第4話 雛姫ミカヅキと私
「月子と裸の付き合いでなかなか良い話ができた。ボクの裸を見れるのはミファー以外にいないのだから、光栄に思え! それにこの月子のお古の寝巻きもなかなか可愛らしいデザインだ、気に入った! ボクが貰ってやろう」
「そりゃよかったわねって……違ーーーーーーーう!!!!!!!」
「どうした!? 月子!?」
なんで私はルルルの心配をしているんだ!
違うでしょ!
思い出せ月子! 私がルルルと出会う直前のことを!
お風呂から上がり、お母さんとルルルと三人で晩御飯を食べたあと、ルルルに私が小学生の頃に来ていた寝巻きを着せて再び自室に戻ってきてすぐ。
電源が入りっぱなしのデスクトップパソコンを見てハッとした。
寝巻きを相当気に入ったのか、ベッドでごろごろする魔王の娘、ルルルを尻目に私はモニターに齧り付いた。
「うわああ……やっぱりだ……」
ツブヤイッターでサーチする言葉は「雛姫ミカヅキ」「ミツ姫」「雛姫」。
そう、エゴサだ。
そのどれを辿っても、予想通りの書き込みがされていた。
『雛姫ミカヅキの配信の最後やばくね?』
『鼓膜ないなるくらいの爆音だったんだけど』
『ミツ姫の自宅、治安悪い説』
『あれは台パンだよ』
『てか普通に心配なんやけど』
『【悲報】VTuber雛姫ミカヅキ、謎の轟音と共に配信終了、その後音沙汰なし』
個人勢Vといえど、登録者はこれでもありがたいことにもうすぐ8万人。
こんな私の配信でもこれだけの人が気にしてくれているのだ。
さっきまでの耐久配信だって、「まーたミツ姫が頭のおかしい耐久してるよ」と言われるくらいには注目されていた……。
ちなみにミツ姫とは、雛姫ミカヅキを略して、という私愛称のことです。どこで誰が最初に言い始めたのかはわからないけど。
そんなことはさておき。
「ああ〜〜、忘れてたよ……。ルルルのおかげでこんな騒ぎに……」
「なになに? ボクのおかげ?」
餌をもらう前の犬のようにベッドからするすると近づいてくるルルル。随分と懐かれたものだ。
「あのねえ、褒めてないのよ、別に」
さて、言い訳を考えなくてはならない。
正直に「魔王の娘がふってきました!」と答えるか? いや、この場合正直なんだけれども、一般的にあまりに奇天烈で私に新たな変なキャラがついてしまうかもしれない。
かといって、あの轟音、リスナー側にどこまで聞こえたかわからないけど、ちょっとやそっとの出来事では有り得ないくらいの大きさのはず。
てきとーにマイクもPCもモニターも一式全部ひっくり返ったって言っておいて、明日から何事もなく配信してば忘れてくれるだろうか……。
「ああ、もう切り抜き動画も上がってるよ……。なになに『内なるゴリラを解放させて配信を切る雛姫ミカヅキ』? どんなキャラだよ……」
私はわかりやすく頭を抱えた。
「なあなあ、月子」
ふと横を見るとルルルが齧り付くようにモニターへ寄っていた。
「ここに映ってる姫のような茶髪の人間は誰だ? いや、これは絵か?」
「ああ、えっと、これは、ある意味私なんだけど……」
「これが月子か!? こんな地味なツラしたお前がコレか!?」
「地味で悪かったわね! あのねこれは……」
雛姫ミカヅキ、17才。
格式を重んじるお城での生活に嫌気がさして城を抜け出し、花園にぽつんと建つ木組のお家で暮らしている姫。
とても明るい性格で、すぐに誰とでもお友達になれる不思議な子。
「……え゛?」
なにさその顔! 何か言いたいことがあるなら言いなさいよ!
