第3話 ルルル

 真っ赤な髪はくるりと可愛らしい癖っ毛。


 見た目はそうだな、背丈や顔つきは人間でいうと小学生くらいに見える。


 人間でいうと? 我ながらおかしな前置きと思うが仕方ないじゃないか。


 だってその癖っ毛からは日本のご立派なツノが生えているのだから。


 これ本物よね……触ったら怒られるかな……。


 庭に突如現れた巨石、その中から出てきたこの少女は、今なぜか我が家に招き入れられ、そしてどうしてか私の部屋のベッドの上で仁王立ちしている。


 なぜ? なぜ客人のこの子がベッドの上で偉そうで、私は地べたに正座なの?


「あの……」


「なんだ」


 少女がぎろりとこちらを睨む。


「ミルクティーです。クッキーもどうぞ」


「うむ、ありがとう」


 って違ーーーーーーう!!!


 私はなにこの小さい女の子にビビってるんだ! 明らかに人間じゃないから!?


「自己紹介がまだだったな」


 ベッドの上でさらに胸を張って彼女は続けた。


「ボクの名はルフレイア・ルーナ・キルッシュ! 常闇を統べる魔王・キルッシュ帝の一人娘にして、次期魔王筆頭候補! 強大な魔力・権威・財を持つ、魔界の者なり!」


 ……。


「えっと……。るふれ…るなっし…」


「ボクの名前が偉大すぎてまともに言えないだろう、月子よ」


 いえ、長くて聞き取れなかっただけです。 


 その名前の長い少女はベッドからひょいと床におりて、私が差し出したクッキーに手を伸ばした。


「いろいろ話すと長くなるからざっと要件だけ言おう……。ん! なんだこのクッキー! めっちゃうまい! ボクこれ好き!」


 要件はどこへいったのだ、早速。


「気に入ってくれてよかったわ〜」


 いつの間にか私の部屋の扉をあけて、その入り口に立っている母が嬉しそうに頬に手を当てていた。


 自慢じゃないけど、私のお母さん、甘いお菓子を作るのはとっても上手なのだ。


「月子の母が作ったのか! 気に入ったぞ! また焼いてボクのところに持ってくるがいい!」


 何様のつもりだ、初対面のくせに。


 するとお母さんはさっきまでの嬉しそうな表情を一気に曇らせてこう言った。


「それより、えーっと、るふれ…えっと、るーななんちゃら…」


 深刻そうな表情の割に名前は覚えてないんかい。台無しだよ。


「ルフレイア・ルーナ・キルッシュだ!」


「うーん、じゃあ、ルルルちゃん!」


「へぁ?」


 少女の口からこれまでの威勢が一気に抜けた、なんともお間抜けな声が漏れた。


 ルフレイア・ルーナ・キルッシュ、略してルルル……。


「なんだその略称は! ボクを侮辱してるのか!」


「いいじゃん、ルルル」


「月子までそんな名前で呼ぶな!」


「そんなことより、ルルルちゃん……」


「そんなこととはなんだ、月子の母! クッキーを焼くセンスはあってもネーミングセンスは皆無なのか!」


 我が家への突然の訪問者、いや侵略者(?)、ルルル誕生の瞬間だった。


「その格好、ずいぶんいい素材に見えるけどかなり汚れてわね……。ここにくるまで苦労したんじゃない? それに髪も、折角の可愛い癖っ毛なんだから、お手入れちゃんとしないと」


