3-5

 色々とまわっている間に、もう夕方になってしまって、健全な学祭はお開きになってしまう。閉祭式でバンドサークルの演奏なんかを聞いたりして盛り上がったあと、私達五人はコスプレ衣装を脱いで、近所のラーメン屋さんで打ち上げをすることにした。


「おつかれさまー」


 調子に乗って、ラーメンと一緒にビールなんかもセットで頼んでしまうあたり、私達らしい。


「今年で学生生活も終わりかぁ」

「そろそろ観念しなきゃだね」


 就職の決まっている実希や美夜はため息をつく。卒業後も学生を続ける予定の亜弓と私は、まだ執行猶予といったところか。


「ところで、柚月はどうするの、卒業後」

「うーん、どうしようかなぁ」


 柚月はなんとも言えない反応をする。この中で唯一、柚月だけが、この時期になっても卒業後の進路を決めていないらしかった。


「まあ、なんとか、なるようになるさ」

「えー、大丈夫なの、もう」


 まったくやる気のない柚月の態度は、どこか寂しげにも見えて、ちょっと不安になる。もしかしたら柚月は、どこか遠いところへ行ってしまうんじゃないだろうか。


 もちろん、この大学の人たちの中には、卒業後に意味もなく海外を放浪したりとか、そういう人たちもいるのはわかっているけれど、なんとなく柚月はそういうんではないような気がしていた。


 だけどそれ以上はなんだか聞きづらくて、いつのまにかその話は流れてしまった。

 ラーメンを食べ終わった後は、それぞれが帰路に着く。なんとなく物足りない気がしてしまうのは、多分さっきの柚月の態度のせいなんだと思う。


 それで、もやもやした気分の私は結局今日も、柚月を家に招いてしまった。他のメンバーはもう疲れたからと家に帰ってしまったから、また柚月とサシ飲みをするのだ。




「何、飲む?」


 二十四時間スーパーに寄って、お酒とおつまみを買う。


「なんか甘いの飲みたい気分」

「カクテルでも作ろうか?」

「え、柚月、作れるの?」

「簡単なやつならね。適当に買ってこう」


 お酒に弱いくせに、柚月はカクテルの種類をよく知っているようだった。なんだか意外だった。ウオッカの瓶なんか買ったりして、重たくなった買い物袋は、いつのまにか柚月が持ってくれていた。


「柚月ってさ。彼氏力あるよね」

「え、なにそれ」

「いや、こういう風に重いもの持ってくれたりとか? あ、ほら、今も車道側歩いてくれてるじゃん。そういうとこだよ」


 特に意味はないけど、なんとなくそんな話を振る。


「ふーん。菜穂美はそういう男が好みなんだ? チョロいなーほんと」

「え、チョロいって失礼な」


 皆といるときとは違って、柚月と二人だといつもくだらない話ばかりしている気がする。でもそれが楽しくて、心地いいのだ。


 家に着いて、とりあえず順番にお風呂に入ってから、酒盛りを始めることにした。私がお風呂から出ると、先にお風呂に入っていた柚月が、濡れた髪のまま、キッチンでカクテルを作っていた。


「柚月、髪の毛ちゃんと乾かしなよ。風邪ひくよ」

「いやー、なんかめんどくさくて。いいよ、自然乾燥で」


 今どき、うちの実家の犬ですら、ドライヤーで乾かすのにな、なんてことを考えていると、柚月の作ったカクテルと、これまた手作りのおつまみがテーブルに出てきた。柚月はうちの冷蔵庫の中身をさりげなく把握しているようで、いつもあり合わせの食材を使って、うまいことやってくれるのだ。


「わー、おいしそう! いただきます!」

「かんぱーい」


 さっきラーメンを食べたばっかりだっていうのに、柚月のおつまみはおいしすぎて、どんどん進んでしまう。そして、それよりも、カクテルのほう。


「これ、モスコミュール?」

「そう。さっき買ったウオッカと、ライムとジンジャエール」

「それでできちゃうんだ。すごい」


 柚月は、ネットで調べて適当に作ったと言っていたけど。安い居酒屋のうっすいモスコミュールなんかよりは、よほど美味しかった。


 美味しくて、つい沢山飲んでしまった。柚月は他にも、スクリュードライバーとかソルティドッグとか、ウオッカベースの飲みやすいカクテルを作ってくれて、私はいちいち大袈裟に喜んで飲んでいた。


「ウオッカベースといえば、作ってみたいカクテルがあるんだけどね」

「え、なんてやつ?」

「『セックス・オン・ザ・ビーチ』」

「すごい名前だね」

「でしょ。材料そろえるのがめんどくさいから、ちょっと難しいんだけどね」

「なんか、柚月って感じ」

「そう? いくら私でも、ビーチでセックスはしないかなぁ」

「そりゃそーだ」


 酔ったテンションだから、ますますくだらない会話になる。それで私は、また変なことを口走ってしまった。


「ねえ、……柚月は、私には手を出さないの?」


 なんでこんなことを言ってるんだろう、なんて思いながら。もしかしたら、私は珍しく酔っているのかもしれない。


「なに、そんなに手出されたいの?」


 面倒くさそうに柚月は答える。まったく、つれない態度だ。


「なにそれー」


 私は抗議しながら柚月に抱きつく。手なんて出されないって、わかっているからこそ、こんなことができるんだ。


「ちょっと。菜穂美、酔ってるの? そろそろ終わりにしよ」


 柚月をもう少しだけ困らせたくて、私はそのまましばらくくっついていることにした。柚月の髪からは、新しく買ったばかりの私のヘアオイルの、柑橘系の香りがする。まったく、勝手に使って、と思いながらも、どうしてだか、鼓動が早くなってしまう。


 そういえば、これ、『好きな人を振り向かせる』みたいなコンセプトの香りだった気がするなあ、なんて思いながら、私の意識は深い沼の底に溶けていくのだった。


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