第6話 魔王制
「下手くそ」
「言われなくても分かってるから」
ここ数日やってきた事、それはとにかく能力を使うこと。意識的に能力を使い、能力を使っている感覚を覚えること。
それが身に付けば、無意識に発動している能力も、徐々に解消するだろうとアビスは言っていた。しかしヴィータは焦っていた。
「……ねえ、本当にこれであってるの?」
ヴィータは能力を使う上で、条件を出した。生命ではなく、アビスに対して発動すること。これは訓練の過程であっても、自分の能力で命を奪う行為など、したくないという拒絶反応であった。それは訓練も、そうでない時でさえも、決して家から出ないという行動に繋がった。
幸い、アビスの元を訪れる者は少なく、必要なものはアビスが買い出すか、エミリアという女性が手配してくれた。
「もしかすると、精霊より生命相手に使った方がいいのかもしれないねえ」
アビスもヴィータの成長が遅いとは感じていた。その理由は、能力の本質に迫っていないからではないかと考えた。
「それはやらないって、最初に言ったでしょ」
「そうなんだけどねえ……。まあ、焦る必要もないか」
コンコン。突然、ドアをノックする音が聞こえた。珍しいことである。
アビスは、少し様子を見ているようだった。予感だったのだと思う。
「鍵は開いているよ」
沈黙を貫く訪問者に、そうアビスが声を掛けると、扉が鈍い音と共に開いた。
「アビスか、久しぶりだな」
はっきりとした発音。女性だが、重厚な声。光に包まれたそのシルエットは、細く、しかし健康的で、赤い瞳と髪が際立っていた。
「フレアか。こんな辺境に、君が何の用だい?」
その女性は、一度アビスを
「そこのお前、どこの所属だ?」
突然の話にヴィータは驚いた。アビスではなく、自分に用があるとは思いもしなかった。
「えっと……所属?」
「そうだ、所属だ。答えろ」
「……どういう意味?」
「はあ?魔王制を知らない!?」
「教えてない」
アビスが割って入る。
「……お前がここまで非常識だとは知らなかった」
「必要がなかったからねえ」
赤い瞳は揺らめき、次にヴィータを映した。
「……数日前に、ここから南にある町で生まれ、国境を超えて逃げた精霊はお前で間違いないな?」
「それが……どうしたの?」
「お前の討伐を依頼された」
「討伐!?」
驚きの色を隠せず動揺するヴィータとは裏腹に、アビスは淡々としていた。
「クソ真面目だよねえ、君は」
「ちょっと待ってよ。討伐ってどういうことなの?」
「こいつは自警団みたいなことをやっているんだよ。何でも屋って言った方がいいかな?誰かが君に脅威を感じて、相談に来たってとこだろう?」
「それで、どこにも所属はしていないんだな?」
「所属って、どういう意味よ?」
「誰の子分かってことさ。アビスの子分なのか?」
「別に子分って訳じゃ――」
ヴィータが言いかけた時、アビスはあからさまにそれを
「何も知らない子を、一方的にいたぶるのが君の流儀なのかい?」
「……」
フレアは少しの間、口を閉じた。多分、アビスには色々言いたかっただろうが、それを全てのみ込んだ。
「魔王制という言葉は分かるか?」
「いえ……初耳だけど」
「精霊の世界に、法律なんてややこしいものはない。基本的に、自分の身は自分で守る。それが大原則だ」
そこにアビスが付け加える。
「ただし、魔王制という
ここで、魔王制の第0条を教えよう。
『魔王は以下に記された規則を
この条文の意味は、魔王は魔王制に記されたこと以外は守るモノなどない。魔王という存在が、いかに絶対的な存在であるかが分かると思う。
フレアが続けた。
「そうだ。精霊の中でも絶対的な存在。魔法を操る精霊の王で、魔王と呼ばれている」
「実際には、色々な意味が含まれていると思うよ」
「……話を戻そう。精霊は、魔王に所属を宣言し、魔王がそれを受け入れれば、その時点で親分と子分の関係になる。子分に手を出せば、親分にケンカを売るのと同じこと。だからこの関係性は最も重要だ」
「そうそう。それで君が所属を言わないのをいい事に、こいつは君を好きにしようとしたという訳さ。力づくでねえ」
「普通知っている。我々の中にある唯一絶対のルールだぞ」
「……それだけ、魔王が強いってこと?」
ヴィータの
