第5節

 ヴェルレーヌの方は年明け早々から大荒れだ。一月の中頃のある日、モーテ夫妻が夕食を終えた後、ヴェルレーヌが帰ってきた。マチルドは具合が悪く、部屋で食事をとっていた。モーテ夫妻はヴェルレーヌのために料理を温め、彼が食べている間相手をした。ヴェルレーヌは食事を終えると、すぐ興奮した様子でマチルドの部屋に上がってきて、「お前の親父とお袋は俺に冷めたコーヒーを出させやがった。引出しの鍵をよこせ。カフェでもう一杯飲み直しに行く金が要るんだ」と言う。マチルドはごく穏やかに、カフェに出かけるのに口実なんかいらないでしょ、一日中そこに入り浸りなんだから、と言った。するとヴェルレーヌは激昂し、マチルドの膝から生後三ヶ月のジョルジュをひったくり、壁に投げつけた。幸い壁に当ったところが厚い産着に包まれた両足だったので大した怪我もなくベッドに転がり落ちた。マチルドは鋭い悲鳴をあげた。ヴェルレーヌは彼女をベッドに押し倒してその首を締めた。そこへ悲鳴を聞いたモーテ夫妻が現れ、ヴェルレーヌの手を引き離し、ベッドから引き摺り下ろした。ヴェルレーヌはうろたえたが、何も言わず家を出て、母親の家に行って寝た。マチルドはその夜、ランボーが来てからの度重なる騒動や受けた暴行などを、洗いざらい両親に打ち明けた。翌日になると、モーテ氏は医者を呼び、娘が受けた暴行を証明する診断書を作らせた。マチルドの首には絞められた痕が紫斑となっていた。医者は心身ともに安静が必要だと指示した。それでモーテ氏は娘と赤ん坊を連れ、小守の女も一緒にペリグーに出発した。そこの快適なホテルにマチルドたちは六週間滞在する。

 ヴェルレーヌは三日目に短い手紙をモーテ家に持って行かせたが、返事が貰えないと分かると自分から出かけて行った。モーテ夫人は、マチルドは病気になってしまい医者の指示で南仏に静養に出かけた、冬いっぱいそこで過ごす予定だ、手紙を書くのなら転送しようとヴェルレーヌに告げた。(ペリグーは南仏ではないからモーテ夫人は嘘を言ったことになる。)

 ヴェルレーヌは母親からも説得され、自分の非を認め、暴行の数々を悔い、許しを乞う長い手紙をマチルドに出した。マチルドは戻る条件として、あらゆる不孝の原因と思われるランボーを故郷に送り帰すことを求めた。ランボーがヴェルレーヌを連れ回って飲酒させ、「弱い性格」のヴェルレーヌは理性を失って「不可解で耐えられないような暴力行為」に及ぶのだ。ヴェルレーヌはこの要求を、ランボーのパリでの生活を妨げる権利は自分にないと拒否した。実は、せめて一時的にでもとランボーに頼んで、断固として拒否されたのだ。マチルドはランボーに対する金銭的な援助を辞めればいいのだと応じた。今やヴェルレーヌだけが彼を経済的に支えているのであり、それを止めればランボーは生活のすべを失い、故郷に帰る他なくなるはずだった。ヴェルレーヌはそれを拒否した。時態は膠着した。

 モーテ氏は離別請求の手続きに取り掛かった。当時離婚はまだ認められておらず、身柄、及び財産の分離を裁判所に訴えなければならなかった。モーテ氏はパリの代訴人に訴訟の手続きを取らせた。こうしてヴェルレーヌのもとに裁判所への召喚状が届いた。十一項目にわたる告訴理由に、証拠として診断書が付けられていた。「この脅しは功を奏し」、ヴェルレーヌはランボーと話し合ったが、ランボーは故郷への帰還を承知しない。君は義父の前では子供同然で、またマチルドの手につながれた操り人形でしかないとヴェルレーヌを面罵する。しかし、パリでの息子の不品行や、それが原因になっているスキャンダルなどを知らせる匿名の手紙を受け取ったランボーの母親から、故郷へ帰るよう命ずる手紙がランボーに届く。そして、妥協が成立したようだ。マチルドが帰ってくるまでランボーはパリを離れ、ヴェルレーヌの費用でアラスの彼の親戚か友人の家に滞在し、マチルドが戻ってきたらこっそりパリに戻るというような。三月、ランボーがパリを離れると、マチルドはすぐパリに戻ってきた。ランボーは一週間ほどアラスに滞在したが、何の連絡もない上に金が無くなった。彼は仕方なくシャルルヴィルへ帰って行った。

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