第十七話「神様」

 運命の人が一目で分かればいいのに。

 人生の分岐点にしるしがあればいいのに。

 未来なんか見えなくても。

 君の心がこの目に見えればいいのに。






 〝なにも変わらないよ〟


 彩彩は僕にそう言った。


 「変わらないって…、そんなの分からない、じゃないか…」

 僕は力なく彼女に反論したけれど、本当は、彩彩の言う通りなんだろうと思った。

 いつも快活な彼女が端的に放った言葉の重みが、何よりも真実を語っていた。


 変わらないのだ。

 彼女の見た未来はきっと、なにも変わらないのだ。


 「ううん、分かるの」

 彩彩は容赦なく続けた。

 「信じてもらえないかもしれないけれど、私、ずっと見てきたから。ホントに百発百中だったよ、未来。だから全部分かるの。私の見た未来は変わらない。私が何をしても変わらない。誰に何を言っても変わらないよ。だから智也に言っても仕方がないかなと思って」

 「変わらないとか、仕方がないとか、そういうんじゃなくて…!」

 彼女はあくまで世間話を続けるような口調だった。その感覚の違いが、価値観の違いが、僕と彼女の埋められない溝のように広がっていいく。僕の思いが彼女に伝わらない。僕と彼女では次元が違うと思い知らされる。

 友達になれると思っていたのに。

 これじゃあまりにも遠すぎるじゃないか。


 「…まるで神様と話をしているような気分だよ」

 僕はそう呟いた。

 その言葉を聞いた彩彩の顔に、少しだけ影が差したような気がした。


 「私は神様じゃないよ。だけど」

 彼女は伏し目がちに「フフっ」と含み笑いをしながら、

 「だけど、私に未来を視せてるのは神様なのかもしれないんだって」

 と、そう言った。

 

 「…え?」

 「ほら、私を引き取ってくれた人、教会の人だって言ったでしょ?あの人が、そうだって。私は選ばれた子で、だから未来を見せてもらえてるって。そんな話、私は信じてないんだけどね」

 なんだそれ。〝あの人〟というのは、昨日メモに書いてあった高橋さんだろうか。僕のメモには〝不気味〟とか、〝怪しい〟とか書かれていいるけれど、そんな、信心深い人物だったのだろうか。

 「神様なんているの?それ、なんて宗教?」

 「さあ、分かんない」

 「今度は分かんないのかよ」


 僕はイライラしていた。

 「分かるって言ったり、分かんないって言ったり、どっちなんだよ。っていうか、未来が見えてるんなら、僕とこうして言い合いになることだってわかってたんじゃないのかよ。だったら最初から言ってくれればよかったのに」

 僕の言葉は止まらない。

 「全部見えて分かってるなら、せめて忠告くらいしてくれれば良いのに。そうしないで、神様なんてやつの言いなりみたいになって、知ってたよって言うだけかよ!そんな後出し、誰にだって出来るだろ!」

 僕は、自分が滅茶苦茶なことを言っていると、頭では気づいていた。でも止まれなかった。この気持ちの止め方を、僕は知らなかった。

 「こうやって僕が怒ることも、分かって待ってたっていうの!?」

 彩彩は黙って僕を見つめて、僕の言葉を聞いている。まるで僕が言うこと全てを、知っていたと言うかのように。


 そんな彼女の態度が、僕は気に入らなかった。

 僕も知らない僕の惨めさを彼女が知っているような気がして、気に入らなかった。

 


 「うん、分かってた。ごめんね」



 「………っ!!」


 彼女のその言葉で、僕の怒りは急に冷めた。

 怒りと一緒に、彼女に抱いていた名前も知らない色んな感情が、一気に温度を失っていった。



 ショックだった。

 彩彩は僕の惨めさも、卑怯さも、愚かさも、未熟さも、初めから全部分かっていたということが、何よりも恥ずかしかった。



 「…わかった。じゃあ、もういい」

 僕はなんだか泣きそうになって、病室を出ていこうとした。


 「智也…!」


 彼女に呼ばれて、それでも惨めで卑怯で愚かで未熟な僕は、足を止めてしまう。


 「また明日も、来てくれる…?」


 その言葉に、僕は嬉しさよりも、憤りを覚えた。

 分かりきった未来のことを、なぜ僕に問うのか、理解できなかった。

 だから僕は、惨めで卑怯で愚かで未熟な僕は、軽蔑を込めた軽口だけしか言えなかった。



 「またどうせ明日も決まってるんだろ」



 そう言って僕は、病室を後にした。


 ドアを閉める直前。彩彩は、僕よりも泣きそうな笑顔で、ただ、僕を見つめていた。






 僕は彼女を救えなかった。

 僕は全てを愛せなかった。

 僕は本当を変えられなかった。


 急に容態が悪化した彩彩は、最期の言葉らしいものを残すことなく、僕の前から去っていった。


 僕が彼女に最後にあげられたものは、軽蔑を込めた軽口だけだった。


 「またどうせ明日も決まってるんだろ」


 これが決められた未来だったと言うのであれば、彼女はそれすら知っていた上で、この結末を選んだのか。

 それともこれも〝神様〟の意志なのか。


 とにかく僕は、彼女に涙一粒残せなかった。


 そんな自分を、僕は肯定する。

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