「強さより影響力かな。みんな何かしらやらかして、遥か遥か昔に、人間達から絶対服従しますから、どうか何もしないでくださいってお願いされたのが、魔王制の始まりだったかなあ」
「アビスはなんとなく想像できるけど――」
ヴィータはフレアを見た。それを受けて、アビスはニヤニヤが止まらなかった。
「口を開いたら、焼き切るぞ、てめぇ」
「そ、それで、その……話しぶりからして、魔王ってまさか……」
ヴィータはアビスを見た。アビスはフレアを見た。そのフレアはアビスを見た。
「もしかして、2人とも魔王なの?」
「ん、そうだよ」
アビスの軽い返事に、ヴィータは少しばかりのイラつきを覚える。
「それって!すごく大切なことじゃないの!?」
「だから非常識だって、言ったんだ」
「いや、君はしばらくこの家に引き
フレアも平行線な話に、うんざりしていた。
「で、所属を今すぐ言ってもらおうか」
「えっ……。そんなこと、突然言われても――」
ヴィータはアビスを見た。それは別にアビスに所属したいという意思ではなく、それ以外の選択肢が無いという意味。
「ヴィータは私と契約を交わしているよ。彼女が家にいる間、私は能力の訓練に付き合う。もちろん、私は彼女に対する攻撃を認めない」
「……親分・子分よりは、ずっと弱い関係性だな。どのみち、いつかは誰かに所属するんだ」
ヴィータは助けを求めるようにアビスを見つめ続けている。
「そうだねえ。事情があったり、単に弱かったりするはぐれ者を保護している魔王もいるよ。紹介しようか?」
「なら、私でも構わないぞ」
「ちょっと待ってよ。さっき、私を討伐するって――」
「依頼が来ただけだ。人間をいたずらに害する精霊は排除するのが普通だが、話を聞く限り、お前は力を制御しようとしているんだろう?だったら、様子を見てもいい。もっと人の少ない、良い環境も私なら提供できる」
アビスが不服そうにフレアを見た。
「だから、訓練は私の元でやる。契約だと言っただろう?精霊が交わした契約は何よりも重い。君もそれは分かっているはずだ」
どこまでも平行線。のらりくらりで、結論を出そうとしない。そんなアビスの態度は、フレアを確実に
「気に食わねえ」
フレアは違う。フレアは真っすぐだ。どこへ向かうにしても、誰を相手にしても、最短距離を
「では、どうするかね?」
「お互い魔王同士、意見が割れたら、やる事は1つだろ」
「決闘か――」
「決闘!?」
ヴィータの声が大きく跳ねた。
「昔から精霊同士のいざこざは、決闘でカタをつけると決まっている。魔王同士なら尚更だ。これは魔王制にも明記されている」
フレアの言う通り、これは魔王制に記されている。『魔王制』とは、言ってしまえば、魔王の存在は絶対。その魔王同士で問題が起きた時の、取り決め
「決闘ねえ……。君と戦って勝てる訳もないしねえ――」
アビスはここにきてもゆったりとしていた。
「トランプやサイコロって訳にもいかないだろうねえ」
「受けねえよ。仮に受けたとして、精霊1人の運命をそんなので決めていいのか」
「正面から戦うより確率が高いというだけさ」
「高いだろうが、そんな
「仕方ないか」
アビスはやれやれと言った感じで、長い息を吐く。
「1分でどうだろう?」
「1分?戦う時間に制限を付けるのか?」
「違う違う。私は微動だにしない。攻撃もしない。1分、君の攻撃を受け切ったら私の勝ち。私が……そうだな、1mでも動いたら君の勝ち。それでどうだろう?」
突然の提案。フレアは警戒する。
「当然、お前の意思ではなく、私がお前を動かしても私の勝ちだな?」
「もちろんさ」
「場所は野外でやる。ここではやらない」
「いいとも」
次第に、心の奥底で何かが燃え広がり始めたのを感じた。
「舐めているのか?不動で1分!?私が炎を使うことぐらい知っているよな!!?」
「つまり、呑める条件ってことかな?」
アビスの自信ある言動に、フレアも少し考え込んだ。
(勝つ気がない?それとも、耐えられると本気で思っているのか。1分だけなら?そんなぬるい使い手だと思われているのか、私は――)
「いいだろう。私が勝った時は、その精霊は私が預かる」
「負けたら、さっさと帰って欲しいな」
2人の魔王が、衝突する――。
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