と、詰め寄りたいけれども、そりゃそうよ。
別に魔王の娘であるルルルじゃなくても、普通の人ならそういう反応をするはずだもの。
「一体どこに月子の要素が……」
はあ、と一つため息をついて、そういえばまだルルルには私についての名前以外の自己紹介をしていなかったことを思い出す。
◇◇◇
私は、朝比奈月子。大学二年生、二十歳。今年二十一歳。一応ルルルと同い年に当たるのだ。
普段は平凡な偏差値の大学に通う、特にサークルもバイトもしてない、友達も少ない、彼氏は欲しい(アテ無し)女子大生だ。
見た目は、そう、ルルルも言った通り地味。黒髪ロング、特に巻いたり染めたりもしてないし、服装もぜんぶ格安ブランドの動きやすくて着やすいそれだ。
そしてバイトはしてないけれど、収入源はある。
高校生の頃から始めたVTuberとしての活動だ。
動画サイト私が高校生にあがり立てのころに俄に登場した通称Vやライバーとも呼ばれる彼、彼女らは、イラストや3Dモデルを使って、その「キャラクター」として配信や動画活動を行っている。
当時から地味だった私にとって、それはめちゃくちゃ華やかな世界に見えた。
自分もそこに行けば夢が見つかれれるに違いない。
いくらか大きなグループの募集に挑んだけれど、面接まで漕ぎ着けることさえほぼ無かった。
VTuberに何が求められているか、そんなものずぶの素人、ただのオタクには全くわからなかったし、夢を持って応募するその他大勢の人と違って、私はただ入って、それから夢を見つけたいというこの意識の差はどうやら致命的だったようだ。
そんな折、学校で私がなんとなくVの動画を見ているところを、クラスでも人気者の女の子に見られてしまった。
彼女はいわゆる陽キャで、私とは住む世界が違うと思っていたのだけれど、そんな彼女がこう言ったのだ。
「朝比奈さんも、V、興味あるの?」
聞けば彼女は将来イラストレーターとして食っていきたい、という夢を持っていたそうだ。
彼女がまさかこんなサブカルに興味があって、しかも詳しいとは思いもしなかった。
いくらか会話をするようになってから、私はこんな提案をされた。
「じゃあさ、私が月子の絵を描くよ! 動かし方とか、機材とか一緒に調べてやろうよ!」
◇◇◇
今では腐るほどいるVTuberの中でもありがたいことに登録者がいる方ではあると思っている。10万人という数字も始めた頃は妄想だったのに、もうあと少しのところまで辿り着けている。
「ふうん、なんか面倒な仕事? をしてるんだな、月子は」
「やりたくてやってるから、楽しいよ」
「だから、このドアに『作業中』ってふだを掛けてる時は絶対に入ってきちゃダメだからね! 配信してたり打ち合わせしてたりだから、ルルルの声入っちゃうから!」
「わかったよ。まあ、この家を拠点にする許可を得たとはいえ、こんな部屋ではボクの心が休まらないから……」
というと、ルルルは寝巻きのまま窓から庭へと飛び降りた。
「えっ! ちょ!」
「このくらい大丈夫だ! 確かにこの世界では魔力は相当削がれてしまっているが、そこらへんの人間の何倍もタフにできてるよボクの体は!」
二階にある部屋の窓から覗き込む私をを見上げてルルルは自慢げに胸を張った。
「ボクはここで暮らすから、用のある時だけ呼びにくるといい!」
「ここって、え、その岩の中で!?」
「ただの岩じゃない、この中はボクの魔界での暮らしを完全再現した部屋になってるんだ! 空間がなんたら……とミファーが言ってたかな。まあいい、だから気にするなー!」
庭に巨石が刺さっていて心配するな、なんて無理なんですが……。
あと岩の中が空間がなんちゃらでって、また気になる謎を残していったなルルルは……。
◇◇◇
ーーコンコンッ
「……んっ、なあに、おかあさん?」
「ボクだ……」
「……え、ルルル? どうしたの、ど深夜に。もう寝たかと……」
「……さみしくて寝れない。ボクと一緒に寝てくれ……」
魔王の娘とベッドイン。こうして私の、私とルルルの新生活がスタートしました。
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