第十四話「無残」
彼女は待っていたのだろうか。
僕と会える日を待っていたのだろうか。
一人で、待っていたのだろうか。
結局その後、病室前の自動販売機コーナーのソファで一時間程待ってみたが、彩彩は病室に戻って来なかった。
このソファは、彼女に初めて会った日に座っていたソファだ。そういえばあの時、僕は彼女に呼ばれて、あの病室を訪れたのだった。思い返せば彼女は、あの日僕が会いに来る事を、ずっと前から予知していたのかもしれない。
いつから予知していたのだろうか。
昨日メモを見ると、彼女はお見舞いに来る友人や家族が居ないらしい。この話を誰から聞いたのかは思い出せないが、確か彼女自身も「友達は一人も居ない」と言っていた。
ずっとだろうか。
彼女は、僕に会う事を、楽しみにしていたのだろうか。
嫌では無いのだと思う。そうでなければ僕に声なんて掛けないだろう。
だけどどうしても、あの日彼女が呟いた「ごめんね」という言葉が、僕の胸には引っかかっていた。
特殊な境遇の自分に付き合わせる事への謝罪だったのだろうか。それともこれから何か良くない事が起きるのだろうか。
彼女は自分が予知した事を殆ど僕には教えてくれない。聞いたところで僕に何か出来る訳では無いのだけれど、それでも、漠然とした不安のようなものが、少しずつ膨れ上がっていた。
誰か相談できる人がいれば良いのだけれど、こんな話を信じてくれる人は、まずいないだろう。彼女に友人でもいれば彼女について話を聞きたいところだけれど、学校にも行ったことが無いと言っていたし、ほとんど病院暮らしなのであれば、ご近所付き合いもないだろうし…。
そこでふと、先程の高橋さんの言葉が頭を過る。
〝その辺は信者が…、っと、まぁ、上手くやってんだよ〟
〝信者〟というのは、きっと高橋さんが関係している教会の事だと思うけれど、そう言えば何の宗教なのかは聞いていなかった。教会と言われれば何となくキリスト教を思い浮かべるけれども、なんというか、直感的に、そういった類のものではないと感じていた。今度彩彩に会ったときにでも聞いてみようか。この時僕は、彼女が退院しても行く当てが無いのであれば、何か力になりたいなと、そんなことを、勝手に思っていた。
彼女はまだ検査が終わらないのか、病室に戻ってくる気配は無い。
僕は結局、今日は彼女に会う事も無く、大江病院を後にした。
翌日。
この日の記憶は、何一つ残っていなかった。
僕は彼女を救えなかった。
僕は全てを愛せなかった。
僕は本当を変えられなかった。
急に容態が悪化した彩彩は、最期の言葉らしいものを残すことなく、僕の前から去っていった。
僕が彼女に最後にあげられたものは、軽蔑を込めた軽口だけだった。
「またどうせ明日も決まってるんだろ」
これが決められた未来だったと言うのであれば、彼女はそれすら知っていた上で、この結末を選んだのか。
それともこれも〝神様〟の意志なのか。
とにかく僕は、彼女に涙一粒残せなかった。
そんな自分を、僕は肯定する。
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