第12話 地獄のエゴサ

「ルルルの話にたまに出てくるミファーって、どんな子なの?」


 ここは私の家の庭にそびえる巨石の中、ルルルの部屋。


 ほぼほぼ放送事故だった「酔いどれルルル乱入事件」が界隈でそこそこの騒ぎとなったせいで、我々、ルルルと私と唯の三人は大義名分となるキャラ設定を練るためにここに集合した。


 終始「そんなもん偽る必要などない! 暗黒世界復活のための仮住まいとしてボクがここにいるだけだ!」と言い張るルルルと、「ルルルちゃんの設定が嘘無いんだから辻褄はあうよね〜」とやんわりとルルルの味方になっている唯をどうにか説得しようと試みていたけれど、平行線。


 うぬぬ、と頭を抱える私は一旦自分の思考をリセットするため、かつ、気になっていたことを聞き出すため、話題を変えた。


「そういえば詳しくは話してなかったか、あいつのこと」


 私と唯はルルルの顔に目を向ける。



 聞けば、このミファー、本名をミファー・ラヴ・ライラックと言うらしい。


 一通のDMが頭をよぎる。


 彼女は見た目私たちと変わりないくらいだけれど、年齢はルルルより2つ年上で、ライラック一族は代々魔王の一族に仕えてきたとのことだった。


 2つ年上の彼女は時に友達のように、時には専属のメイドのようにルルルへ仕えてきた。


 朝も夜も、寝る時もお風呂もボードゲームに興じるときも、いつも一緒だったそうだ。


「2つ上だけとは思えんくらい大人びていて、あとここもボクよりでかかったなあ」


 そう言ってルルルは自分のおっぱいを揺らす。


 おいおい、それは私への当て付けか?



 メイドとしての能力はライラック家の中でもかなり上位らしく、さらに戦闘能力まで備わっているということだそうだ。


 魔王は相当な信頼をミファーにおいて、愛娘のメイド件ボディーガードとして付き添わせたのだろう。


「暗黒世界最後の日、ボクは彼女の魔力のおかげでこの巨石の中に退避できたんだ……」


 寂しそうに天井を見つめるルルル。


 亡き友を想うような表情。しかし。


「でも、ボクはミファーはまだ生きていると確信しているんだ」


「それはミファーって人が強かったから?」


 唯が口を挟む。


「それもあるが、最後の瞬間ミファーは確かにこう言ったんだ。『大丈夫です』って」


 大丈夫。心配はいらないということか。


 それはルルルの身の安全が大丈夫と言う意味ではないのだろうか?


