第1話 放送事故
「っというわけで!! 閻魔城ヴァンパイア全クリ耐久配信これにて完結ッ!!」
ピンクのヘッドセットを付けた頭をゆらゆら左右に揺らしながら、私、雛姫ミカヅキは叫ぶ。
目の前にふたつ並んだモニターの隅っこに流れる文字列はどれも私を労うようなものばかり。
それらがこの圧倒的達成感をさらに加速させる。
ーーおつ!
ーーおつかれさま!
ーー寝て起きたらまだやってたよ……
ーーおつひめ〜
ーーナイスぅ!
ーーリアタイできて良かった
「みんなも長時間ありがとね〜! スパチャもありがとう〜! 本っ当にしんどかったんだけど。なんか、これ明日変なとこ筋肉痛になりそうだわ〜。みんなも体調気をつけてね!」
ーー腱鞘炎じゃね
ーーおつひめ〜
ーーrrr
ーーミツ姫もゆっくりやすんで〜
ーー俺もずっと寝ながら見てたから筋肉痛になりそう
ーーrrrrrrrrrrrrrr
ーーわいニート、体壊しても支障なし
「なんかねえ、がっつりゲームしたの久々だけど、やっぱいいねえ。来週もなんか新しいのやりたいなあ」
ーーおっ、ミツ姫のゲーム配信期待
ーーRPGで迷子になる未来が…
ーーrrrrrrrrrrrrr
ーードラゴンハンターの新作おすすめ
ーーお?耐久か?
ーーrrrrrr
ーーrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
ーーなんか荒らし沸いてね?
はあ……、とマイクに拾われないように小さく息を吐いた。
誰ですか、このアルファベットのrを連投しているコメントの主はっ!
せっかく平和的に楽しく何時間もゲームクリアまで耐久配信してたのにっ!
こんな最後の最後でコメント荒らされて、放送事故もいいとこじゃない!?
声にならないように気をつけながらも、やはりイラつきを隠さずにはいられなかった。
しかし一方、画面に映る私はそんな「生身」の私のイラつきを全く感じさせず、大きな蒼瞳をキラキラと輝かせている。
「生身」の顔には眉間にしっかりと深い溝ができているのに。
せっかくの可愛い顔に……いや、可愛い顔なのは「画面の中だけ」か、なんて自虐を心の中でひとつ浮かべて、手元ではちまちまと、この謎の「r」コメントをひとつひとつ削除する作業をこなしていた。
雛姫ミカヅキのような個人勢のVTuberにこういった意味不明なコメントが大量に流されるのは非常に大変誠に迷惑なものである。
大手の企業所属ならスタッフがいたり、もっと有志の方がいて即座に削除してくれるのになあ、とぼんやり考えながら、配信のしめの言葉を考えていたところだった。
ーーコメ欄空気わるくね?
ーーrrrrrrrrrrrrr
ーーrrrrrrrrrrrrrrrrrr
ーーrrrrrr
ーーrrrrrrrrrr
ーー荒らしはだまってブロック
ーーrrrrrrrrrrr
ーーほな寝るわ
徐々にリスナーたちも異変に気づいてきていた。
だめだ、手が回らない!
謎のコメントに気を取られることなく配信しつつ、手元で削除なんて、いつもみたいにちょっとだけならまだしも、こんな数一気に来られるとダメ! 間に合わない!
私はシンプルに焦った。
猫の手でも、ゴリラの手でも、魔王の手でも借りたいくらい!
こうなったらやはり元を断つのが最善策と開き直った私は、マウスカーソルをスススっと動かした。
「それじゃあみんな、長い時間見てくれてありがと! 明日はおやすみで、次の配信は……」
その時。
ドゴオオオオオオオォォォォォッ!!!!!!!
「……!?」
ーーなんだっ!?
ーー台パン!?
ーー台パンたすかる
ーー鼓膜ないなった
ーーえ、大丈夫?
それはヘッドセット越しでも鼓膜を貫くような轟音だった。
いよいよ本格的な放送事故じゃん!
一瞬で非常事態だと理解した私は即座にピンクのヘッドセットを外して、マウスを操作、「ストリーミングを終了」と書かれた赤いボタンをクリックした。
リスナーにあらぬ混乱を招くだろう、あとでツブヤイッターで適当な言い訳しなくちゃなあ、と反省しながらゲーミングチェアから腰をあげて急いで部屋の窓を開けて外を見る。
音の正体を探す手間は一切無かった。
父が死ぬまでローンで苦労して建てた二階建て一軒家の庭に一トントラックくらいのおおきさの巨石が埋まり込んでいた。
「なにっ、これっ! 隕石?」
巨石からは蒸気のようなものがぷしゅーと音を立てて出ていた。
漫画やアニメでよく見る隕石の、そのまんまのイメージである。
隕石だったらこのあたり一体クレーターになって私もろとも吹っ飛ぶはず……。
どこから飛んできたのか、そもそも一体この巨石が何なのか。
全く理解が追いつかないが、恐怖という感覚より先に好奇心がまさったのだろう、部屋を飛び出して階段を駆け降りていた。
私はどうやら巨石を直接近くで見に行く気だ。
我ながら人間の好奇心というものは恐ろしい、とは感じていたけれども、気づいた時には玄関でスニーカーに足を通していた。
「月子〜、大丈夫〜? 何の音〜?」
玄関へ向かう途中、台所から母の呑気な声が聞こえてくる。
あの轟音に対してそんな箪笥の角に小指ぶつけましたか程度のクエスチョンで済むなんて、ずいぶん強心臓な母であった。
娘も巨石を直接見に行こうとするあたり、母に似ているのかもしれないのだけど。
しかしそんな娘、私も玄関を開けてようやく怖気付いた。
あたりに立ち込めるのはのどかな住宅街に吹く夜風ではなく、なんとも禍々しいじめっとした空気だった。
心なしか夜空も濃い紫のように目には映っている。
一歩一歩が深い沼に足を取られているかのごとく、重かった。
玄関を出て、ぐるりと庭に回り込んでみた。
巨石はちょうど庭につきささるような形で存在していた。あの形状からして三分の一くらいは地中に埋まっていそうな感じがする。
警戒しながらそれに近づく……。
なによこれ……。
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