3-1

 テキーラパーティーの翌朝、私は、頭が痛い痛い、と言う柚月の世話をしていた。他の三人は始発が動き始める頃には帰宅していて、部屋には私と柚月だけが残っていた。


「うえー、気持ち悪い」

「だから、言ったのに」


 吐くまではいかないものの、二日酔いで頭が痛いらしい柚月の顔色は、すこぶる悪かった。


「昨日、酷かったよ。あの後、実希と何してたの」

「えー、それは聞くの野暮でしょ。良いことだよ、良いこと」


 柚月は楽しそうに笑う。


「実希、彼氏いるんだから。そういうことは、ほどほどにしなよ」

「はいはい」


 柚月が友達に手を出すのは、何も今に始まったことではない。今までも、酔った勢いでお触りされたり、キスされたりする女の子はいた。昨日のメンバーだって、みんな一度は何かされている。ただ一人、私を除いて。


 別に手を出されたいわけでは、けしてないんだけど、こうなってくると、一人だけ手を出されないというのも、なんだか寂しいような気もする。もしかして、私には女性としての魅力が足らないのでは?と不安になる。


 ただでさえ、処女だし、彼氏もいたことがないし。私はまったく自分に自信が持てていなかった。まあ、そんなことはどうでもいいことなんだけど。


「ねえ、柚月ってさ。ちゃんと、彼女つくらないの?」

「そんな簡単にできたら、こんなふうになってないっての」

「まあ、そうだよね」

「菜穂美こそ、彼氏まだできないの?」

「余計なお世話ですー」


 私たちはそんなくだらないやりとりをする。いつもの軽口をたたく。だけど、どうしてなんだろう。いつもより、ほんの少しだけ、何かが物足りないような気がするのは、一体なんでなんだろう。


「ねえ、柚月ってさ。私には手出さないよね? なんで?」


 前から気になっていたこと、どうしても言いたくなって、訊いてしまう。


「なんでもなにも。菜穂美のことは、そーいう対象としてみてないからな」

「それって、私には女としての魅力が足りないってことー? え、ショックー」


 なんの気無しにさらっと返答する柚月の態度が悔しくて、私のほうももちろん冗談みたいなテンションで返す。


「別にそんなこと言ってないだろ。単にタイプじゃないってだけ」

「柚月は大きいおっぱいの方が好きだもんねー。実希みたいにFカップじゃなくてすいませんねー」

「何言ってんだか。そんなにして欲しけりゃ、揉んでやろうか、ほれほれ」

「やだーー、柚月のえっちーーー」


 そんな馬鹿なやりとりをする。大丈夫、他意なんてない。だけど、『タイプじゃない』って言われた瞬間、なにかがさわついたような気がする。なんでなんだろう。


 私はたぶん筋金入りのヘテロだし、柚月が私のことをタイプじゃないっていうのと同様に、私だって柚月のことなんか、恋愛対象じゃないはずなのに。


 頭の中の余計な思考を追払いながら、私はカーテンを開けて、すっかり日の高くなった外を見下ろす。この自堕落な感じ、なんか、大学生だなって感じがする。


 そういえば、柚月は、美夜と関係を持っていたときも、こんな風に日が高くなるまで寝ていたらしかった。今はその相手が私だと思えば、美夜と過ごしていたときよりは、健全なのかな、と思う。


「柚月、もう、なんか、食べれそう?」

「んー、おかゆ食べたい」

「オーケー、つくるね」

「ありがとう」


 くだらない会話のおかげで少し元気になった様子だったので、私は柚月におかゆをつくってあげることにした。中途半端にしか自炊をしないせいで、冷蔵庫の中には大したものは入っていなかったけど、卵と長ネギくらいはあったから、それを使っておかゆをつくる。


 おかゆっていうか、この作り方だと、厳密には雑炊って言うらしい。たしかそんなことを、前に柚月が言っていた。柚月はそういう、謎の雑学に詳しいから、話していて面白い。料理が好きみたいで、いつもは柚月が作ってくれることが多いんだけど、その料理が外れたことが一度もないのだ。


 なんか、実家のお母さんの作る料理を彷彿とさせるというか、なんだかとにかく落ち着くのだ。私もすっかり餌付けされてしまっているのかもしれない。


 二、三分で雑炊が完成したので、器によそって、柚月のところに持っていく。私もついでに同じものを一緒に食べることにする。


 二日酔いで苦しんでいた柚月は一口食べるなり、急にニコニコし出して言う。


「おいしい……なんか、身体に染みわたる、って感じする」

「大袈裟だなあ」


 そうは言っても、褒めてもらえるのは嬉しい。


「……菜穂美も、きっといいお母さんになると思うよ」


 柚月はそんなことまで言うもんだから、なんだか妙に照れてしまって、胸のあたりが変にドキドキしてくる。しかし、笑いながら突っ込むことも忘れない。


「まあ、まずは彼氏つくらないとだけどね」


 前言撤回。こんな失礼なやつ相手にドキドキしたりなんて、しないもん。私はそう強く思うのだった。

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