第9話 【初配信】

 その日、私と唯は妙な緊張感の中、二人で一つのモニターを見つめていた。




◇◇◇



 あーあー、これでいいのか?


 実際にやってみると結構あっさり……。お、映った!


 皆の衆! 初めましてだ!


 ボクの名前はルフレイア・ルーナ・キルッシュだ!


 暗黒世界を統べる魔王の娘にして、次期魔王候補第一位のボクの初配信によくぞ集まってくれた!


 感謝の印に、ここに来ている者たちみな我の下僕にしてやろう!


 ボクと共に暗黒世界、魔界の復活にこの身を捧げようじゃないか!!!



◇◇◇



『早速黒歴史w』

『キャラへの入れ込みがすごい』

『ロリかわいい』

『一年後が楽しみだ』

『がちろりやんけ、ズボン脱いだ』

『↑おまわりさんこいつです』



 同時視聴しながらルルルに関してのエゴサをしている我々、母と姉、もとい私と唯はそのような世間の声を聞いてようやく一息ついた。


 前日から姉である私、ミカヅキのツブヤイッターで告知、さらに直前に私も配信を行って、そのリスナーを自動的にルルルの方へ流すという誘導を行ったおかげだろう。


 個人のVの初配信にして何千人も集まるなんて思いもしなかった。


 コメントの中には私や唯に関する言及もされていた。


『いっそまんママのロリっ娘最高』

『いっそまんママは俺らの性癖を知っている』

『ミツ姫の妹だよね』

『姉とはずいぶんキャラが違うんだな』

『雛姫ミカヅキ、机を破壊するついでに魔界も破壊させた模様』


 一部、腑に落ちないけれども。


 わたしたちからすれば元のルルルそのままのそれは、キャラになりきったいわゆるロールプレイタイプのVとしてあっという間に受け入れられているようだった。


 ルルルからすれば本当の話も、リスナーからすればちゃんちゃらおかしな物語なわけで、ルルルがその信憑性を高めようとあれやこれやと威勢よく言い放てば放つほど、メタ発言とのスレスレのバランスを楽しむリスナーにいじられ、それにルルルがまたツッコミ、という具合だ。


 彼女の性格も相まってか、ルルルV化プロジェクト(命名:いっそまんママ)は大成功を収めそうだった。




◇◇◇


 だから言ってるだろう!


 この世界では魔素が足りんから、ろくな魔法が使えないんだ!


 それでもボクは空を飛べるし、人の認識を操作することもできるんだ!


 なに? ならおれの認識を操作してみろだって?


 ぐぬぬ、ここで貴様の認識を操作しても対面してないからなんの証明もできないじゃあないか! 卑怯だぞ人間どもめ!


 こうなったら直接ボクが……、そうだった、身バレはよくないとあいつ、ミカヅキとかいう女に教わったんだったな。


 え? ああ、そうそう、ボクの姉に、教わったんだ!


 ボクだって言われたことくらいちゃんと守れるんだからな!


 おい! 見てるかミカヅキとママよ! ボクのこの偉大なるVの姿を!


 はーっはっはっは!!!



◇◇◇



 行き過ぎたロールプレイはきつい、と個人的に思ってたこともあったけれど、ルルルからすれば事実なんだし、ちょっと危なっかしいけれど、これはこれで面白いな。


 というのが私の率直な感想だった。


 どれ、私らもちょっといじってやるか。


 唯と目を合わせて、いたずらっぽく微笑んだ。



『雛姫ミカヅキ@個人V

 私の悪口言ったら、また夜通しお説教だからね』


『いっそまん@お仕事募集中

 かわいいよ、ルルル。愛してる』



◇◇◇



 な、なんだミカヅキめ!


 お説教じゃなくてお前のはただの愚痴じゃないか!


 貴様ら人間の愚かな嘆きなんざ聞いていたら耳にウジがわくわ!


 っと、ママよ、あまり他所でもそんな発言をしてたらロリコン認定されるぞ……。


 なに? もういっそまんは手遅れだと?


 かっかっか!


 そのコメント面白い! 魔界復活が完遂されたらその後ちょっとだけいい待遇で雇ってやろう!



◇◇◇




 正直言って、ルルルの配信の同時接続がこんなにもあって、話が盛り上がっているのは私や唯の協力があってこそだと思っている。


 私が始めた時なんて私も唯も全然無名だったし、それになによりVTuberの数も認知も少なかった。


 それにくらべて今はたいぶ明るい業界になった、と思う。


 それに登録者もそこそこいる私と、人気絵師の唯のバックアップがあればこれくらいのスタートダッシュなら見込めて当然である。


けれども、集まった人を引き離さず、およそ一時間弱、初配信という冠を掲げてやり遂げている彼女にはやはり魔王の娘たるカリスマ性もあるだろうし、なにより……。



「ルルル、本気だね」



 そうボソッとつぶやいてしまうくらい、本気さが目に見えるのだ。


 本気でVをやりたい、というより、本気で魔界を復活させたいという方が正しいだろうか。


 その本気さが、馬鹿馬鹿しくて面白くて、でも魅力的だからこうして登録者がだんだんと、いや、すごい勢いで、初配信ながら増えているのだ。


 私はふと窓の外に映る巨石を眺めた。


 あの夜、突如降ってきた文字通り世間知らずの女の子。


 ちょっとかっこいいと、そう思った。



 同時接続は減ることなく、夜の配信ゴールデンタイムに、むしろどんどん増えていた。


 流れるコメントを追うルルルも、その量に圧倒されているのだろう「ちょ、お前らのコメントが読めないじゃないか! とまれ! とまれー!」と嘆いている。



『ル虐』

『不憫かわいそうw』

『おもろいやん』

『登録しました!』

『やばいこの子、くせになる』

『ルフレイア様〜〜』



 コメント欄も大盛況であった。


 翌日にはルルルに関するスレッドが立ち並び、「がちでやべーやつ」という触れ込みは彼女の登録者をより増やすこととなったのだった。




 そしてそれは同時に、魔界復活を目標に掲げる彼女の活動をより多くの者が知るということで……。







「……ようやく、見つけました」

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