた。

 それを見た青年は、再びため息をついた。


 がっかりしたのだ。何かしら最新の、面白い兵器を持ってきたのではないかと、少しでも期待していた。

 それが、どうだろう。手に持っているのは、先込め式、フリントロック機構の銃。銃口を覗かなくとも、ライフリングなんぞ施されていない骨董品こっとうひんと分かる。


 一方青年が掲げるのは、フルオート、ベルト給弾式のグレネードランチャー。ちなみに、普通このような兵器は地面に固定するか、装甲車などに設置するたぐいのものである。


 少しマニアックだったかな?君達の世界で言えば、中世に作られた物と、冷戦時代に開発された物ほどの違いがある。言葉通り、相手にならない。


「アビスに告ぐ、今すぐ――」

 兵士の1人が声を張り上げるが、そんなのお構いなしに青年はトリガーを引いた。

 実に32発の弾が撃ち込まれるまで、十数秒。兵士達は生きた心地がしなかっただろう。皆が皆、武器も投げだし、地面に突っ伏し、着弾した弾が爆発しないことにも気付いていない。


 そこから少し、兵士達が心の中で生を実感する中で、誰かが言った。

「なんだ、これ?」


 銀色の金属の塊という以外、その砲弾の正体は分からない。不発弾か?そもそも爆発しないのか?そんな考えがよぎった時、青年は嬉々ききとして叫んだ。


「それは何か?答えよう!まばゆく輝くその元素の名は、原子番号12:マグネシウム!!」


 瞬間、辺りは光に包まれた。光が通り過ぎた時、兵士達は再び地面に伏していた。


「晴天下で効果が得られるか疑問だったが、実験は成功だね。特に32発、全てが同時に起爆した。信管の動作も問題無し。完全、完璧、狂い無し。ああ、美しい」

 青年は語りながら、いつの間にかしていたサングラスを外し、兵の中をあゆんでいった。


「強い閃光は、網膜もうまくから視神経を通り、過剰な電気信号が脳へ伝わる。しかし、脳へ与えるダメージはまだまだ研究が不足している。脳震盪のうしんとうに近い症状を起こすことは分かっている。つまり一時的に脳が麻痺する。素晴らしいだろう?兵器とはこういう物を言う」


 青年は将校らしき者の所まで行き、見下ろして言った。

「後は、君達をどうするかだねえ」

 青年が考えを巡らせている間も、兵士達は身動きが出来なかった。


「ん-……そうだ!」

 突然閃いたように、顔色が変わる。

「この機に閃光が及ぼす人体への影響を詳しく調べてみよう。君たち、死ぬつもりで来たのだろう?身体からだくらい、好きにして構わないよね?」


 兵士達は再び青ざめ、ふらつく足で即座に全員逃げ出した。


「ん-?とても良い提案だと思ったのだが……」




 そこへカラスが飛んできた。

「アビス!アビス!」

 流暢りゅうちょうにしゃべるカラスを前に、アビスは左腕を差し出すと、カラスはそこに止まり、続ける。

「オモシロイのみつけた!」

「面白いの?」

「あたらしいセーレイみつけた!チカクでたおれてる!」

「へえ、それは少しばかり、面白そうだねえ――」

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