第十話「友達?」
今ここにある日常を、誰しもが当たり前に、永遠に続くと思い込んでいる。
それは思い込みや現実逃避ではなく、一種の〝願い〟なのかもしれないと、たまに思う。
変わりたい所は変わってほしいと思う反面、変わらないで欲しいモノには変わらないでと願う。
変わってしまうと嘆く僕と、変わらないよと諦観する彼女も。
我儘に、他人任せに、不変と変化を、矛盾しながら願っていた。
10月22日。木曜日。
学校は今週一杯休む事になっているし、かと言って特段やる事も無かったので、自分の記憶についての確認も含めて、僕は今日も大江病院に来ていた。
僕の病状が変化した事を両親は相当心配しているようで、別に日常生活には何の支障もきたしていないと言うのに、僕は学校を休んでいる。記憶が無いので学校に対して特段思い入れは無いけれども、なんだろう、優越感というか背徳感というか、違うな、これはあれだ。謎の開放感があった。
大人のズル休みもこんな感覚なんだろうか。
病院の大きな自動ドアを通過して、受付に「045号室の北良さんの面会です」と伝えると「どうぞ~」と、ロビーの奥へと促された。昨日メモによるとここから先で僕はきっと道に迷うらしい。どうせ見取り図がどこか目立つところに貼ってあるだろうから、まさかそんな事はないだろう。045号室が第一病棟だという事は昨日メモに書いてあったので、この建物内であることは間違いなさそうだし、焦る事は無い。
そう思って奥の廊下へ進もうとした所を、
「あらぁ?智也くんかい?」
と、背後から声を掛けられた。振り向くとそこには、知らないおばあちゃんが、点滴のキャスターを左手で支えながら立っていた。
「やっぱりそう。こんにちはぁ」
「あ、えーっと。どうも。あー…」
「あぁ。そうだった、忘れっぽいって言ってたわねぇ、私よ、遠山よぉ」
昨日メモを取り出して確認すると、一昨日の職業体験で話をしたおばあちゃんだと書いてあった。肝臓の病気で入院中の遠山エツ子さん。僕の病気については話してある筈だけれども、どうやらこの人の中では〝忘れっぽい男の子〟程度の認識らしい。間違ってはいないけどさ。
「今日もお勉強で来たの?学生服じゃ無いけど…」
「ああいえ。今日は知り合いのお見舞いに来ただけです」
向こうは親しげに話しかけてくれているけれども、なんせこちらからすれば初対面なので、どうしても会話に温度差が生まれてしまう。覚えていないけれど、きっと今までもこんな奇妙な会話を、僕は何度も繰り返してきたんだろう。
「あらそうなの。お友達?入院してるのかしら?」
「そんな感じです。友達って言うほどじゃ無いですけど」
「何言ってるの、入院のお見舞いするくらいなんだから、立派なお友達じゃない。元気になると良いわねぇ。それじゃ、いってらっしゃい」
エツ子さんはそう言って、僕を追い越して廊下の先へと歩いて行った。
僕は少しの間、ボーッとしてエツ子さんの後ろ姿を見送って、それからコッソリと、北良彩彩の昨日メモに「友達?」と、書き足した。
僕は彼女を救えなかった。
僕は全てを愛せなかった。
僕は本当を変えられなかった。
急に容態が悪化した彩彩は、最期の言葉らしいものを残すことなく、僕の前から去っていった。
僕が彼女に最後にあげられたものは、軽蔑を込めた軽口だけだった。
「またどうせ明日も決まってるんだろ」
これが決められた未来だったと言うのであれば、彼女はそれすら知っていた上で、この結末を選んだのか。
それともこれも〝神様〟の意志なのか。
とにかく僕は、彼女に涙一粒残せなかった。
そんな自分を、僕は肯定する。
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