3-4

 正門前でワイワイやっているうちに、学祭の開始時間がきたので、私たちは暇人らしく、適当に学内をうろうろすることにした。


 門から敷地内へ戻りながら、柚月がキョロキョロしながら言う。どこかから煙が漂ってきていた。


「なんかいい匂いする……これは焼き鳥だ!」

「あ、ほんとだ。なんかお腹すいた……」


 朝が早かったから、私はご飯を食べずに出てきていた。どうせ学祭で何かしら食べるだろうからいいかな、と思っていたのもあるけれど。


「よし、買うか。菜穂美のぶんも買っといてやるよ」

「ありがと」


 焼き鳥を焼いているのはスキー部の屋台だった。スキー部のひとたちって、冬以外にも活動しているんだな、なんて失礼なことを思いながら、一本二百円らしい若鶏のモモを注文する。焼いてくれてる男子、イケメンだなー、なんて思っていたら、案の定、柚月に突っつかれた。


「ああいうのが、好みなんだ。へえ」

「まあねー。あー早く彼氏欲しい」


 柚月の前だとつい流れで、口癖のようにそう言ってしまうけど、最近は別に、『彼氏が欲しい』とかあまり思わなくなってきていた。いや別に、だからと言って、柚月みたいに『彼女が欲しい』とか思うわけではないけど。


 なんというか、そういうのって、自然な流れに任せるというか、自然に好きな人ができるのを待ったほうがいいのかな、なんて思うようになったのだ。私も少しは大人になったのかもしれない。


 なんて言いつつ、実のところは、こうして柚月たちと、女の子同士でワイワイつるんでいるほうが、今の私にとっては、彼氏をつくってデートをするよりも、『らしい』気がしてしまうからというのもあるのだった。



「君、そのコスプレ可愛いね! 『レモン』だっけ? 写真撮らせてよ」


 焼き鳥ができるのを待っている間、イケメンの隣にいた男がそんなことを言ってきた。つい、柚月のほうをちらっと見てしまう。


「いいんじゃない? ついでに私たちの分も撮ってもらえれば」


 柚月は適当なテンションでそんなことを言う。ちょっとこういうの、本当は苦手だなーと思いつつ、コスプレなんて目立つ格好しているんだから、ある程度は仕方ないかもしれない。


 私は焼き鳥を焼いているイケメンと、その友達の男と、柚月と四人で、スマホで写真を撮った。撮ってもらった写真を確認しながら、柚月のコスプレ姿、可愛いなと、今更ながらに思う。


 ついでに『よかったら連絡先教えて』なんて言われたりしたから、適当にメールアドレスとSNSのアカウントを教えておいた。まあ同じ大学同士だし、こちらのほうは、なんてことはない。


 他の大学はどうか知らないけど、うちの大学の学生は、なんとなく男女間の距離が近い気がする。私も平気で同じサークルの男の子と二人で飲みに行ったりするし、異性の家で雑魚寝もするし。それでいて、色っぽいことは何も起こらないのが普通なのだ。


 それで何をしているかといえば、徹夜で一緒に課題をやっていたり、社会問題について議論したり、サークルや趣味の話を語り合ったり、あとはゲームなんかをしたりしている。恋愛とかセックスとか、そういう気配はみじんもなくて。


 そんなんだから、私はいつまで経っても処女なのかもしれないけれど、それはそれでいいかもしれない、と最近は思うようになってきた。


 私は柚月とは違うんだから。

 そんなに軽率に、誰かと関係をもったりなんてしないし、できない。そう思っていた。


 焼き鳥が焼き上がったので、私達は食べながら、またふらふらと歩き出す。


「なんかこういうの、いいんだよね。美味しい」


 柚月は焼き鳥を美味しそうに食べる。


「プロじゃないのに、上手に焼いてたよね。さすがイケメン」

「いやそこはイケメン関係ないだろ。なんか居酒屋でバイトしてたって言ってたから、それじゃないの」


 そんなどうでも良い会話を交わしながら笑う。他のお店に寄っていた亜弓と実希とも合流する。美夜はちょっと離れたところで、やはり男の子に絡まれて写真を撮られていたから、私達も追いかけていって、全員集合の写真を撮らせた。


 写真部の人達も来たりして、色々ポーズを取ってみたりした。これはこれでなかなか楽しい。


「『レモン』と『ライム』、もっと近くに寄って。ラブラブな感じで」


 写真部の女の子に注文をつけられる。彼女は私達のそばにやってきて、ポーズを調整したりしてくれた。なんかプロの仕事って感じがするんだけど、そのポーズというのが、妙に柚月との距離が近い。


「……これ、なんか近くない?」


 柚月もそう思ったみたいで、なんとなく照れているような気もする。柚月の頬に触れるかどうかという距離に私の顔がある。


 これくらい近いと、柚月の髪から、なんだか柑橘系の香りがして、ちょっとドキッとしてしまう。あれ、私、ヘテロなんだけどな。学祭のテンションのせいで、どこかおかしくなってしまっているのかもしれない。


 柚月が、美夜や実希とくっついて写真を撮るのも、なぜなのかわからないけれど、面白くなかった。本当に私、どうしてしまったんだろう。『レモン』の衣装なんかきているから、アニメのキャラクターの性格が乗り移ってしまったのかもしれない。そんな馬鹿げたことを考えていた。

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