2-3
それから、美夜と私の関係は、何度も続いた。美夜につられて、私は合唱サークルに入部までしていた。練習のある日は、特に約束するわけでもないけど、自然と一緒に晩御飯を食べた。外食したりすることもあったけど、ほとんどは私の家だった。
一度家に入り浸ると、美夜はなかなか私の部屋から出て行かない。授業も簡単にさぼったりする。時には一日中、なにもせずにだらだらと、愛撫し合う、なんてこともあった。端的に言えば、私たちは乱れていた。
「いつまで、ここにいるつもり?」
「うーん、私が飽きるまでかな」
「なにそれ」
そんなことを言っているうちは、多分彼女が帰ることはないだろう。美夜は雨が降ると、体調が悪くなって動けなくなる。それを誤魔化すために、そんなことを言っているのだけど、私には隠せていない。
だから、雨が降ると、なんとなく私は嬉しくなる。私のアパートのロフトは、既に美夜専用の寝床と化している。いや、正確には違う。美夜と私の寝床だ。
大学の他の同期とも、宅飲みをすることはあって、私の部屋に泊めることもあるけれど、美夜以外のメンバーをロフトに上げたことはない。
それが私にとっての、距離感の違いなのだと思う。
「今夜、晴れてたら観望会だったのにな。残念」
窓についた雨粒を見つめながら、私は大袈裟にため息をついてみせた。こんなのは、ただのポーズだけど。
「あれ、夜は晴れるらしいよ? 一緒に行こうよ」
美夜が珍しくそんなことを言ったから、あれだけじとじとと降っていた雨は、夕方には止んでしまった。空からは雲が消えて、取り残されたように、月がぽつんと、ひとりでいた。他の星はよく見えなかった。なぜなら、今日は満月だったから。
大学のすぐ側に、天文台がある。うちの大学の学生でも、知る人ぞ知る、というような穴場のスポット。国の研究機関であり、いたって真面目な施設である。巷のプラネタリウムなんかがあるデートスポットなんかとは違って、宇宙好きの地元の年配の方や、母親に連れられた小学生くらいの子供なんかも、よく見かける。
「なんか真っ暗だね」
「そりゃ、天文台だからね。明るかったら、星が見えないでしょ」
そんな話をしながら、美夜は自然に私の手をとる。
「足元見えないから、転ぶといけないし」
そんな言葉すら、思わせぶりに聞こえてしまう。
観望会は午後七時から始まる。事務所のような建物の前に人の列ができていたので、そこに並んで、整理券をもらった。中に入ると、壁面には宇宙にまつわる豆知識のようなコーナーがあり、メガネをかけた小学生がまじまじとそれに見入っていた。
いたって真面目な施設なのだ。
だから部屋に入る頃には、つないでいた手をなんとなく離して、私たちは真面目な大学生ですよ、って顔をする。別にこんなのデートでもなんでもないし、私は真面目に天体観測がしたかっただけなのだ。
開始時間ちょうどに案内係の職員さんが現れて、その場にいた人々に簡単に説明をしてくれた。満月だということで、もちろん今日見せてもらえるのは月なのだ。職員さんの誘導で、私たちは列になって、望遠鏡のある部屋まで移動する。
小学生から高齢者まで、なんのつながりもない人々が、おとなしく列になって、ただ月を観るためだけに歩いて行く。それがなんだか面白かった。
「うわ、大きいね、これ」
美夜はここの望遠鏡を見るのは初めてのようで、密かに感動しているみたいだった。私も何度見てもすごいな、と思う。よくわからない機構の大きい筒が、高い高い天井を向いている。
職員さんはその筒を覗き込んで、満足げな表情をする。それから一番目の人に場所を代わった。その場には二十人くらいの人がいたけど、望遠鏡のそばでは、みんななんとなく静かにしていた。私と美夜も、場の空気に飲まれて、なんとなく黙っていた。
ついに私たちの番になった。職員さんに案内されると同時に、美夜が私の手をひっぱる。
「……すごい、きれい」
先に望遠鏡を覗き込んだ美夜が、呟く。その艶々とした声は、私の頭の中で反響する。その音が鳴り止まぬうちに、私の番になる。まるい視界の中に、存在感のある光があった。クレーターまではっきり見える。
月の光が、人の心をどうにかさせるというのは、昔からいろいろ言われていることだけど、今日の私もそうなのかもしれない。幻想的な月の光は、美夜の透き通る肌を連想させて、私はまた今夜も、彼女と寝たいと思ってしまうのだった。
I'm Crazy for U 霜月このは @konoha_nov
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