4-3

 学祭が終わってしばらくすると、四年生の私達にとっては、もう卒論も大詰めの時期で。必然的に、ひととコミュニケーションをとる時間は減っていった。


 私も、担当教授と、同じ専攻のメンバーくらいしか、顔を合わせず、ひたすら卒論とにらめっこの日々を過ごしていた。


 年が明けて、卒論の提出日を迎えた。提出期限の十六時を過ぎた瞬間、私の携帯電話が鳴った。菜穂美からだった。電話をとると、興奮した調子で話し出した。


「ねえ、柚月。ちゃんと卒論出せた?」

「ああ、うん。さっき出したとこ。ギリギリ間に合った」

「よかったー。ねえ、今から、会わない? 学食にいるんだけど」

「ん。じゃあ今から行く」


 学食に着くと、遠くの席から、ひらひらと手を振る菜穂美の姿があった。

 私が席につくや否や、菜穂美は話し出す。


「ねえ、卒業旅行、行かない?」

「ああ、いいね。皆で?」


 そういえば、そんなイベントもあったね、と思い出す。


「皆で、って言いたいところなんだけど……」


 私はすっかり忘れていたから、なにも考えていなかったのだけど、どうやら他の皆はそれぞれとっくに予定を立てていたらしい。なんでも、実希は彼氏とオランダへ、美夜と亜弓は二人きりでウィーンに行くとか。私たち二人だけ、すっかり出遅れてしまったということらしい。


「私、イタリア行きたい!」

「イタリアかぁ……お金、いくらかかるんだろ」


 正直、私にはあまり貯金がない。旅行に行くと前もって決めていたなら、もう少し貯めておいたんだけど、なんて言い訳してみるけれど。


「私、お金ないから、海外は難しいし。別の人と行ってきたら?」


 私に合わせて貧乏旅行になるのは菜穂美に悪いし、と思っての提案だったのだけど。


「……私は柚月と行きたいの! いいよ別に海外じゃなくっても。貧乏旅行でもいいから、一緒に行こう! ね?」


 そうしてすっかり押されてしまった私は、菜穂美と一緒に卒業旅行に行くことになった。


 イタリアに行きたい、という菜穂美の気持ちを少しだけ汲んだ結果、イタリアっぽい街並みのある、テーマパークで一泊二日のお泊まり旅行をしよう、ということで落ち着いた。



 当日の朝は、早起きして現地で待ち合わせた。別に一緒に電車に乗っていってもよかったんだけど、菜穂美が色々と準備をするから、などと言って遅くなったので、私だけ先に現地入りすることになったのだった。


 テーマパークの最寄駅はこの時期、私達のような大学生とおぼしき若者たちで溢れかえっていて、当たり前だけど、カップルだらけだった。


 改札から少し離れたところにある柱にもたれかかって、菜穂美を待つ。こういう待ち合わせ、思えば初めてかもしれない。なんかちょっとデートみたいだな、なんて思って、自分の思考に赤面する。馬鹿みたいだ。こういうのは意識したら負けだ、と思う。


「おまたせー!」


 しばらくして、菜穂美が到着した。ふだん大学に行くときとはちょっと違う、甘めなテイストの服を着ていて、ギャップにちょっとドキッとした。妙に大きい荷物を持っているから、なんとなく持つのを手伝ったりした。


 最初にホテルに荷物を預けてから、私達はパークに出発した。一日は海と冒険をテーマにしたところで、入り口を入ってアーケードのようなところを通り抜けると、イタリアの街を模したカラフルな建物と、大きな海が見えた。この海ではショーなんかも行われるらしい。


「わーイタリアだ!」


 菜穂美は無邪気に笑う。


「ごめんね、日本のイタリアで」

「日本じゃないよ、ここ夢の世界だし」


 そんなことを言って笑い合った。


「ここさ、お酒も飲めるらしいよね」

「そうなんだ。子供向けかと思ってたけど、意外」


 午前中から、私達はもう、お酒の話なんかしている。つくづく、不真面目な大学生っぽいな、と思う。その自由気ままな生活も、もうまもなく終わってしまうのだけど。

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