第2話 立派な巨石ですこと

 漂う白い蒸気が徐々に消え、そのゴツゴツとした岩肌が鮮明になっていく。


 すると、ガコッ、と音を立てて、岩の一部がまるで扉のように開いた。


 咄嗟に身構える。


 身構えたところでなにか戦闘スキルがあるわけでもないのだけれど、なんとなくそれっぽい構えをしてしまったのだ。


「……いってぇ〜〜」


 扉のように開いた中から、小さな女の子のような声が聞こえてきた。


 え、この中に女の子!?


 とんでもファンタジーな予感を感じさせる、女の子の声に少し警戒をといた。


「死ぬかと思ったなあ。……よっと、ここはどこだ……?」


 巨石の中からぴょんっと飛び出すように現れたのは、声からも想像できる通りの女の子。赤色のくるくるとした癖っ毛の女の子。だが……。


「あ、あくま……?」


 そう私が形容したのは、その癖っ毛ロリの頭に2本の黒いツノが生えていたからだ。


 それだけではない、よくみれば尻尾も生えていた。まるでそう、悪魔のような。


  そして黒いゴスロリのような服装は、まさにこの世界ではコスプレ以外ではみないような、明らかに異質なものだった。


「ん、なんだおまえ。このボクに怯えているようだな。くっくっく、どうやらただの人間、このままここをボクの新たな拠点に……」


「もしもし!! お巡りさんですか!?」


「って、おい! ボクの話を聞け!!!」


 私は持っていたスマホで警察に電話をしようとしたけれども、この癖っ毛の少女が飛びかかってきて阻止したのだ。


 私の手を離れたスマホが地面に叩き落とされる。


 画面に深く大きなヒビが入るのをしっかりと見てしまった。



「あーーー! 先月機種変したばっかりなのに! 私のスマホ!」


「すま…ほ? なんだそんなに大事なものだったのか、それはすまなかった。なんとなくおまえがボクにとって不都合な行動を取ろうと見受けたからな」


 そういうと少女は指をパチンと鳴らす。


 するとどうだろう、地面に落ちた画面の割れたスマホがきらりと光を帯びて……。


「あれっ!? 画面なおった!? しかもなんならちょっと綺麗になってる!」


 魔法のような出来事に思わずスマホの方へ駆け寄った。


 一体何が起きてるの? これは夢? と頭を抱えてそのまま座り込み、何度も自分の頬をつねってみた。


「おい、おまえ」


 癖っ毛の少女の呼びかけに、しゃがんだままおそるおそる振り返った。


「なんかあたりが騒々しくなってきたんだけど、これってボクのせいか?」


「あたり……?」


 そのころあたりでは、先程の轟音を聞きつけた近隣住民が「なんだ! なんの音だ!」「あそこの家からだ!」「おいおい、警察か? 消防か?」と、パニックになっていたのだった。


「この程度で心を乱すとは人間は脆弱だな、ボクに感謝するがいい。今日のところは、な」


 癖っ毛の少女がもう一度指をパチンと鳴らすと、さっきまで想像しかった近隣住民の様子が一変。


「あれ、こんな時間に外に出て、俺どうしたんだろ」

「どうして私警察に電話しようとしたのかしら」

「なんで部屋着のまま飛び出したんだ?」


「な、なにが、起きて……」


「目撃者の記憶をちょーっぴり操作しただけだ。もともとこの家にはコレがあるものだ、という認識に変えておいたぞ」


「うちが世間からそんな数奇な目で見られることに⁉ いや、そうじゃなくて……」


「ところでおまえ、女、ここはおまえの家か? 名を名乗れ」


 癖っ毛少女は見下すような態度でそう告げる。


 そう問われた私は恐怖に震えながらも、声を振り絞った。


「朝比奈……月子…」


 さっきはでの雛姫ミカヅキは私の演じるVTuberの名前。本名は朝比奈月子。なんの変哲もない大学生。ちょっと自宅の庭に巨石が刺さってるだけの、なんの変哲もない……。


「ふむ、朝比奈月子。月子か。それは本名か?」


「そうです、けど……」


「そうか、月子。この世界に堕ちてくる時に落下予定地点から生体反応を感じたので咄嗟に異常を知らせる通信魔法を送ったのだが、受け取ってくれたか?」


「え……そんなもの」


 思い当たる節が……あった。


「もしかして、あのrの連打は……」


「いやあ、この世界の人間も言葉の理解できる種族で助かったよ。じゃないとこうして今、ボクと対等に交渉できないからなあ」



「あのコメント削除するのほんと手間なんだからね!!! とんだ放送事故だったよ! 私だけじゃなくてリスナーにも迷惑かけるんだから!!! あとモデレーターしてくれてる唯にもすっごい迷惑なんだから!!!」


「いや、え、どこでキレてるんだお前……」


 咄嗟に沸いた感情を、立ち上がって叫び倒したらなんだか冷静になってきた。


 いや、厳密には冷静ではないのだけれど、とりあえず巨石が刺さって、癖っ毛ロリが岩の中から登場して、なんかすげー力で記憶をいじってスマホを直して、それで……。


「ここをボクの新たな拠点にしようと思うのだ。よろしくな」


 家を乗っ取られようとしている。


「いや、あの、それは、ちょっと……。私一人の判断ではいささか了承しかねるというか……、お母さんもいるし……、それに君はどこからきたの? まだ小さいようだけど、こんな時間だし、早く家に帰らないとお母さんとお父さんも心配するんじゃ……」


 コミュ障の私でも、混乱すればこんなにも饒舌になるのかというくらい言葉が降りてきた。


「ボクに親も、帰る場所も、もうないよ」


 それまで威風堂々立っていた彼女が初めて、少し目を逸らしてそう言った。


 言ったというより、しっかりと意識してないと聞き逃してしまいそうな声でつぶやいた。声が漏れたという感じだ。


「それはどういう……」


「月子ちゃーん! なにがあったのー! って、あらまあ!」


 私が少女に色々問おうと口を開くと、タイミングいいのか悪いのか、お母さんがエプロン姿のままサンダル履きで庭へとやってきた。


「む、おまえ、察するに月子の母親か」


「あら! ずいぶんかわいい女の子! 月子のお友達? よかったら上がってってちょうだい!」


「え、ちょ、お母さ……」


「なかなか話のできそうな母親だな。では遠慮なく」


「ええっ!? 君もそんなっ!」



 我が母ながら、その図太さはどこから来るのか。

 ツッコミをする間もなく母はこの突如庭に降ってきた巨石から現れた癖っ毛の少女をなんの躊躇いもなく招き入れたのだった。


「片付けてないけどごめんね〜」


「かまわない。ちなみにボクは甘い飲み物じゃないと飲めない」


「甘いミルクティーでいいかしら〜」


 庭には巨石と呆然とする私だけが取り残されていた。


 改めて夢かどうかの確認のために頬をつねってみた。


「いてっ」

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