3-2
夏が終わって、秋学期が始まる。この頃には毎年、学祭の準備なんかで、音楽系サークルの皆はそれぞれに忙しくなる。だけど大学四年の私達は、サークルはもう引退してしまったし、就活も終えてしまっていたから、正直学祭当日は、のんびりお店をまわるくらいしかなくて、暇なのだ。
そんな折に、突然実希が変なことを言い始めた。
「最近、アニメにハマっちゃってさ。知ってる? 最近流行ってる魔法少女のやつなんだけど」
「え、なにそれ」
柚月が食いつく。
「私、それ知ってる。三話目あたりで酷い展開になるやつでしょ。皆見た方がいい」
美夜は既に知っているようだった。
「いや、あれは一般人には辛いやつ……」
亜弓も既に全話見たということだった。
私たちは別にオタクというほどではないけれど、文化系の大学生というと、なんとなくサブカル系には詳しくなっていくものなのだと思う。
「実は、彼氏がコスプレ好きで。私、『ベリーちゃん』の衣装、持ってるんだよね。……ねえ、せっかく五人いるし、皆も着ない?」
実希は突然そんなことを言うのだ。魔法少女のキャラクターは、それぞれ果実の名前がついていて、『ピーチ』『レモン』『ライム』『ベリー』『プラム』の五人。それぞれ、ピンク、黄色、緑、青、紫、というテーマカラーが割り当てられているらしい。
アニメを観ていない私と柚月を置いて、他の三人が盛り上がり出して、私達はなりゆきで、学祭でコスプレをすることが決まった。まあお祭りだし、思い出になりそうだし、いいかな、とも思う。ダイエットがんばらなきゃ。
とりあえず、まずはちゃんとアニメを観ようということで、さっそくまた私の家で、アニメの鑑賞会が行われることになった。
夕方五時。残すところあと卒論だけ、というような、暇じゃないけど暇な四年生の私たちは、早々に家に集まり、アニメの鑑賞会が始まった。
アニメは一話あたり20分程度として、全部で12話あるから、単純計算で最低でも四時間はかかる。とりあえず夜ご飯を食べつつ、またお酒でも飲みつつ、観ようということになっていた。
「菜穂美、これちょっと食べてみて。味、こんなんでいいかな?」
我が物顔でキッチンに立つ柚月に呼ばれて行ってみれば、なにやら美味しそうなおかずができあがっていた。
「はい、あーん」
そんな声につられて口を開けると、チキンのトマト煮込みらしきものを、つっこまれる。
「……おいしー」
「でしょー?」
思わずにっこりしてしまうと、柚月は得意げに笑った。本当に悔しいけれど、柚月の手料理はいつも美味しいのだ。これ、そのへんの男に食べさせたら、コロッと落ちてしまうんじゃないか、なんてことまで思って、そういえば柚月はビアンだったなと思い出す。
まあ、女も男も関係ないかな、と思うけど。
柚月の作ったおかずをつまみにして、私たちは、アニメを見ながら結局、なんだかんだと酒を飲む。大学生だなーと思う。こんな生活ができるのももう、あと半年もないんだと思うとちょっと寂しいけれど、それは今はあまり考えないようにする。
魔法少女アニメは、皆の言った通り、確かに第三話で衝撃の展開を迎えた。ちょっと鬱々とした気持ちになってしまったので、私は日本酒を開けることにした。でも、うっかりしていたけど、このメンバーの中で日本酒を飲めるのって、柚月だけだった。
「かんぱーい」
ちらりと横を向いたら柚月と目が合ってしまったので、小さな声で乾杯する。他の三人は、二回以上観ているらしいけど、アニメに夢中だった。
「柚月、今日はあんまり飲みすぎないでよ」
「はいはーい、大丈夫だって」
まったく信用ならないいつもの返事。私は無言で柚月の前に、水のたっぷり入ったコップを置いておく。今日こそは、皆にセクハラしたら許さないんだから。
そんなことを思いながら、アニメが終盤に差し掛かった頃、柚月が唐突に口を開いた。
「そいや、誰がどの役やる?」
「実希は衣装持ってるから、『ベリー』で決定でしょ。あとは身長とかキャラクター的には、菜穂美が『レモン』、美夜が『プラム』とかどう?」
珍しく饒舌になった亜弓が言う。彼女は意外にもアニメとか好きみたいだった。なんでも、アメリカにいた時代に日本のアニメが観られなかった反動らしい。
「菜穂美、確かに『レモン』ぽいよね」
実希もそんなことを言う。ちなみに『レモン』は人懐っこい雰囲気を持ちながらも、しっかり芯を持っている、しっかり者のキャラクターだ。ひととおりアニメを観て、私もなんとなく好感を持っていた。だから、『レモンっぽい』って言われるのはなんだか嬉しい。
ちなみに『プラム』のほうは、紫色のカラーに合った、ちょっとミステリアスで大人っぽい性格の子で、これもなるほど、確かに美夜っぽい。なんとなく、私とは正反対のキャラだなーと思う。
「となると、『ピーチ』は亜弓、『ライム』は柚月かな」
実希がそう言って、皆、同意した。
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