第14話 ヒントはいかがでしょうか
VTuberミファー・ラヴ・ライラック、登録者はなんと10万人。企業未所属の個人勢。
歴としてはルルルより少し早く始めたそうなのだが、脅威の速さと言っていい。
その理由は……。
「え、えーえすえむあーる?」
舌を難しそうに使って復唱するルルル。
ミファー・ラヴ・ライラックこと愛内深冬ことミファーは、このありったけの母性を存分に堪能できるASMR配信で一気に人気を得たのだった。
「でもいくらかアーカイブは消されちゃいまして。運営は童貞なんでしょうか」
なかなかに際どい内容だった。
それにしても魔族の娘とその世話係が揃ってこの世界に出現して、揃ってVを始めると言うなんとも奇妙な事態に出くわしてしまった。
こうなってくるとまだまだ本当に異界の者がやってるVも存在するんじゃあないだろうか。
なんてね。
「ミファーもボクと同じで暗黒世界の復活のために配信をやってるのか?」
「いいえ、私は……。そうですね、趣味です」
少し含みを持たせるような間が私は気になった。
「ボクは頑張って配信をしてるんだ! その証拠にちょっとずつ魔力が戻ってきてるんだよ!」
「そうですか、さすが……ルルル様」
「ちょっと! ミファーまでそのあだ名で呼ばないでよ!」
「可愛かったもので、つい」
ミステリアスな雰囲気は終始漂っているけど、優しそうで、いい人そうだな。
こうやって知り合いにも出会えたんだし、ルルルの気持ち的にもだいぶ楽になって、変に魔界復活だなんだってヤッケにならずに日常を送ってくれればいいのだけれどなあ。
「ボクはちょっとトイレにいってくる」
「はいはい」
「いってらっしゃいませ、ルルル様」
……。
き、気まずい。
友達の友達と二人きりになるこの気まずさったらないね……。
「月子様」
口を開いたのはミファーだった。
「まずは、ルルル様の面倒を見てくださってありがとうございます」
この際だ。気になっていることを全部聞いてやろう。
「……うちにルルルがやってきたのは、ミファーがそうさせたの?」
「それは全くの偶然です」
「”それは”ねぇ……」
再びしばらく間をおいて、ミファーがくすりと笑いながら話し始めた。
「月子様は色々鋭いですわね」
「そう? 気にしいなだけだよ」
「どうして私が無事なのか、どうしてルルル様の魔力が少し戻ってきているのか、どうして暗黒世界は崩壊したのか、どうして……」
「ちょちょちょ、心を読まないでよ!」
「心は読んでません。推察しているのです」
探偵ドラマをみているような気分になる。
「ルルル様は箱入り娘でしたので、色々知らなさすぎるのです」
「そう育てたのは魔王なんじゃないの?」
「まあ、そうなのですが」
「なにか一つだけでも教えてあげたら? ルルル、ムキになっててさぁ」
「それはルルル様自身がいずれ自分の力で見つけなくてはいけません」
「そういうもんかねえ」
「それと、月子様が知るべきことでもありません」
ミファーの顔つきが変わった。
魔族の顔だ。
確かに良く考えてみれば、私はこの世界のなんの力の無い大学生で、そんな私が暗黒世界についてなにか知ったとしてなにができる?
むしろ、知ってはいけないことを知ったとしたら、というリスクの方が大きい。
私には魔力もない。
「殺されるかもしれないってこと?」
私はさらにその先の最悪な結末を聞いてみた。
「ルルル様は魔王です。私も魔族です。本気を出さなくても月子様を消すにはデコピンで十分です」
強すぎるだろさすがに。
しかし、この世界のなんの変哲もない喫茶店に座るおっぱいのくそでかい女性は、確かに今、人を殺せる魔族の目をした。
「ですが、私は鬼ではありません」
鬼と魔族のどっちがやばいのか、なんてのは今考えることじゃあない。
「ヒントを差し上げます」
「ヒント?」
「私もこの世界にきて、魔力を大幅に失いましたが、今はある程度復活してきています。ルルル様より魔力の保有量は今は多いです」
「ルルルと同じこと言ってるなあ」
「それがヒントです」
ヒントというより状況説明なんじゃないか、というツッコミを飲み込んだ。
「おーい! ミファー! このドリンクバーってやつはどうやるんだ?」
トイレから戻ったルルルはそのままドリンクバーのエリアで手を振ってミファーを呼び寄せた。
「まったく、そちらは別料金ですからね〜」
優しい顔に戻ったミファーがルルルの元へと歩いて行った。
その日、結局三人で後日機会があればコラボ配信をしようというざっくりとしたまとめで解散となった。
日程まで決められなかった原因は、私だ。
びびったのだ。
もう少し、気持ちが落ち着いたら、あるいは、仲良くなれたら。
コラボ配信はそれからでいいかな、と思った。
◇◇◇
その晩。
寝付けなかった私はスマホで動画サイトを開く。
ルルルはまた酒飲み配信か。
魔族の肝臓どうなってんだよ。
と、思いながらさっきチャンネル登録したばかりの配信者の動画をタップした。
【ASMR配信】魔族のお給仕で癒してあげます♪【ミファー・ラブ・ライラック】
イヤホンを両耳に装着して早速。
…………。
とても言語化できるようなものではなかった。
なんというか、うん、私が男だったら興奮していただろう。
いろいろ欲求を掻き立てられてしまいそうだった。
一言で、エロい。
ミファーはただの魔族じゃなくて淫魔じゃないのか? なんてね。
コメント欄ではミファーの囁きや耳かきにメロメロのリスナーが溢れかえっている。
ふと、ミファーのセリフを思い出す。
「私もこの世界にきて、魔力を大幅に失いましたが、今はある程度復活してきています」
ルルルも、ミファーも。
共通点はなんだと考えた時に、Vとしての活動しか思いつかなかった。
もしかして登録者数が魔力の回復に?
そんなシステム的なものなのか魔力って……。
ただ、ミファーの方がルルルよりもチャンネル登録者数が多い。
「ルルル様より魔力の保有量は今は多いです」
この発言も納得が行く。
けれど、どうにも腑に落ちない。
なんだかなあ。
もやもやしながら、私はそのまま眠りについた。
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