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 新入生歓迎会から二ヶ月が経った六月、気づいたら柚月はオーケストラ部から姿を消していた。


「ねえ、なんで辞めちゃったの?」

「いやー、他にやりたいことできちゃってさ」

「やりたいことって、何?」

「まあ、色々ね」


 めんどくさい彼女みたいに、柚月に絡んでしまう。まだ入ったばかりで、これから仲良くなれると思っていた矢先に辞められてしまって、正直私は、寂しかった。


「部活やめても、友達だからね!」


 そんなことを言ってみる。ちょっと子供みたいだな、と自分でも思う。そんな私に、柚月は、「おう」とだけ返答する。なんだかつれない態度だった。


 部活が別となると、クラスという概念のない大学という仕組みのなかでは、専攻でも同じでない限り、ふつう、接点はとたんになくなってしまう。


 うちの大学は特殊で、教養学部の一学部一学科しかなく、そのなかの専攻は三年生になってから決める。それまでは広い広い学問分野のなかから、各自で考えて自由に履修登録をするから、希望の専攻が同じだとしても、そのとき履修する科目が同じとは限らないのだ。


 しかし、私と柚月は、たまたま二人とも生物学専攻希望で、同じ基礎科目の『生物学入門』の授業をとっていたから、時々、顔を合わせる機会があった。


「よう」

「やっほー、おつかれ」


 大教室ですれ違う時に、なんでもなく声を掛け合ったりする。この時期にはもう、一緒に授業を受ける友達というのは、ほぼ固定されていて、私は他の友達と授業を受けていた。


「そっちの可愛い子、菜穂美のセクメ?」

「そうそう、同じAHの子」


 柚月は私の友達にまでちょっかいをかけてくる。ちなみに『セクメ』というのは、別にいかがわしい意味の言葉ではない。


 うちの大学は、日本語と英語の授業があって、日本語の試験で入った四月入学の学生向けに、ELPという英語学習のプログラムがある。English Learning Programの略らしい。


 ELPには、レベル順にA、B、Cというプログラムがあって、Cが一番レベルが高い。そしてプログラムごとにまた、AからLまでのセクションに分かれている。最初の一年間はほとんどそのプログラムに費やされるため、『セクション』というのは、高校でいうところのクラスに近い感覚がある。必然的に、仲良くなりやすいのだ。


 その同じセクションの仲間のことを、『セクションメイト』、略して『セクメ』と呼ぶのだ。ちなみにセクメとのコンパ、つまり飲み会のことを、『セクコン』、セクメとのランチは『セクラン』なんて呼んだりする。


 なんとも誤解を呼びそうな言葉の響きだけど、私たちは大真面目にそんな略称を用いている。


 私のセクションはAHで、柚月はAL。それぞれ、自分のセクメと一緒に授業を受けることが多かったから、たとえ同じ授業をとっていても、私たちが並んで授業を受ける、なんてことは、ほとんどないのだった。

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