「へ、いや、確かにこれはミファーが仕立ててくれた良い服だが……」


「月子の小さい頃の服ならはいるかしら。私出してくるから、月子、ルルルちゃんをお風呂に入れてあげなさい」


「いや、ボクは……」


 確かにルルルのゴスロリドレスは汚れていた。


 泥んこ遊びをして汚れたとかじゃなくて、明らかに長い間放ったらかしにしていたような。


 それに髪の毛も、どうみてもキシキシだ。とても傷んでいる。


 それに、さっきのルルルのセリフが脳内を過ぎる。


ーー親も、帰る場所も、もうないよ。



◇◇◇



「ああぁ〜〜〜〜。シャワー気持ちえええええぇぇぇ」


 別に可哀想だと思ったからとか、この家を拠点にすることを許したとかそういうわけじゃない。


 もちろんお母さんに言われたからというわけでもない。


 なんとなく、放っておけなかっただけだ。


「月子、お礼にボクの髪を洗うことを許可しよう」


「許可なくても洗うから」


「なんだと、ボクの髪はミファー以外触れることを許されてなかったんだぞ! ……ああぁ、そこ、そこかゆい」


 しゃこしゃこと赤い癖っ毛を洗いながら、せっかくだし色々聞いてみようと思った。


「このツノ、本物?」


「本物だよ。言っただろ、ボクは魔王の娘、つまり魔族だ」


「そんなものこの世界にいるとはねえ」


「この世界にはおらん。ボクは別世界、魔界から堕ちてきたんだ」


「堕ちてきた?」


 思わず聞き返してすぐ、失敗した、と感じた。


 シャワーの蒸気の隙間から鏡に映るルルルの表情が沈んだのがわかる。


「ごめん、嫌だったら答えなくても……」


「ボクは魔王の娘として、一度も屋敷を出ることなく育てられたんだ」


 私に髪と体を現れながらルルルがここへやってきた経緯について話してくれた。



◇◇◇



 その日、ボクはいつも通り過ごしていた。


 部屋でミファーの入れてくれた甘いミルクティーを飲んでいたときだった。


 ミファーっていうのはボクのお世話メイドのことなんだけど、まあ今はいい。


 どこかからお父様の叫び声が聞こえたのだ。


 ミファーと手分けして屋敷中を探したのだが、ふと外を見るとお父様と謎のフードを被った騎士が対峙していたんだ。


 その日ボクは初めて屋敷の外に出た。


 本当は禁止されていたんだ、ボクは大事な一人娘、魔王継承第一候補、そのために二〇年間安全な屋敷で育てられていたんだから。


 だけど、直感した。お父様が斬られる、と。


 そう思うと体が勝手に窓を突き破っていた。


「来るな! ルフレイア!」


「お父様!!」


「魔王! 覚悟!! くらえ! クイーンナイト・ハーツセイバー!!!!」


 めっちゃダサい必殺技を叫んでその騎士はお父様に向かっていった。


 その声は女だった。ボクは一生忘れないと思う。


 剣はお父様を貫き、そして魔界中の魔素を安定させる力のある宝石を砕いたんだ。


 すると魔素が暴走して、ボクの足元が崩れ落ちた。そのまま魔界は崩壊しただろう。


 咄嗟にやってきたミファーがボクをあの巨石に封印してくれて、なんとか助かったんだけど……。



◇◇◇



 いつの間にか私はルルルを洗う手を止めてしまっていた。


 小さく震えるその肩はさっきまでの威勢もなく、そして怒りや憎しみでもない、悲しみを表していた。


 話を聞くに、その魔界という故郷が無くなって、お父さんも、ミファーというお世話係もおそらく。


 帰る場所がないとはこういうことだったのか。


 色々考えていると、急に私の中のなんとも言えない感情が込み上げてきた。


「……っ! おい、月子! なにしてる! 裸で急に抱きつくな!!」


「がんばったんだね、ルルル。頑張って耐えて、ようやくうちに辿り着けたんだね」


「その名で呼ぶな! 抱きつくな! 胸を押し当てるな! ボクへの当てつけか! ボクはまだ成長期が来てないだけ……ああっ! シャンプーが目に! 早く流してくれ月子〜〜〜!!!!」



 そんなこんなで魔王の娘の居候ができました。



 ところで……


「二〇年お屋敷にいたの?」


「そうだが」


「え、何歳?」


「二〇歳」


「……えええ!!! こんなに小さいのに!? ハタチ!?」


「うるさい! ちいさい言うな! おい、どこを触ってる! ボクは別に小さいのは気にしてないからな!!!!」

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