2-4

 *


 喉の渇きを覚えて、目を覚ますと、見知らぬ布団の中にいた。隣に仲良く並べられた布団の中に菜穂美がいた。正確にいえば、掛け布団を蹴って抱き枕みたいにして、変な体勢で寝ていた。


 そういえば昨日は、菜穂美の家でサシ飲みをしたんだったな、と思い出す。菜穂美の着ているTシャツは乱れて胸元が大きく開いていたから、なるべくそちらを見ないようにして、水をもらいにキッチンへ向かった。目の毒だった。


 出しっぱなしにしてあった、昨日のコップを適当に取って、水道水をがぶ飲みする。頭が痛い。調子に乗ってついお酒を飲むけど、実はあまり強い方ではないのだ。


 そういえば最近は、なんとなく菜穂美と一緒にいることが増えた。彼女のほうから積極的に遊びに誘ってくれるのは、こちらとしても素直に嬉しかった。


 菜穂美は私がビアンだということをもう知っているから、なんとなく余計な気を使わなくて済んで楽だ。恋バナになっても、無理矢理ごまかしたり、好きな女の子のことを、男の子と言い換えたりしなくて済む。それは多分、当事者でないとなかなかわからない感覚だろうと思う。


 時計は午前二時半を指していた。なんとなく布団に戻るのが嫌で、私はリビングのソファーに腰掛けた。菜穂美の部屋は、片付けがなっていない時も多いけど、ルームフレグランスなんかは、気を遣っているみたいだ。ソファーに座っていると、なんとなくいい匂いがして、やっぱりここは自分の部屋じゃないんだな、っていうことを確認できる。


 私の髪からは、昨日借りた菜穂美のシャンプーの香りがしている。


「これ、あんまり気に入ってないんだよね」


 なんて言いながら手渡してくれた、さくらの香りのそれは、結構私好みの香りだった。思えばただの友達と、こういうふうに長い時間を過ごすのは初めてだ。


 恥ずかしい話だが、私は今まですごく仲良くなった女の子というのは、大概、恋愛的な意味でも好きになってしまうことが多いから、あまり友情というものが長続きしなかったのだ。だからこういう、菜穂美みたいな友達は貴重だった。大事にしないとな、と思う。


 少し、頭を落ち着けてから、また布団に戻る。今度は菜穂美がまた違う方向を向いていたから、なんだか笑ってしまった。今度はちょうど良い肉付きの太ももが、大きめのTシャツの裾から大胆にはみ出している。ズボンくらい履いて欲しい。


「まったく……無防備すぎるんだよな」


 つい発してしまった独り言をなかったことにして、私は寒くもないのに、布団を頭からかぶる。貴重な友達関係を保つというのは、そこそこに努力のいることで。せっかく落ち着いていたはずの頭を、もう一度なんとかなだめつつ、私は夢の世界へ旅立つことに成功したのだった。



 翌朝、目覚めると、美夜からメールが届いていた。内容を確認した私は、すぐにもう一度布団に潜った。と思ったら、次の瞬間、その布団がめくられてしまった。


「柚月、おはよう。二度寝はだめだよ」

「あ、おはよう。菜穂美、起きてたの?」

「朝ごはん、作ってみたんだけど、食べる?」


 返事をしようとしたら、お腹が鳴った。そういえば、なんかいい匂いがしている気がする。食べ物の気配のおかげでようやっと元気を取り戻し、リビングへ向かった。


 テーブルに並べられていたのは、ピカピカつやつやのお米と、お味噌汁。そこへ菜穂美が、とてもいい匂いのするお皿をもってきた。


「あれ、この匂いは……」

「キムチたまご、おいしいよ」

「いただきます!」


 食欲をそそる匂いが幸せすぎた。二日酔いになっていなくてよかった。箸休めに、かつお梅、なんていう私好みのものまであって、それだけでご飯が何杯でもいけてしまいそうだった。


「菜穂美、ちゃんと料理できたんだね」

「失礼な。これぐらいはできますよー」


 そんなことを言いながらパクパク食べた。なんだろう、お酒を飲んだ翌日のせいもあるのか、ご飯がすごく美味しく感じる。


「そういえば、携帯、結構鳴ってたけど、大丈夫だった?」

「うん、大丈夫。あれさ……美夜からだったから」


 そんなつもりはなかったのに、あからさまにトーンダウンしてしまう。


「何かあったの?」

「まあ……その、あれだ。……美夜、彼氏ができたらしいんだよね」

「え、そんな」

「それで、私の部屋に色々物置いてるから、取りに来たかったんだって。なんか、彼氏と同棲するらしくてね」


 なんとか、言い切ってから、ついため息が漏れる。菜穂美に余計な気を使わせまいとは思うのだけど、どうにも下がってしまったテンションを、どうやって上げたらいいのか、私にはわからなかった。


「……柚月、大丈夫?」


 あからさまにテンションの下がっている私の顔を、菜穂美は心配そうに覗き込む。


「うん、平気。わかってたことだから」


 美夜に好きな人がいることなんて、わかっていたことだから。


『よかったね。おめでとう』


 私は美夜にメールを返す。胸を締め付けられる気持ちと同時に、ほっとしてもいた。良かった、ようやくあの沼から抜け出せるのだ、と。


「カラオケ、行こうよ」

「うん」


 菜穂美はほかに何も言わずに、私を誘ってくれる。今日は土曜日だった。私たちはそれぞれのサークルの練習をさぼって、午後からカラオケに行って、夜になったらお酒を飲んだ。そうしてまた、菜穂美の家に泊まった。


 何も言わない菜穂美の優しさが沁みて、その夜は柄にもなく、目を潤ませてしまったのだった。

 

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