第十一話「まだ友達じゃない」
僕らは友達じゃない。
僕らは恋人じゃない。
きっと僕はこの世にある言葉で、僕らの関係性を定義したくなかったんだと思う。
僕らの関係性をそれでも言葉にするのならば。
〝智也と彩彩〟で、いいんじゃないかな。
「友達じゃねーのかよっ!!」
10分以上病院内を迷ってやっと辿り着いた045号室のドアをノックするなり、彩彩はそう言ってドアを少しだけ乱暴に開けた。
「…それも未来予知?」
「ううん、さっき見かけたから声かけようと思ったら、エツ子さんと話してるのが聞こえたの。友達じゃねーのかよっ!!」
彼女は僕の発言が気に障った様だけれども、無理して怖い口調になろうとしてるあたりが逆に可愛らしく思えたので、僕はもう少しだけ意地悪をする事にした。
「彩彩は友達の会話を盗み聞きするの?」
「だってまだ私たち友達じゃないもん」
「ええぇ…」
してみたが、支離滅裂な主張でいきなり出鼻を挫かれて逆に僕が少ししょんぼりしてしまった。
「落ち込まないでよ、逆に。これから友達になるんでしょ?」
「だったら僕が遠山さんに言ったことは間違ってないじゃん!」
「そこは前向きな発言を期待していたんだけどな~」
「み、身勝手すぎる…」
しかし彼女はその後、「ほんとはこの会話も覚えてたから、意地悪言っただけなんだけどね」とフォローした。いや、フォローにはあまりなっていないんだけれども、僕も同じ魂胆だったので文句は言えなかった。
「じゃあ今日から友達になる?」
「今の会話の中で友達になりたい要素無いけど!?」
「フフっ、酷いなぁ~」
彼女はそう言って、また含み笑いをした。
「とりあえず何冊か持ってきてみたよ」
僕はそう言って、先日彼女が読んでみたいと言っていた高校の教科書をベッド横のデスクに置いた。
「とりあえず初めに読みやすそうなのは、国語と数学と英語の教科書あたりかなと思って」
「ありがと。思ってたより小さいし、薄いよね」
「あんまり分厚いと生徒の学習意欲が削がれるからとか、かな」
「自分の話?」
「いや、僕は覚えてないよ」
「あっ、ごめんね」
「見てて面白い?」
「中身は初めて見るからね~。結構新鮮だよ」
「そういうものかな…」
「智也は何の教科が好きなの?」
「僕は歴史と、国語もちょっと好きかな。って、彩彩はもう知ってるんじゃないの?」
「うん、このタイミングで聞いてる未来が見えてたから」
「すごいロジックだな」
「すぐ慣れるよ」
「でも、あれ?なのに教科書の中身は初めて見たの?」
「うん、なんて言うのかな。月に2回くらい、眠っているときに未来が見えるんだけど、それって、私の目線じゃなくて、少し後ろからの第三者目線で見えてるの。勿論眠っている時間だけでこれから先起こる全ての事象を見ることは出来ないから、見える未来は完全にランダムね。だから、見たいと思った未来が見える訳じゃないし、目線的に見えないものもあるし、私がその未来で何を考えているかもわかんないよ。今のこの状況は見えてたし覚えてるけど、私が知っているのは、教科書を読んだっていう状況と、ここで交わした会話だけ」
「なんか難しい話だな…正直まだ半信半疑だけれど、そんな能力、悪用されそうだ」
「フフっ、もうされてるかもね~」
「今の含み笑いは怖すぎる!」
僕と彼女はそんな会話を途切れ途切れに交わしながら、二人で教科書を眺めた。
結局この日は、二人でお喋りしながら教科書をずっと読んでいた。
夕方になると彼女は検査の時間だと言って、僕に帰るよう促した。
「ねぇ、智也」
彩彩の病室を出るとき、僕は彼女に呼び止められて振り返った。
「明日も来てね。明日は、歴史の教科書がいいな」
彼女はそう言って、何もかもを見透かしたような含み笑いをした。
僕は彼女を救えなかった。
僕は全てを愛せなかった。
僕は本当を変えられなかった。
急に容態が悪化した彩彩は、最期の言葉らしいものを残すことなく、僕の前から去っていった。
僕が彼女に最後にあげられたものは、軽蔑を込めた軽口だけだった。
「またどうせ明日も決まってるんだろ」
これが決められた未来だったと言うのであれば、彼女はそれすら知っていた上で、この結末を選んだのか。
それともこれも〝神様〟の意志なのか。
とにかく僕は、彼女に涙一粒残せなかった。
そんな自分を、僕は肯定する。
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