 主人への忠誠を誓う者は時に自分の命を差し出してまで主人を守る。


 この世界では今でこそ聞かないけれど、歴史ではよく聞く話だ。


「あいつが大丈夫だと言ったら大丈夫なんだ」


 だけど、ミファーを信じるこの主人の目を見て、私も唯も余計なことは一切言えなかった。


 それに、今の私にはもう一つ、ルルルの考えに賛同できる材料がある。



 あのコラボのお誘い、まだ返事をしてないけれど、私と二人でっていうよりルルルも含めて三人でした方がいいんではないだろうか。


 それに、今ここで私とルルルの設定を練るのであれば、このミファー・ラヴ・ライラックという配信者が本当にミファーだったとすれば……。



 面白い世界観を作れそうじゃん。


「ちょっと、月子。いまのルルルちゃんの話のどこに笑えるポイントがあったのよ」


「え、ああ、ごめん」


「いや、笑ってくれて別に構わないぞ! もっと面白い話もあるからな! 実はミファーは魔犬が唯一の苦手で……」



 そこからしばらくルルルの暗黒世界談義に花が咲いたのであった。



◇◇◇



 結局、我々二人の設定についてうまくまとめることができずに翌日。


 もともと二人とも今日は配信をしない予定だったので、せっかくだったらネットばっかりじゃなくこの世界の色々を見て回って遊ぼうと提案したのは私だった。


 唯はイラストの案件の締めが近いのでパスとのことだった。


「思えば二人で大学以外で出かけるなんて初めてじゃない?」


「確かに月子とこうして出かけるのは……」


「ま、唯とは色々出かけてるみたいだけど?」


「ち、違うぞ! あれは配信の機材について色々と教えてもらうために……」


「でもその服も唯に見繕ってもらったんでしょ?」


 ルルルはあのゴスロリドレスではなく、落ち着いた紺色のサロペットを着用している。


 そして憎たらしいことに胸元がずいぶん立派に膨らんでいて、服の上からでもわかるほど凶器的である。


「こ、これはあいつに無理やり着せられて……。でも着るものはあいつからしか手に入らないし……」


 仕方なく、と言いたいのだろうけど、ずいぶん気に入ってそうじゃないか。


 ま、それはそれとして、こうやって二人で歩くと……。


「デートみたいだね、ボクたち」


 思わず吹き出してしまった。


「なっ、なんで!? 友達同士だろ!? どうみても!」


「冗談だよ! 友達っていうか、姉妹みたいな?」


「Vの設定を外でも持ち出すなよ。身バレするから」


「はいはーい」


 そうして私たちは街へと繰り出した。


 ゲーセンに行ったり、映画を見たり、ボウリングをして、カラオケも少し、ウインドウショッピングをして、とにかく年相応な休日を過ごしたのだ。



「いやあ、この世界の娯楽もずいぶんと楽しいなあ! 配信ばっかりじゃなくこういうのも悪く無いなあ」


 夕暮れ時になって立ち寄った喫茶店でルルルは満足げに体を伸ばしている。


 一方の私はテーブルにぐでっと倒れ込む。


「根っからの引きこもり体質かと思って甘く見ていたよ、ルルル。なんでそんなに元気なのさ」


「月子がだらしないだけだぞ」


「ルルルは引きこもりだったんじゃないの?」


「ボクは引きこもりたくて引きこもっていたわけじゃないからね。それにやっぱり最近ちょっと魔力が戻ってきてるんだ。なんでだろ」


 丸っと1日、こんなにも外で体力を使うことになるとは。


 私にも魔力と言う概念があったらルルルの何百分の1なんだろうか。



 私はポケットからスマホを取り出して無意識にエゴサを始めてしまっていた。


「またエゴサか、月子」


「こういうのは定期的にやっておくの。いいことも悪いことも、何かに活かせるかもしれないでしょ」


「悪いことが書かれていたら落ち込んだり怒ったりしないのか?」


「そういうのは数が少なくても悪目立ちするのがネットなのさ。本当に自分に非があるなら要反省だけど、そこはうまく見極めていかないと」


「ふうん、ならボクも注文がくるまでエゴサしてみるか!」



 と言っていつの間にか契約していた自分のスマホを手に取るルルル。


 しかし次の瞬間、彼女の手からそのスマホが滑り落ちた。


「な……なんで……」


「ん? どうした……って、ルルル!?」


 彼女の顔色の変わりように驚いて思わず体を起こした。


 真っ青。


 血の気の一切が消えていた。


「ルルル、もしかして何か炎上してた……?」


 恐怖の単語、炎上。


 Vにとって命取りだ。


「な……な……」


 喫茶店内に響き渡るルルルの声。


「なんじゃこれはぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「ちょっと、抑えてルルル!」


 と言いながら私は彼女が落としたスマホを拾い上げた。


 ふと画面に映る書き込みが目に入る。


『あいつ暗黒世界復活とか言いながら、酒飲み配信してるだけじゃね?』

『ただの酒飲みおばさんじゃん』

『暗黒世界復活はまだ遠く』

『魔王様、あなたの娘はただの飲んだくれです』

『机破壊ネキの方が魔王に向いてるんじゃね』



「ボクだって暗黒世界復活のために頑張ってるんだからなっ!!!!!」


「声が大きいってば!」

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