プロローグ(2)
「実希、留学、どうだった?」
真面目な亜弓は、向こうでの学生生活の話を持ちかける。酔っ払っているから、途中から英語になったりする。亜弓は小学校時代にアメリカで暮らしていた帰国子女だけど、普段はおとなしくて、見るからに日本人の女の子、っていう感じに見える。アメリカの人がみんなテンション高いなんて偏見だけど、でも酔っ払うとその片鱗が見えて、急に早口の英語で喋り出したりする。そのギャップが面白かった。
「やっぱ、勉強は大変でさ。でも、すっごく楽しかったけどね」
実希は楽しそうに思い出話をする。たまにビデオチャットなんかで話すことはあったけど、やっぱり直接顔を見て話せるのは、安心する。
「ねえ、恋愛のほうは、どうなの? 実際。彼氏、ずっと日本だったんでしょ」
美夜はそんな話ばかり持ちかける。でもそのへんは、私たちみんなが大好きな話だ。
「それがね。私としたことが、全然なにもなかったの! 仲良くなった男子は何人かいたんだけど、浮気もしなかったし、ワンナイトもしてないよ。偉くない?」
「いや、それ普通だから。偉くない」
柚月がツッコミを入れるけど、この子にだけは言われたくないと思う。
さっきから無駄に実希にちょっかいを出している柚月は、レズビアンだ。女の子が好きな、女の子。それとこれとは関係ないんだけど、柚月はとにかく遊び人気質で、しょっちゅういろんな女の子をナンパしては、お持ち帰りしているらしい。
そもそもこの会のメンバーの五人を引き合わせたのは柚月だった。私たちは同じ大学の同期だけど、それぞれ入っている部活も、とっている授業も違う。だけどそんな私たちのそれぞれと、柚月は親しかった。そして柚月に引きずられるようにして、いつの間にか私たち五人は親しくなっていた。こうして、一緒に飲み会をする程度には。
「もう一杯飲もーよ」
柚月が実希におねだりをする。とろんとした目の実希は「いっちゃう?」と言いながら、柚月のグラスにテキーラを注ぐ。ついでに私のぶんも。アルコールに弱い美夜と亜弓は早々に離脱していた。
何回目かの乾杯をして、私たち三人は一緒にテキーラを体内に流し込む。喉の奥がかあっと熱くなる。
「あー、なんかフラフラしてきた」
柚月の顔は真っ赤で、目はすわっている。
「ほら、だから止めたのに」
私は呆れてため息をつく。美夜と亜弓は二人のペースでまたひそひそやっている。
「お水持ってくるから、ちゃんと飲んでよ」
冷蔵庫に確かミネラルウォーターがあったなと思い出して、私はキッチンへ向かう。適当に人数分のグラスにお水を注いで、リビングに戻って、そこで驚いた。
……柚月と実希がキスをしていた。しかも、かなり長いやつ。
ドキドキしなかったといえば、嘘になる。だけど私にできることは、ただひたすらそれをネタにして笑うことだけだった。
「二人ともー。やるなら別の部屋行きなよー」
美夜が冷やかして言う。彼女は純粋に、心の底から面白がっているみたいだった。
亜弓は、信じられない、というような顔をしている。ちょっと怒っているようにも見える。
「じゃあ、亜弓と私はそろそろ寝るかな」
「うん。あっちの部屋使っていいよ。私はあの二人をどうにかする……」
「菜穂美、がんばれ」
言うが早いか、二人はさっさと、寝に行ってしまった。亜弓に頑張れって言われたけど、取り残された私は一体どうしたものか。
「お水、ここに置いとくからね」
お水入りのグラスを、とりあえずはテーブルに置いておく。
「はいはーい、ありがとー」
柚月は実希の胸を触りながら、元気よく答えてくる。実希は酔っていて、とろんとした目でなすがままにされている。なんだか二人とも、気持ちよさそうだった。
……あんなふうに、人に触られるって、どんな感じなんだろ。
処女の私には全く想像がつかないけど、お酒が入ると、ああいうこと、したくなる人もいるらしい。
「ほんと、ほどほどにしときなよ」
なんとかすることなんて、できるはずもなく、私は自分の寝室へ逃げ込んだ。
濡れた指先が熱いのは、多分テキーラのせいだと思った。
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