第十二話「いつ死ぬの?」

 物語は進行する。

 彼女の人生も続いていく。


 死に向かって。











 その日から3日間、両親からの強い勧めもあり、僕は彩彩の病室へ教科書を持って通い続けた。

僕の記憶に関する病気については相変わらずで、彩彩関連の記憶以外は目が覚めると欠落してしまっていたが、彼女が一緒にいる場面の記憶だけは鮮明に覚えていた為、朝目が覚めて天井に大きく書かれている〝荻伏智也〟という名称が、彩彩が呼び掛けてくれていた僕の名前であると瞬時に理解できるようになっていた。佐伯先生曰く「連想ゲームの様に、繋がりを持った記憶が少しずつ定着していく可能性もある」らしく、積極的に彼女に関する記憶を残すようにと言っていた。


 彩彩は僕が持参した教科書をぱらぱらと捲っては気になる部分を熟読していた。時折内容について質問されれば分かる範囲でそれに答えもした。「文庫本とかじゃ無くても良いの?」と尋ねると彼女は「いい、飽きたもん」と、ぶっきらぼうに答えた。入院生活が長くなると、自ずと読書の時間が生活の大半を占めるらしい。彼女はスマートフォンを持っていたが、ゲームやバラエティ動画の視聴は、時間の無駄だと感じている節があった。


 3日間通い詰めて、僕は彼女から、彼女自身の話を聞いた。

 彼女は生まれつき心臓の病気で、5歳の頃から入退院を繰り返していた。保育園や学校に通った事は一度も無く、発作やそれに近い症状が出る度、長期の入院を余儀無くされていたらしい。今回は大きな発作が出た訳では無いがまだ容体が安定せず、入院して4か月が経過しているにも関わらずまだ退院の目途は立っていない。

 両親は物心付く頃には他界しており、現在は隣町にある小さな教会の管理人が保護者となっているが、その人物(彩彩は終始その人物を〝あの人〟と呼称していた)は、週に一度入院生活に必要な着替えやら何やらを持って来るだけで、親子の様な関係では無いらしい。

未来が見える事を知っているのは、今のところその人物と僕だけらしい。


 友達は一人もいなかった。


 「初めて友達が出来たと思ったのになぁ」

 と、彼女は皮肉っぽい声で僕に言った。どうやら数日前の発言を根に持っているらしい。

 「未来が見えるなら、これから僕らが友達になる事も分かってるんだろ?」

 「フフっ、分かんないよ~?その前に私、死んじゃうかもしれないし」

 嫌な含み笑いをしながら物騒な事を言う。


 そして僕は、ふと頭に浮かんだ疑問を、無神経に彼女に尋ねてしまった。


 「彩彩は、いつ死ぬの?」


 言葉にした瞬間、しまったと思った。だけどきっと、また含み笑いで済まされると思った。

しかし彼女はいつもの思わせぶりな含み笑いをせず、優しく微笑みながら。


 「ひみつ」


 とだけ答えた。


 次の日。この日の事は、これ以上思い出せなかった。











 僕は彼女を救えなかった。

 僕は全てを愛せなかった。

 僕は本当を変えられなかった。


 急に容態が悪化した彩彩は、最期の言葉らしいものを残すことなく、僕の前から去っていった。


 僕が彼女に最後にあげられたものは、軽蔑を込めた軽口だけだった。


 「またどうせ明日も決まってるんだろ」


 これが決められた未来だったと言うのであれば、彼女はそれすら知っていた上で、この結末を選んだのか。

 それともこれも〝神様〟の意志なのか。


 とにかく僕は、彼女に涙一粒残せなかった。


 そんな自分を、僕は肯定する。

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