第二話「含み笑いの少女」

 口は開かずに、ほのかに口角が上がる。

 そうすると彼女は目尻が下がり、 耳に焼き付いて離れない、独特な笑い声が僕の心を握り締める。

 僕はずっと、その笑い声を探していたのかもしれない。


 覚えていないけれど。











 率直に言おう。

 綺麗な人だ。

 多分同い年かな。わかんないけど。


 ちょっと待て、僕の名前を呼んだってことは、今までに出会ったことのある人なのか?

 こんな美少女を忘れるとは、くそったれ。

 だがしょうがない。僕は僕を肯定しよう。

 急いで〝昨日メモ〟を取り出そうとする。

 だが、


 「ああ、〝昨日メモ〟に私のことは書いてないと思うよ。だって、初対面だしさ」

 と言われた。

 「あ、ああ、そうなのか?それならよかった。どうも、初めまして」

 「もう、どれだけ待ったと思ってるのさ、智也」

 「えっ?」

 「フフっ」

 なんて含み笑いを始める少女。わけがわからない。


 「あの、なんで僕の名前…」

 「ほら、もう時間だよ。第一病棟はここであってるから、この部屋を出てすぐ左の階段を登って二階に行くの。そしたらすぐ講習室はわかると思うよ。おバカさん」

 くそ、いちいち可愛い。


 「誰がおバカさんだよ」

 「言うと思った。フフっ」

 含み笑いオンパレード。

 そう言った彼女に背中を押されて、僕は部屋の外へ出た。


 「はいはい、もうわかったから。いってらっしゃい。またあとでね」

 「お、おう?まあ、わかった。ありがとう」

 振り向きダッシュ。あと二分で講習室に着けば、遅刻の説明やら心配かけて云々だとか、そういった面倒事を回避できる。


 「ごめんね」


 背後、病室の前で。

 僕に聞こえないように呟いたのであろうその声を。

 僕はメモした。











 僕は彼女を救えなかった。

 僕は全てを愛せなかった。

 僕は本当を変えられなかった。


 急に容態が悪化した彩彩は、最期の言葉らしいものを残すことなく、僕の前から去っていった。


 僕が彼女に最後にあげられたものは、軽蔑を込めた軽口だけだった。


 「またどうせ明日も決まってるんだろ」


 これが決められた未来だったと言うのであれば、彼女はそれすら知っていた上で、この結末を選んだのか。

 それともこれも〝神様〟の意志なのか。


 とにかく僕は、彼女に涙一粒残せなかった。


 そんな自分を、僕は肯定する。

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