第四話「見えるの」
必然とか、運命とか、巡り合わせとか。
そういう言葉で彩ったなら、この出会いは、とても美しいものだったかもしれない。
だけどきっと。
この出会いに何か名前をつけるとすれば、それは。
『予定調和』だろう。
「ここ…だよな?」
いくら独り言を言ったって、部屋の場所は変わらない。
ここは第一病棟、一階045号室。何を隠そう、さっき謎の美少女と遭遇した部屋である。
いいんだよな?入っていいんだよな?
笑美さんも「彼女には事前に話してありますから。大丈夫です」なんて言われたけれど、だってあんな美少女と僕なんかが話していいんですかいやこれは神様が冴えない僕にくれた人生一度きりの幸運なんだろうきっと僕はこのあとの人生一度も女の子と話すことなく終わってしまうんだ。って、まあ、そんなわけないんだろうけれど。
と言うか明日にはどうせ忘れるんだし。しょうがない。肯定する。
覚悟を決めてノックすると、扉を開けてくれたのは笑美さんだった。
どうやら中で待ってくれていたらしい。
「はい、彩彩ちゃん。この人がさっき話した、荻伏智也くんです。私はこの病棟のナースセンターにいるから、変なことされたらナースコールしてね。じゃあ智也くん、あとはよろしく」
「…なにもしませんよ」
「わかってますって。それじゃバイバイっ」
この子の前だと気さくなんだな、笑美さん。
「えっと、初めまして、じゃないか。さっきはありがとう。僕、荻伏智也って言います。…って、さっき聞いたか」
あ、なるほど。この子が僕の名前を知ってたのは、笑美さんから事前に話を聞いていたからか。
「フフっ。初めまして、智也さん。私は北良彩彩です。よろしく」
なんだ、やっぱり結構明るい子だ。笑美さんが「なかなか心を開かない子」とか言ってたから、もっと静かな子だと思ってたのに。
「あ、そうそう、写真撮らせてもらっていいですか?…っと、その前に。僕の病気については聞いてる?」
「うん、病気のことも、昨日メモのことも全部知ってるから大丈夫だよ。はい」
そう言って彼女もまた、自分の顔写真を差し出してくれた。
そういえばこの子、彩彩ちゃんは初めて会った時もちらっと昨日メモのことを知ってたな。なるほど、色々と謎が解けてきた。
えーっと…。謎が解けたはいいものの。
何を話せばいいんだ。
「あはは、ごめん。何話したらいいんだろうか」
そう言って僕は、ベッドの近くに置いてあった小さな椅子に腰掛けた。
「フフっ、言うと思った。じゃーねー…。智也、歴史好き?」
「え?うん、歴史はすごく得意かな。でもまあ、病気のせいで授業の風景とかが思い出せないから、やっぱりあんまりいい気はしないけど」
「フフっ、そうなんだ」
含み笑いの多い子だ。なんか全部見透かされてる気分だ。
「じゃー、好きな女の子とかはいないの?」
グイグイ聞いてくる彩彩ちゃん。笑美さん、心を開かないとか言ってたけど、きっと何かの間違いか、それか、本当は気さくな彼女を敢えて内気な子だと言って、 僕をからかっていただけかもしれない。
「いや、特にはいないけど…。どうせ実質、毎日みんな初対面だし」
「あ、そっか。そうだったね。ごめんごめん」
「ああ、いや大丈夫、気にしないで」
「ホントに?じゃー、次はねー」
話の方向性を決める主導権は彼女にあるようだ。普通、このシュチュエーションだったら逆だと思うんだけど、大丈夫なのだろうか。
「私のこと好き?」
まあ、彩彩ちゃんがそれで満足してるなら…って!?
「はぁ?えぇ、何!?え?何が!?」
「アハハハハハハハ」
からかわれているようだ。
「言うと思ったー」
朗らかに笑う彩彩ちゃん。
「そういうの慣れてないんだからやめてくれよホントに…えーっと」
「あ、彩彩でいいよ」
「わかった、彩彩ね」
メモメモっと。
「フフっ」
「ん?どうした?」
「昨日メモ、まだそれだけなんだね」
「ん、ああ。まあこんなもんだよ」
「これからどんどん増えるね!」
…いや、実際、たった一日の職業体験で出会った女の子のメモは、そんなに増えない、と思う。
ごめんな。
「増えるよ」
「え?」
「これからも来てくれるでしょ?」
「それは…」
正直、またこの子に会いたい、っていう気持ちは、なくはない。でも…。
「来ていいの?」
「いいよ、ていうか来るってわかってるし」
「…あのさ、さっきから気になってたんだけど」
「ん?なぁに?」
待ってましたと言わんばかりの表情。これじゃホントに、まるで未来が見えてるみたいだ。
「なんでそんな、見透かしたような喋り方なの?」
なんだか僕の全部を把握されてるみたいで、ちょっと居心地が悪い。
「それはねー」
「私、未来が見えるの」
僕は彼女を救えなかった。
僕は全てを愛せなかった。
僕は本当を変えられなかった。
急に容態が悪化した彩彩は、最期の言葉らしいものを残すことなく、僕の前から去っていった。
僕が彼女に最後にあげられたものは、軽蔑を込めた軽口だけだった。
「またどうせ明日も決まってるんだろ」
これが決められた未来だったと言うのであれば、彼女はそれすら知っていた上で、この結末を選んだのか。
それともこれも〝神様〟の意志なのか。
とにかく僕は、彼女に涙一粒残せなかった。
そんな自分を、僕は肯定する。
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