第6話 幼女はいいぞ

「次の配信の始まり、どうするのさ、月子」


 あれから、ルルルは学校を探索したいと言って私たちとは別行動することになった。


 同じ授業のあった私たちはそのまま教室へと移動しているところである。


「大丈夫だよ、唯。しれっとしとけば、そのうち忘れるってみんな」


「あんな伝説の机破壊配信なんて言われてるのに?」


「はは……まあ、そのうち、ね……」


「私のところにもDMいっぱいきたんだから! 『ミツ姫が大変です!』って」


「ほんとごめん……迷惑かけた! 今度奢るから!」


 こうして普段は私も唯も普通の大学生なのである。


 すれ違う人もまさかこの二人がVTuberとイラストレーターだなんて微塵も思ってないだろう。


「昨日めっちゃおもしろいライバーの配信があってさ!」


「あれだろ、机破壊したやつ!」


 通りすがりの男子の会話に思わず口を噤んだ。


「ね?」


「ね? じゃないよ、唯。もう変なキャラはできるわ、魔王の娘がくるわ、庭に巨石ぶっささるわで、大変なんだから」


 ネット社会の恐ろしいところは、一回の過ちが永遠に残り語り継がれるというところだ。


 探したい情報も、探したくない情報も、そのどちらでもないどうでもいい情報も、すべてそこに残る。


 ネットを見てればだいたいなんとかなる。


 美味しい料理の作り方も、あの駅までの乗り換えルートも、くだらない事件、政治家のなんたら、スポーツにエンタメ、そんな世界で私は別の人格を得て生きているのだ。


 とても簡単にはいかない、ここまで本当に苦労した。


 教室にはいると、相変わらず生徒たちはやる気なさそうに思い思いのだらけっぷりを見せている。


「ところでさ、月子」


 席についてすぐ、唯が話を切り替えた。


「魔界? が崩壊してこの世界にやってきたのはルルルちゃんだけなの?」


「へ?」


 そういえばそうだ。


 確かルルルはお世話係に助けられる形であの巨石に押し込まれたんだっけ。


 てことは、他の存在、お世話係も含めてもう塵となってる可能性の方が高いんだけど、ひとつ気になることがある。


「ねえ、唯。敵の本拠地に乗り込んだ勇者は、敵のボスを倒したあとどうする?」


「うーん、RPGとかだと、元の国に帰って、国民から祝福されてハッピーエンド的な? 桃太郎とかもそうじゃん?」


「だよねえ」


 だとすると、ルルルの父を討ち取ったその女の騎士とやらは、自分が魔界にいながらどうして魔界を破壊したんだ?


 何か助かる手段を持っていた? いや、もしくは自爆覚悟で?


 でもルルルは人間と魔族はそんなに対立してないと言っていた。過激派による暴走か……。


「……出会って間もない幼女のことを、そんなに心配するなんて。ルルルちゃんに惚れた?」


「あいにく幼女に興味はない」


「幼女はいいぞ!」


 うるせ。




◇◇◇




 その日の帰り道。


 私はルルルの社会勉強に、と電車の乗り方を教えて二人で一緒に最寄りの六堂駅まで帰ってきた。


 やれ飛んだ方がはやいだの人が多くて酔うだの、いろいろ面倒だったけれど、今日だけで随分とこの世界の決まりを理解したようだった。


 とりあえずこのゴスロリドレスが異様に目立つのと、これを着ていると唯から猛烈なアタックを食う羽目になるということを学習したようで、帰ってからお母さんに私のお古を分けてもらえないか相談する、とのこと。


 西日が眩しい帰り道。


 私は気になっていることをルルルに尋ねた。


「ねえ、ルルル以外にこの世界に魔族とか、それに追随する連中がきている可能性はないかな?」


「低いだろうね」


 即答だった。


「仮にボク以外に魔族やあっちの世界の連中が来ていたとすれば、すぐにわかるはずだ」


「なるほど?」


「ボクみたいに突然現れたとか、変な目立つ格好をしているとか。その辺の魔族どもに姿を変えたり、この世界に順応しようとする力などない」


「居候の元箱入り娘の分際で随分えらそうに……」


「魔王の娘だから偉いの!」


 けれども言ってることは分からなくもない。私だって見ず知らずの世界、いや、もっと身近に考えて、海外にいったとして、現地で日本人を見かけたら頼りたくなるはずだ。


「これからそういう魔族が、助けてルルル様〜って感じでやってくる可能性はあるんじゃない?」


「どうだろうな。お父様やミファーならまだしも、そのへんの魔族は基本的に不器用だ。すぐに怪しいやつとして引っ捕らえられるか、食料が食えずに死んでいくだろうな」


「ああ、それと、お父さんを倒したっていう女の騎士は? 魔界と一緒に自爆したの?」


「知らん。けど生きているだろう。お父様が死んでも、ボクが生きているとなれば、魔界の復活の可能性があるんだ。その種を潰しにこないはずがない。だからそのうち会えると信じている。その時は……」


 ルルルの拳が強く握られる。


 唇も強く噛み締められ、必死に何かを堪えている。


 そりゃそうだ。


 実の父親を目の前で。


 年齢は二十歳とか言ってるけど、その辺の感受性は見た目相応なのかな。


「この世界ではそれは犯罪だよ」


「うまくやる」


「そういう話じゃないんだけど……」


「とにかく、いまはこの世界で情報収集だ」


「魔界復活のための?」


「もちろん! 生き残りがいるかどうかもその過程でわかればいい、とにかくボクは魔界復活のために色々調べなくちゃいけないんだ!」


 茜色の空に拳をつき上げるルルル。


「月子! この辺りで腕の立つ情報屋はいないのか!?」


「うーん……。ネット、かな」

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