第8話 我が下僕

「ルルル!!!!!!」


 近所迷惑顧みず叫びながら巨石をぶん殴る私の感情はきっと困惑以外になにもない。


 困惑の最たる要因は、まずルルルがこの世界の技術をどうやって手に入れて理解したかということだ。


 魔王の娘を誇りに思い、基本的に人間を見下す彼女が、Vを始めるということはつまりPCなど必要な機材を取り揃えたということになる。


 どうやって?


 まさか、魔王の娘の力でこっそり店に侵入して……?


 それだけじゃあない、セッティングだ。それもルルルが一人で?


 んなばかな。あいつは電子レンジの使い方さえ理解するのに丸一日かかるのだから。


 となると、共犯の容疑がかかる者が一人。


「”ミカヅキお姉様”、ずいぶん元気だね」


 振り返るとそこにはいつの間にか、容疑者いっそまん、こと唯が立っていた。


「唯、あんたルルルに何か吹き込んだでしょ……。ってかどうしてウチに?」


「吹き込んでないよ。インターネットとやらで情報収集したいっていうルルルちゃんの希望と、可愛いロリボイスのVを産みたいっていう私の欲望が一致しただけ。ウィンウィンの関係だよ! てへっ!」


 自白。


「なんだ、遅かったじゃないか、ボクの下僕の唯。あれ、月子も何の用だ?」


 巨石の一部がまたドアのように開いて中からゴスロリ姿のルルルが顔を覗かせる。


「何の用? じゃないってか、え? 下僕?」


「ルルルちゃん、この前言ってた機材持ってきたから、セッティングさせてね〜」


「うむ、ご苦労。月子も中に入れ。そういえば月子はボクのこの部屋に入るのは初めてだったな」



◇◇◇



「これで、よしっと。うん、あとは使いやすいように適宜場所をいじっちゃってもいいからね!」


「助かるぞ、唯」


 唯の猛烈な変態っぷりに怯えていたルルルがこの数日でどうしてこうも仲良く……、というかさっき下僕とか言ってたよね、一体何が起きたっていうのよ。


 いやそれよりも、ここ、あの巨石の中だよね。


「あのさ、ルルル」


「何だ月子」


 聞きたいことは山ほどあるけれど、順番にいこう。


「まず、この巨石の中、こんな感じなの?」


 巨石の中は完全にヨーロッパの王宮の一室のような、赤を貴重とした広い居住空間が広がっている。


 いくら巨石とはいえ、こんな空間が広がっているとは思いもしないのだけれども。


「そうとも! 外からは想像持つかないくらい広いだろ! もともとボクが住んでた部屋を魔力で完全再現しているのだ! ミファーがいないことくらいかな、違いといえば。ま、代わりにいまは唯が我が下僕として世話をしてくれるようになったがな!」


「そうだね! ルルルちゃん!」


 唯、のりのりである。目にハートマークが浮き出ている。


「次に、唯とどういう関係?」


 さっきから唯の立ち位置がよくわからない。


「ボクもこいつはただのやべーやつかと思っていたんだけど、どうやら何かと世話をしてくれるそうでな。下僕に任じてやったんだ」


「下僕って、唯はそれでいいの?」


「ルルルちゃんのためならなんだって! 欲しいものあったら何でも言ってね! 何でもするから! 可愛いお洋服に、可愛い下着も買ってくるから!」


「し、下着くらいは自分で見繕う! 唯も大学やら仕事やらがあるのだろう、その合間だけで構わんと言ってるんだ」


 唯は下ごごろ丸出しであった。


「それに、こうやってVTuberとなる準備も手伝ってくれているんだ」


「そう、それよ、最後にして一番ききたかったのは!」


 ルルルがVTuberになる、一体私から何の影響を受けたのか、あるいは唯からどんな教育を受けたのか。


「いや、この世界で魔界復活の情報を収集するにはやはりインターネットが大事と考えたんだボクは。この世界の連中は聞き込みをしても無視をするか警察を呼ぶかしかしないからな」


 そこで唯が口を挟む。


「そこで、私がいろいろネットについて教えてたんだけど、ルルルちゃんが月子のやってるV活動について聞いてきたときにピンときたのよ!」


 二、三咳払いをして息を整える唯。そしてキメ顔でこう言う。


「このロリボは、跳ねる」


「唯の性癖なだけじゃないの」


「私の性癖に刺さるイコール全国のおじさんたちにも刺さるってことなの!」


「性癖……、やはり唯、ボクのことを性的に……」


 ドン引きルルル。


「ルルルちゃんがVでしかもこの姿そっくりそのまま状態で、魔界復活を謳えばどう? 情報は必ず向こうからよってくるはずよ!」


 下僕というより、参謀というべきか。


 たしかに膨大なネットの海から魔界復活の情報を探るのは難しい。


 というか調べてもよくわからないうさんくさい宗教や団体のサイト、掲示板のオカルトスレくらいしかヒットしないだろうし、それならこっちから開示してやった方が、という思考はすごく納得いく。


「でも、大丈夫なの? ルルル?」


「なにが」


「魔王の娘が生き残ってるなんて知れたら、女騎士がそれを嗅ぎつけて……」


「言っただろう、向こうからよってくるなら万々歳だ。ボクが迎え撃ってやる」


「この世界ではろくな魔力も使えないのに?」


「この世界の魔素のせいだが、女騎士もあっちの世界の人間ならば同じ影響を受けているはず。ボクとの実力に変化はないよ」


 にやりと八重歯を見せるルルルの姿は立派な魔王の娘そのものだった。


「ところで、ルルルちゃんはどんな配信をしたいの?」


「決まってるだろう、魔界復活に向けてリスナーとやらに呼びかけるんだ! 感化されたものが出るなら例えこの世界の人間であっても我が下僕として味方に迎え入れてやろう」


 とんだメンバー限定特典だ、そりゃ。


 けれども、それだけじゃあ……。


「甘い」


「月子?」


「甘いぞルルル! ちょっと喋りができる、ちょっとゲームがうまい、ちょっと絵が可愛いからってもれなくVとして成功すると思うな! 私は最初同時接続が10人もいなかったんだぞ! あんなにゲームがうまいと思っていたのにだ! それと……」


「つ、月子……、落ち着けっ……ちょっ……」


「ルルルちゃん、諦めて月子のお説教に付き合ってあげて」


「ひ、ひええええええ」



 その日、私は日が登るまでルルルにお説教という名の自分の愚痴と苦労を語り尽くしたのだった。

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