第13話 精霊の名

 アルマはどんどんと町の外へと歩いていった。そこはかつて、フレアとアビスが交えた実験場にまで達していた。


「アビスとは人類史以前からの付き合いですけど、これだけ長い期間、あのアビスが一カ所に留まるなんて、早々なかったのですよ」

「……」


「でも、この町の噂を聞いて、今日実際に見て、納得出来ました」

 アルマは振り返り、町を見た。この時、陽が沈むこの時だけは、カラフルな町も、一色に染まっていた。


「――この町は、アビスの心の現れなのですね。そして、それにせられた人達が、集まってくる。灯台のように、人々の指針となる町」

 それをうっとりと眺めていた。


「良い町ですよね――」

 ほがらかな風が、アルマの髪と服をたなびかせる。

「でも、貴方の心は見えてきませんね」


 ヴィータは一瞬言葉を失った。

 その言葉には圧力があった。フレアに迫られた時と、感じが似ていた。


「……わたしは、この能力をどうにかしたいだけ。本当に誰も殺したくはないの」

「『殺したくない』ですか。それは何とも奇妙ですね」


「奇妙なんかじゃないです。わたしは本当にそう思ってます」

「ヴィータさん、『思う』とか、そういうのじゃないんですよ。わたくし達精霊の根幹にある『心』というのは」


 アルマは自分の胸に手をあて、熱烈に語る。

「好きと感じる人がいたら、それをいくら否定しても、ダメなんです。知らない内に目で追って、知らない内に耳を傾けて、知らない内に動向が気になってしまう。その人が目の前にいたら?心臓は早くなって、顔は熱くなって、それはどうしようもないんです」


「ヴィータさん、心は抑えられるものではないのですよ。アビスはよく言っていました。体は資本であり、心は原動力なのだと。この場合の体というのは、魔力も含めた話です。そして、ヴィータさん、貴方は既に十分な魔力を秘めている。後は、貴方の心次第」


「フレアが良い例です。普段は神業のようにコントロールしている炎も、一度キレると大爆発を引き起こす。彼女の根幹の心にあるのは、怒りなのですから」


「貴方も、薄々気付いているのではないですか?それを否定したいから、『殺したくない』などと言っているのではないですか。その気持ちは本当でも、貴方はまだ自分の心と向き合っていない」

「わたしは……この厄介な能力を何とかしたいだけなんです。本当にそれだけなんです」


 アルマの熱弁も、ヴィータの訴えも、結局のところ交差することはなかった。

 アルマはフーっと一度ため息をつく。


「ヴィータさん、なぜ精霊が最も古く、強い記憶から名を付けるか知っていますか?」

「いえ……」

「大丈夫、いずれ分かる時が来ますよ」


 アルマは微かに微笑みを浮かべた。それは天使と見間違うかのように安らかで、慈愛に満ちた表情だった。いや、それは慈悲だったのかもしれない。

 その手がヴィータの細い肩に触れると同時に、彼女は言った。

「もう、間もなく――」


「ッッッ!!??」

 突然ヴィータは身体をよろけさせた。何か物凄い衝撃が加えられたようだった。だが、物理的に何かをされた訳じゃない。

 身体の芯から熱さを感じ、その熱はどんどんと膨らんでいく。自分の身体が、自分じゃないように、言うことを聞かない。何をされたのか、されているのか、ヴィータは全く分からなかった。


わたくしの名はアルマ。この世で唯一、魂に干渉できる精霊なのですよ」

「何を……したの……!?力が……抑えられない……!!」

 意識だけが明瞭で、魔力が漏れ出ている事がはっきりと分かった。いや、漏れているのではない。彼女はこの時、確かに魔法を使っていた。


「声を出さないようにしている人に、後ろからワッと驚かせただけです。少し強引だったかもしれませんが、でも一生声を出さずに生きていくなんて無理ですから。いつか来る時を、今にしただけです」

「やめて……止めて!!殺したくない。こんなのわたしの本意じゃない!!」


「安心してください。ここは色んな実験をやって、やって、やりまくった所なのでしょう?ミミズ一匹いませんよ。魂が周囲にいないことは確認していますから。だから、存分に、貴方の心を見せてく――」

「違う!違う!違う!!分かってない!!いっぱい死んだ!いっぱい死んでる!!今も!!たくさん!!!死んで、死んで、死んでいってる!!!」


 ヴィータの取り乱し方に、アルマも流石に違和感を覚えた。

(いっぱい死んだ?)

 アルマは自分の能力、感覚に絶対の自信を持っている。自分のすぐ近くにある魂を見逃したことなんてない。それに肉体が朽ちても、魂はすぐに離れない。そして今もアルマは魂を感じられない。

 だが考えるのは後だ。


 アルマは、ガッシリとヴィータの身体を捕まえた。今度はヴィータの魂を落ち着かせるために――。


 ヴィータは抵抗しなかった。いや、正確にはまだ身体の感覚が不確かだったのだ。アルマに身体を預ける形で、ようやく次第に、ヴィータは落ち着きはじめ、魔力は抑えこまれた。その間も、ヴィータは冷や汗が止まらず、身体は震えていた。


「変ですね。貴方の能力は、生命を奪い取るモノと聞いていましたが――」

「ええ、そうよ……。だから……わたしは絶対にあなたを許さない!!!」


 戸惑うアルマを、ヴィータは強く睨みつけた。

(ただのパニックによる誤解?いえ、何かが、間違っていた?でも、何が――)


 陽は沈み、夕闇と静寂だけが辺りを包んでいた――。

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