第15話 ヴィータに関する覚書

 ここにヴィータと出会ってからの、彼女に関する記録を残す。


――1日目

 南東の森で倒れていた女性を見つける。カラスの話では精霊であるらしい。

 脈拍は弱く早い。唇がかわいている。脱水及び栄養失調症の可能性有り。


 脈を測る際、かすかだが魔力を吸われるような感覚があった。能力持ちである可能性が高い。

 彼女の倒れていた場所と、彼女が通って来たであろう道の草が明らかにれ始めている。生命に関係した能力と推定できる。


 災害級の可能性がある。早めに能力を同定する。


 3号輸液500mlを点滴する。様子を見ながら随時輸液を追加。体温35.1℃、やや低め。

 寝ている彼女に、等間隔で植物を設置する。これで能力の範囲と強さをある程度観察できるだろう。


 彼女を運んで4時間ほどして目を覚ます。精神に極端な異常は見られない。体も痛みなどは訴えていない。


 自身の能力を自覚していない。彼女の能力に関して、現状の推論を説明する。

 彼女に何か覚えていないかと問うと、「生きて」という言葉を覚えていると言う。古式に則り、彼女の名をヴィータとした。皮肉なものだ。

 彼女と契約を結ぶ。今後、彼女の体調と能力コントロールに助言、観察をしていく。




――2日目

 体調は比較的良好である。自分で立てるし、ふらつきも少ない。脱水や栄養失調も、予想より軽症であった。

 胃腸が弱っている。しばらくはスープなどを中心とした方が良いだろう。食事と排泄は今後も注視する。


 ヴィータの能力トレーニングを始める。当面、コントロールを中心とする。彼女の要望により、トレーニング中は私の魔力のみを対象にする。


 トレーニングにあたって、能力を開花したばかりの精霊は、まず能力を使う事だと説明した。彼女はあまり納得していないようだった。自身の能力に対して、ある種の自己嫌悪を示している。




――3日目

 体温35.4℃。やや低め、今後も注視する。

 食事はスープで問題ないようだ。煮た野菜であれば、固形でも問題なく食べている。胃腸が回復すれば、 通常の食事も食べられるようになるだろう。


 フレアが現れた。精霊関係のトラブルを、暴力で解決する自警団を率いている厄介やっかいな奴だ。予想以上に周囲の反応が早い。


 ヴィータは明らかにフレアの言動に動揺している。自分が社会にとって害する者だと思い込み始めている。

 今後、一般の訪問者を禁止する。少しでもヴィータの負担を減らす必要がある。


 トレーニングが思いのほか進んでいない。まだ始まったばかりではあるが、能力を使うこと自体を嫌っている。悪い傾向だ。




――4日目

 体温35.7℃。ほぼ正常値、まだ注意は必要。体重がわずかだが減少している。食事はれているが、こちらも注意が必要。


 今まで以上に能力を使うことに慎重になっている。臆病おくびょうと言い換えてもいい。

 能力をコントロールできるまでに、予想以上に時間が掛かりそうだ。それまで外的な要因を極力排除したい。




――5日目

 体温35.9℃。体温がこの付近で安定すれば、とりあえず問題ない。体重はまた微量減少。


 能力が向上しない事に苛立いらだちを覚えている。蛇口に触らなければ、閉めることも開けることも出来ない。だが、それはほとんどの精霊が経験的に覚えていく感覚だ。しばらくは静観するしかないだろう。




――6日目

 体温35.8℃。体重は微減少。


 アルマが現れた。流石に魔王クラスの訪問は、エミリアでは阻止出来ないか。この機会にヴィータを町へ連れ出す。

 人の多い場所は、ヴィータにとってストレスに違いない。それでも、今のヴィータの潜在魔力を考えれば、リスクは低い。


 ヴィータにアイスを勧め、口にした。感触は悪くない。食事に甘い物を取り入れてみよう。


 アルマがヴィータの魂に触れた。それでも劇的に何かが変わる訳ではない。

 得られたであろう結果が早まったに過ぎない。


 ヴィータの能力、特に第六感側が明確に強くなっている。今なら周囲のどんな小さな『死』にも反応するだろう。

 それが彼女にとってプラスにはなるとは限らないが。




――7日目

 体温36.1℃。体重は維持。


 第六感がはっきりしたせいか、能力のオン・オフが確実に出来るようになってきている。無意識に出来るようになるのも時間の問題であろう。

 問題は、彼女が能力を使おうとしないことだ。オフにし続ける事が彼女の目的ではあったが――。


 彼女が夢を見たと言った。命名した時の記憶の夢だ。前よりもはっきりと声が聞こえるらしい。脳細胞が活性化しているのか、魂の方か。現時点で判別不能。


 調理中、肉を使っているのをすごく嫌そうにしていた。実際、肉には手を付けなかった。肉に限らず、野菜にも言及してくる。悪い傾向だ。


 生命を奪う事に対する嫌悪感が増し、拒絶症になりつつある。

 彼女の意向を尊重そんちょうし、食事はもちろん、生命由来の物は極力使わないようにする。




――8日目

 体温35.9℃。体重は微減少。


 相変わらず能力を使おうとはしない。

 彼女の精神を多少でも安らげる必要がある。

 カラスや猫達は、射程外でも追い払う事にした。訪問者も完全に絶っている。食料の配達もしばらく不要と伝えている。


 木製の家具の撤去を完了。残っていた食料も処分し、生物由来の物は可能な限り排除した。

 風呂の熱源も太陽熱に変更した。




――9日目

 体温35.8℃。体重の減少幅が増えている。悪い傾向だ。

 ミルクも飲もうとしない。彼女が口にするのは水だけになってしまった。なぜ塩素カルキが入っているのかは、あえて言わない。


 彼女の周囲の物は、可能な限り無機物にしているが、それでも彼女は死を感じ続けている。

 彼女を地下室に隔離かくりした。それでも彼女は死を訴えている。肉体的よりも精神的な疲労が目立つ。




――10日目

 体温35.5℃。体重は、なお減少中。

 ヴィータに、私の魔力だけは吸うように提案した。それで少なくとも彼女の生命は維持できるはずだ。


 彼女の吸う魔力は以前よりも強くなっている。能力の使い方が上達しているせいもあるが、飢餓きがが原因の可能性もある。


 根本的に、生命が活動をする上で、そのエネルギーは何に由来するのか。他の生命いのちである。そしてそれはサイクルしていく。


 その原理を、彼女は理屈で理解はしても、感覚で拒絶している。彼女が私をも拒否したなら、いよいよその時が来るだろう――。

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