第5話 変態ママ

『雛姫ミカヅキ@個人V

 おっはよー! 昨日は急に机が壊れちゃってびっくりしたぁ! 昔使ってた机引っ張り出したから、夜はいつも通り配信できるよ! また会おうね♪』



『おはようミツ姫! 今日は雑談枠かな?』

『おはひめ〜! 今日は花粉が多いから気をつけてね!』

『伝説の机破壊配信』

『どんな古い机つかってたんだよ』

『机を破壊して平然とする姫w』

『おい机、そこ代われ』



 翌日。


 雛姫ミカヅキの昨日のアーカイブは、最後の轟音部分をカットしたものの、『伝説の机破壊配信』として話題を呼び、納得はいかないがチャンネル登録者もツブヤイッターのフォロワーも増えていた。


 変なキャラついちゃったなあ。


 私についてまとめられたネット記事を見てみる。


『【個人勢】雛姫ミカヅキについて知ってること』


 そんなスレに書き込まれたコメントはこうだ。


『まだ清楚』

『息をするように耐久配信する女』

『ASMRにはお世話になってます』

『声もいいし、尖った配信はないけど安定してるよな』

『落ち着く』

『机を破壊する女』

『>それなw』

『>伝説の机破壊配信』

『>アーカイブ消えてんじゃん』


 なんだよぉぉぉぉぉ。


 これまでずっと割と清楚な感じでやってきたのに。


 まあ、多少ゲームの耐久配信で何十時間も平然とゲームしてたりするけど、それ以外は本当に普通の配信者のつもりだったのに……。



 大学キャンパスにある芝生の中庭に大の字で寝そべり、で大きく息を吐いた。昨日から何回目の深いため息だろうか。



「わざわざ電車と歩きで60分ちょっとのところまで学びにくるとは、この世界でも人間は効率悪い生き物だね」


「ここしか受からなかったんだから仕方ないでしょ……って、ええええええええ!? ルルル!?!?」


 思わず飛び上がった。


 お母さんに洗濯してもらったと思われるゴスロリドレス姿のルルルがすぐ隣に立っている。


「ちょっと、ルルル、もしかしてついてきたの!?」


「いや、月子の母に聞いたら大学っていう学舎にいると。だからどんなものかと思ってさ。ボクは魔界ではミファーに全部勉強は教えてもらってたから、こういう有象無象集う学舎に興味があったんだよ!」


「その昨日から話に出てくるミファーって何者。めっちゃ優秀じゃん」


「それにしても、サボりか?」


「違うよ。この時間は私は授業ないの。空きコマってやつ」


「なんだ、大学ってのはそんなに自由の効くところなのか」


「まあ、学校や学部によるけどね。私は大学生活は有意義に過ごしたい(遊びたい)から、できるだけ息抜く時間を増やして時間割をくんでるの」


「ふうん。そのくせボッチとは情けない」


 うぐっ……。


 対象の弱点をしっかりと突いてくるとは、さすが魔王の娘……。


「あのさあ、ルルル。あんまりその格好で外で歩かない方がいいと思うよ?」


「なんでだ? ボクはいつもこの格好だぞ?」


「この世界では、あと、この国ではそういう格好は目立つんだよ」


「目立ったらダメなのか? ボクは魔王の娘、目立って然るべき存在だろう!」


「ああ、だから……」


 異文化交流難しい。


「とりあえず、そのツノとしっぽは隠した方がいいと思うよ?」


「じゃあ魔法で消す」


「できるのかよ……」


 すると、遠くからものすごい勢いで迫ってくる人影を視界の隅っこに捉えた。


 あ、もしかして……。


「なんだ、こっちに向かってすごい勢いで人が走って……。月子の知り合いか? ん? あれ、なんかボクの方を見て……」


 そうルルルがいう通り、その人影はすごい勢いで真っ直ぐルルルに……。


「だぁれこの子!!!!! 超可愛いんですけど!!!! なに!? 月子の親戚!? 友達!? 何年生!? どこからきたの!? 名前は!? お菓子食べる!?!?!?!?」


 抱きついた。


「な、なんだこいつはっ! おい月子の知り合いか!? 助けてくれぇ、抱きつくなぁ! ボクに胸を押し付けるなぁ!」


「ボクっ娘!? ロリボイス!? ゴシックボクっ娘癖っ毛ロリータ!!! ううん!!! なんて可愛いんだぁぁぁ! 匂いかいでもいいかな、いいよね!!! スンスンスンスンスン……」


 ルルルよ。安心して欲しい。


 いまルルルに抱きついているそのサイドテールの女は変態ではない。


 いや、ある意味で変態なんだけど、害のある変態ではないというか……。


 なんとか彼女の熱い抱擁から抜け出したルルルは、私の服の裾をつかんで、そのまま私の体を盾にするような形で後ろへ回り込んだ。


「なんだこいつ! ボクになんの恨みがあるんだ! おい、月子、なんとかしろ!」


「ああ、えっと……」


 私が口を開くより先に、そのサイドテールの彼女が口を開いた。


「私は、五十川唯! 月子の友達だ!」


「と、ともだち? 月子はこんな変態と友達なのか?」


「変態ってきみ失礼な! 可愛い女の子の匂いを嗅ぐのはこの国の文化だよ!」


 そんな国滅んでしまえ。


 ルルルが涙目になりながら怯えて震えている。


 期限はわからないけど、ルルルが私のそばにしばらくいるとなるなら、こいつの変態っぷりにも慣れてもらわないといけない。


「ルルル、この変態は安全な変態だよ」


「変態を否定してよ!!」


 唯のツッコミを無視して続ける。


「彼女、五十川唯は私の中学からの同級生だ。まあ、仲良くなったのはたまたま同じ高校に入学して、それからなんだけど」


「月子の学友か。いくら少ないとはいえ、友達は選べよ……」


「それと、昨日見た私の姿、雛姫ミカヅキの絵を描いてくれてる『いっそまん』という名前のイラストレーターでもあるんだ」


「なんだと! あの絵を!?」


「おっ、月子がVの活動のこと話してるってことは、やっぱりその子は親戚かなにか?」



 そこから三人で中庭の芝生に座り込んで、これまで私の身に起きたことと、ルルルについての説明をした。


 完全とまではいかないけれど、徐々にルルルの唯に対する警戒は解かれていってる……。


「つまり、月子の家に行けば、ルルルちゃんの匂いを嗅ぎたい放題ってわけか!」


「ひえっ…」


 と思いたい。



「それにしてもさ、昨日びっくりしたよ。あの爆音、あれがルルルちゃんの仕業だったなんて」


「唯も見ていたのか、その配信ってのを」


「そうだよ、ルルルちゃん。何を隠そう私は月子の、いや、雛姫ミカヅキの生みの親、ママなんだから!」


 胸を張る唯。


「……ママ? なんだ、若そうに見えるが唯はそんな歳なのか」


 そしてすぐにがっくりと肩を落とす唯。


「ルルル、Vの絵を描いてくれる人はママとかパパとかで形容するんだ。だからミカヅキのママは『いっそまん』、つまり唯だ」


「なんだ、そういうことか。そりゃそうだな、月子には母がいたんだから」


「そういうこと。それよりルルルちゃんさあ、可愛い声してるよねぇ、えっちだねぇ。服も可愛いし、これから私とちょっといいこと……」


「うわああああやめろ!! 近づくな!!! 五十川唯!!!」



 一気に賑やかになりそうだなあ。

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