第16話 実はうっかり屋さんでは?

「海だーーーーっ!!!!!」



 勢よく砂浜を駆けるルルルと唯。


 たわわに実った二つの果実は私にとって毒だ。


「ルルル様、お待ちください!」


 二人の後を追っかけるのは、彼女らよりもさらにひとまわり大きな実をぶら下げたミファーだ。


 私はできる限り露出の抑えた地味目……いや、シンプルな水着でラッシュガードを上から羽織り、パラソルの下で腰を下ろした。


 ってか、いつの間にかミファーもルルル呼びになっているじゃないか。


 放送事故すれすれのコラボからリスナーからもあいつのことをルルル様と呼ぶようになってるし、そのことを最初は拒絶していたルルルもすっかり受け入れてしまっていた。


 魔王の娘といえども、大衆に流されてしまうものなのだなあ。



「おい、月子! なに座り込んでるんだ!」


 顔をあげるとルルルが一人でこちらに戻ってきていた。


 薄桃色の可愛らしい水着だ。


「なにって、暑いじゃん」


「ボクと一緒に暗黒世界復活のための調査をしないのか?」


 こんな地球の海に暗黒世界復活のためのヒントがあるわけないだろ。


「ルルルちゃん、あの小屋を見てごらん」


 ぽん、とルルルの肩に手を置いたのは唯だった。


「なんだ、唯。あのボロい小屋になにかあるっていうのか?」


「あれは海の家……」


「海の……家?」


「あそこにはさいっこうに冷えたビールと、さいっこうに味の濃い焼きそばが……」


「なんだと!! それは調査せねば行けないなあ!! 行くぞ唯!!!」


「そうこなくっちゃ!!」


 走り去る二人。元気だなあ。


 まだ全然海で泳いでないのに、もう食べ物とビールかよ。


「月子様はお気づきですか?」


「ミファーさん?」


 ミファーさんは今回はルルルのあとを追いかけることなく、私の隣に腰かけた。


 何度見ても凶悪な胸である。


「海ではルルル様は暗黒世界に関して、あるいはご自身の力に関して、なにの成果も得られないでしょう」


「知ってる」


「……ならば月子様も、お気づきになられているのですね」


「だから、気づいてるって、こんな海なんかで……」




「そう、こんな海なんかで、ルルル様を恐る、あるいは恨む念などひとつも無いでしょう」




「……ん?」


「ざっと見回した限り、ここにいる人間は皆、純粋に海を楽しみにきている連中がほとんどに思えます。一部、ナンパ男という魔物も確認できますが、彼らは虫けら以下に過ぎない存在です」


 ひどい言い方だな、まあナンパ男に同情はしないけれど。


 それよりもいま、ミファーはなんて言った?


 ルルル様を恐る、恨む念? なんだそれは?


「むしろ私にとっては好条件かもしれません。ここにいれば私はみるみる魔力を回復できます」


「ミファーの魔力が回復……?」


「ほら、あちらの男性集団……」


 ミファーが視線をくべる先にはチャラチャラとした若い男の集団がにやにやしながらこちらを見ていた。


「おそらく私の体目当てでしょう」


「っぽいね。巨乳狙いのクズナンパ野郎だきっと」


「その雄の視線……雄の香り……雄の下品な念……それらが私の力になるのです」


「え?」


「あら、ルルル様から聞いてないのですか? 私は種族としてはサキュバスなのです」


 サキュバス。


 あれだ、えっちなやつだ。


「私は暗黒世界を出て、ルルル様と同じく魔力を失いました。ですが、この世界で雄のそのような念を感じることで、サキュバスの私は魔力を回復することができるのです」


 なにを言ってるかさっぱりわからない、ひとことも言葉を返せない。


「手っ取り早いのは、彼らを『喰う』ことなんですが、この世界では犯罪にあたるようですので、ルルル様と同じように配信活動を通じてそれらを集めることにしました」


 彼女が頻繁にやっている際どい内容にASMR配信の正体はこれだった。


 ミファーは自分がどうやって力を回復することができるかを知っていて、それを実践してきていたわけだ。




 彼女の話をここまで聞いて、私はようやく理解した。


「ルルルの力を回復させるには、恐怖、嫉妬の念……」


「そうです。月子様がどうやって気づいたかは知りませんが……」


 ミファーの変な勘違いのおかげで、勝手に教えられているのだけれど……。


 ひょっとしてこの人、うっかり屋さんでは?


「あの方は魔王の娘。いずれは魔王となるでしょう。サキュバスの私が必要なのが精気であれば、ルルル様が必要なのは魔王に対する恐怖、畏怖、嫉妬それら負の念なのです」


「ルルルはどうして知らないの?」


「大事に育てられてきましたから。誰かに恐れられ、妬まれというものを直接的に感じておられないのです。周りにいたのは私や魔王様のような、ルルル様を愛する人間だけでしたから。恐れられることの重要性に気づいていないのです」


「なるほど、なのかなぁ」


 まだ理解はしたけど、なんとなく納得はできない点がちらほらあるけれど、ひとまずそれらは飲み込んだ。


「VTuberなんてやって、その負の念が得れるとは思えないけどなあ」


「簡単に得れるじゃないですか。むしろこの世界では一番手っ取り早いと思って、最初は私も関心しましたよ」


「そ、そうかな?」


「そうですとも。現にルルル様の魔力は少しですが戻っています。原因に気づけばルルル様はあっという間に本来の状態、いや、それ以上に」


「それって、なんで?」


 ミファーは即答した。




「アンチ、ですよ」

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