第15話 水着回の予感

「ほんと最近一気に暑くなってきたよね。じわじわくるんじゃなくてある日いきなり猛暑ってかんじだから、外出るにも服装がさあ」


 なんて他愛もない雑談へと進行する今日の配信。


 とくにやることもなく、だけれども何もしないのもパッとしないのでとりあえずリスナーと話すだけの時間を小一時間設けたのである。


 ところでルルルとの絡みが配信上でも多くなった影響を最近は痛烈に感じる。


「暑すぎて滅ぼしたいくらい」


 なんていうよくある女子大生のひとりごとを配信でつぶやくようなものなら


『妹みたいなこと言うな』

『昨日ルルルも言ってたぞ』

『さすが魔王の姉』

『夏さん逃げて』

『これぞルルルの姉』


 というコメントが大量に流れてくる。


 まあ悪い気はしないよ?


 彼女のおかげでありがたいことに私の登録者もぐんぐん増えた。


 十万人さえも見えてきた。


 唯だって仕事がたっぷり増えて、次の雛姫ミカヅキの新衣装の相談も延期になったくらいだ。


 けれど。


 ある意味このルルルバブルはいつまで続くのだろうと、ぼんやりとした不安が最近は発生している。


 彼女は人間ではなく、魔王の娘。


 暗黒世界の復活とかいうとうてい私には理解できない目標があって、Vの活動はそのついでと言うか過程というか。


 ミファーと共に彼女が本当に暗黒世界を復活させたらどうなるのだろう。


 徐々に魔力を回復させているのなら、この世界を征服しちゃうんじゃあないだろうか。


 だからミファーはあの時私に「知るべきことではない」と言ったのかもしれない。


 だめだだめだ、変なことを考えるのは。


 一旦飲み込もう、今は配信中。


 なにかいいコメントを拾って気分を……。



『夏っぽいことしてたら暑さより楽しさが勝つよ』


「夏らしいことねえ……」


 天井を見上げて考え込む私に連動して、ミカヅキも顔を曲げる。


「あいにくそう言った類の人種ではないのですよ、私。ご存知の通り」



『知ってた』

『知ってた』

『知ってた』



「虫取りとか、祭りとか、海とか全然魅力にかんじないのよねえ」


『人多いもんね』

『クーラーとアイスだけでいい』

『そういうのは外国の文化』


「でも……」



 その時だった。


 ばあああんという大きな音と共に、部屋の扉が蹴り飛ばされた。


『!?』

『まさか!?』

『聞き覚えのある音が』


「は? え? ちょっと! ルルル!!!」


「海!!! 海に行くぞ!!!」


 扉を蹴破って登場したのはルルルだった。


 このやろう、懲りてねえな。


「ちょっとルルル! この配信中っていう張り紙見えなかったの!?」


「もちろん、見えた上で。ゴリラコラボってやつだよ」


「ゲリラ、ね」


「ゲリラかゴリラかゲバラか知らんが、いいから海に行くぞ!」


「なんで急に!?」


「ボクは気づいたのだ、魔力が回復してきてる今、このVとしての活動以外でなにか刺激を受ければさらに力が増幅されるのではないかと!!!」


「そんな理由!? なら一人で行ってきなさいよ!」


「……いやだいやだいやだああああ!!!!! みんなといきたいのおおおおおお!!!」




◇◇◇



 【ゴリラ】ルルル&ミツ姫姉妹、オフ海デート決定【魚さん逃げて】


 なんてタイトルのスレッドをスマホで見ながら、私はルルルの部屋の絨毯に座り込んでいる。


 はあ、というため息をわかりやすく吐いたが、それをかき消すように口を開いたのは唯だった。


「あのね、ルルルちゃん、海には恐ろしいナンパ男という魔物がいてね……」


「なんだそいつは。以前の世界では聞いたことない生物だな。どれくらい凶暴?」


「ルルルちゃんのロリで巨乳なその愛くるしいボディを狙って……」


「インキュバスのような存在か……」


「唯、変なことこれ以上ルルルに吹き込まないの。それになんでここにいるわけ?」


 呆れて口を挟んでみた。


 どうやら唯はルルルから直接海へ行くことに誘われたそうだ。


 最初は唯の変態的行動から逃避していたのに、いまではすっかり信用できる仲間、いや従者になっているようだ。


「ルルルちゃん! 海に行くならこんな水着はどう!?」


「なっ、これは、ほとんど隠れてないじゃないか!」


「それがいいんだよぉ!」


「寄るな変態!」


 いや、あんまり変わってないのかも?


 それより……。


「ミファーも来てたんだね」


 私と唯がルルルの部屋に入るときにはすでに、ミファーが椅子に座っていたのだった。


 まあ、彼女も呼ばれて当然っちゃあ当然なのだけれど。


「一緒に海に行ったのちに、皆で行ってきました報告配信と言うような形でコラボさせていただければと考えております」


「なるほど」


 結局いつミファーとコラボするかまでは決めていなかったから、ちょうどいいタイミングではある。


 ルルルを制御できる人は一人でも多い方がいいだろうし。


 しかしミファーの水着姿は直視したくないがなあ……。


「あの、月子様? 私の胸になにかついてますか?」


「いや、なにも」


 ついてますとも、大きなスイカがふたつも。



 唯が体を伸ばしながらこう言う。


「四人で海かあ、大学生っぽくて楽しみだね!」


「唯様はお仕事は大丈夫なのでしょうか?」


「ああ、大丈夫大丈夫! 一旦もうすぐ落ち着きそうだからね! それに水着美少女の観察は創作に役立ちそうだし!」


「エロい目でボクを見るな!!!」


 


 ま、たまには配信のことは忘れて、楽しむのも悪くはなさそうだ。


 配信のことも、暗黒世界がなんたらかんたらってことも私は一旦忘れておきたいきがするし。

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